
著者:ジョルジュ・アガンベン
翻訳者:高桑和巳
出版社:月曜社
購入場所:amazon
理科系の大学なのに、人文の選択科目に英文学があった。英文学と言っても、どうやらアメリカ文学を専門とする先生らしく、いきなりナサニエル・ホーソーンの原文がテキストに使われたのを覚えている。理科系のヤツに、ホーソーンを読みたいヤツなんているわけもなく、だからまったく人気の無い科目で、確か自分もふくめて2、3人しか受講者がいなかった。
自分だってホーソーンなんて名前は聞いたこともなく、この授業ではじめて知ったくらいなのに、なぜこの科目を取ったかというと、ろくすっぽ大学に行かない自分は、ほとんどの時間を映画館で過ごしていて、見る映画と言えばアメリカ映画。当時、『ガープの世界』や『ソフィーの選択』などの、ばりばりの現代アメリカ文学の映画化作品が多く公開されていて、特にジョン・アーヴィングを気に入ったことから、電気回路や代数や微分方程式に疲れた頭にはいいんじゃないかとこんな科目を選択したのでした。
その授業でハーマン・メルヴィルの「バートルビー」という作品を読まされた。これがすこぶるおもしろかった。19世紀の作品なのにまったく古くなく、逆に新しく、新鮮に感じる作品で、へえ〜、ハーマン・メルヴィルって「白鯨」のような作品ばかりじゃないんだ、と、変に感心してしまった。
そんな「バートルビー」は、今となっては図書館で読むしかない作品となってしまっていたが、なぜか新刊(といっても2年前)に「バートルビー」というのがあったのでつい買ってしまった。中身を読んでみたら、いちおう新訳の「バートルビー」が附されてはいるんだけど、びっくりしたことに哲学書だった。
なるほど、主人公バートルビーの「I would prefer not to.(この本の訳では「しないほうがいいのですが」)」というセリフについては、いままでにいろんな解釈がされていて、デリダやドゥルーズらの哲学者までもがいろいろと言及していた有名なセリフだったんだ。そんなこともつゆ知らずにのんきにこの本を買ってしまって、ジョルジュ・アガンベンという哲学者の解釈を延々と読まされてしまった。
う〜ん、さっぱりわからない。いや、1割くらいは理解できたのかな。「I would prefer not to.」には否定でも肯定でもない、人間の意思の枠外に存在することを欲する意味が含まれるということなんだろうか? う〜ん。