
今日の朝日新聞の朝刊に「どうみるジーコ・ジャパン」と題して、永井洋一、後藤健生、黒田勇の3人の評価が載っていた。この中の後藤健生の意見に肯くことが多い。
監督経験のないジーコをいきなり日本代表監督に招聘するのは誰もが不安に感じていたはず。それでも、名選手が名監督になる可能性の高いサッカーの世界で、もしかすると彼にも監督としての才能があるのではないかと、半ば期待感だけでそれを容認していたのも確か。でも、その監督試用期間はもうすでに終わった。今、はっきりと評価を下さなければならない時が来ている。今、決めなければおそらく日本代表がドイツに行くことはないだろう。キビシイ評価だが、今はっきり声を大にして言わなければならない。ジーコには監督としての才能はない。
「どうみるジーコ・ジャパン」の中で後藤健生の言っている通り、監督の仕事の一つとしてチームのマネージメントというものがある。どの選手が調子が良くて、だれが調子悪いのかを見極める仕事。私としては、チームの戦術なんかよりも、これが監督の一番大事な仕事だと考えている。ベンゲルやラニエリの事を評して、あんなに素晴らしい選手を大勢揃えれば誰が監督をやっても優勝するよ、って人は言う。いやいやいや、そんなことは決してない。アンリだってクレスポだって、調子の悪い時が必ずある。そういう時を的確に見定めて、スムーズに代役をスターティング・ラインナップに送り込まなければならない。しかし、有名選手にそれを繰り返すと、ハッセルバインクのように腐ってしまったりする。そのバランスを取るのも監督の才能の一つ。この才能は、選手時代に素晴らしいプレイをしたとか、勝負強さを発揮したとかということとはまったく関係ない。
ジーコにはこのマネージメントがまったくできていない。チェコに勝ったのはたまたまだろう。ヨーロッパ組だろうと国内組だろうと、もちろん代表としての核となる選手は何人か必要だが、調子の良い選手を的確に配置できていない。それは練習時に選手をしっかり見ていないからなんじゃないか。いや、見ているのかもしれないが、それを見抜く能力がないとしかいえない。このままジーコが監督を続ける限り、日本代表がドイツに行く可能性はほとんどない。

日曜、朝の丸の内。

富田さんの講演。

白水社ブースで買う。

スパ・ラクーア。

ビッグ・オー&サンダードルフィン。

佃大橋より勝鬨橋方面を見る。
先日NHK衛星で放映された映画『ファール・プレイ』がDVDレコーダーにたまっていたので見る。この映画、おそらくもう10回以上観ている。何度観てもあきない。映画史に残るような映画じゃないんだけど、ストーリーにひねりが効いているし、登場するキャラクターにも魅力があるし、役者(ゴールディ・ホーンにチェビー・チェイスにバージェス・メレディスにダドリー・ムーア、レイチェル・ロバーツ!!)も素晴らしい。
基本的にはヒッチコックのパロディで、ベースとしているのは『知りすぎた男』。でも、メル・ブルックスみたいな直裁的なパロディをするんじゃなくて、ひねって、ちょっと外している。『逃走迷路』や『ダイヤルMを廻せ』のシーンを彷彿とさせるところもあるし、『北北西に進路を取れ』の俯瞰のショットや『汚名』のワイン・セラーなども、ちょっぴり引用している。
今回再見していて気がついたのは、この映画、今見ると差別的とさえ思えてしまうようなギリギリの描写が多数もりこまれているということ。小人(セリフでは『指輪物語』でおなじみの“dwarf”と言っているが、昔は“小人”、今回は“ちっちゃな人”と訳されていた)やアルビノ(白子)、日本人観光客など。差別的とまではいかないが、大司教を小馬鹿にしているし、南部訛りも馬鹿にしている。オーケストラの指揮者も変態だし。もしかすると、バニー・マニロウを使っているのも…‥?!
この映画の監督であり脚本家でもあるコリン・ヒギンズは、老婆と自殺願望の青年との真面目な恋物語『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』の脚本を書いた人。もしかするとタブーを敢えて題材にするのが好きな人だったのかも。このあと『9時から5時まで』『テキサス一の赤いバラ』を撮ったあと、1988年にエイズで早々と死んでしまったので、はたしてどんな人だったのかあまりにも資料がない。
4/8付けの天声人語で、アメリカ先住民族(この間のNHK衛星の映画『荒野の決闘』でも、字幕がインディアンではなく先住民族となっていた)のコトバ「ミタケ・オアシン」のことが出ていた。すべてはかかわり合っている、という意味。
微妙なバランスでかかわり合っている部分を、より良くしようと思って、まったくの恣意的な解釈でつなぎ変えてしまうと、それが却って大きな混乱を招いたりしてしまう。よく考えてみれば、人権を無視した独裁者の恐怖政治でも、部族間の緊張緩和という大きなつなぎ目だったことがよくわかったりもする。しかし、そこにアメリカが介入してしまった事実もまた、9.11からのかかわり合いのようにも考えられる。すべてはかかわり合っている。
北朝鮮をポイントに見ても、日本人拉致問題、日米安全保障、自衛隊派兵、イラク日本人人質事件と繋がる。すべてがかかわり合っている。
インターネットや、アルジャジーラなど衛星放送の普及もかかわり合っているし、もちろん、歴史や経済もかかわり合っている。一つのかかわりが、もう一つのかかわりに繋がって、どんどん人間の脳細胞のように複雑化してきている。ちょっと前まではもっと低脳で、低脳だからゆえハッピーだったのに。