
監督:柴田昌平
出演:石川幸子、大見祥子、富村都代子、本村つる、世嘉良利子、新垣世紀子、城間和子、津波古ヒサ、照屋信子、仲里正子、比嘉文子、前野喜代、宮良ルリ、上原当美子、島袋淑子、謝花澄枝、照屋菊子、与那覇桃子、宮城信子、大城信子、新崎昌子、宮城喜久子
制作:プロダクション・エイシア/2006
URL:http://www.himeyuri.info/
場所:ポレポレ東中野
ドキュメンタリーの面白さは、追う対象物がそこにあるのなら、その対象物を余すところなく捉えることによって生まれてくる映像の迫力だったりする。ところがその対象物がもうすでに存在しない場合、残された写真やフィルムや当時のことを知る人の証言で構成せざるをえなくなってしまうから、下手に作るとうまく対象物が浮かび上がらなくなってしまう。
この『ひめゆり』の場合も、残された写真や映像資料、現存する場所へのロケーション、生存者の証言などから当時の状況を浮かび上がらさぜるをえない。下手をすると、なんとなく当時の状況を想像することができるだけのありきたりのドキュメンタリーになってしまうところだった。
ところが、この生存者ひとつひとつの証言が凄かった。話しのうまい人、下手な人、当時の記憶を封印してしまったのか多くを語れない人、さまざまな人がいるんだけど、どれ一つとっても当時の状況のすさまじさを想像するにたりえるものだった。かえって、その言葉足らずなところに、その言葉が詰まるところにこそ、当時の状況のむごさを知ることができるというのは、その置かれた状況があまりにも悲惨なんだからだろうと思う。
クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』は、映画の出来としては今一つだったんだけど、ただ一つ、手榴弾で自爆するシーンのリアルさだけが素晴らしかった。この『ひめゆり』を見ていて、その『硫黄島からの手紙』の自爆するシーンが何度もイメージとして浮かび上がってきた。でも、脳が吹き飛んで、五臓六腑が腹から飛び出ている人間が転がっている状況は、自分にとっては所詮、映画の中の世界の出来事なんだろうと思う。いまもって語ることができない生き残った人たちのことを考えると、そんな映画の中だけのイメージだけでは空しい気がする。