
著者:中島敦、土方久功
出版社:世田谷美術館
購入場所:世田谷美術館
青空文庫をはじめてから、日本の文学を読むようになった。それまでは、ハリウッド映画の原作となるようなアメリカの小説しか読まなくて、読まないどころか日本文学を毛嫌いしていて、何をもってそういう固定的なイメージになったのかわからないけど、暗くてジメジメしていて野暮ったい日本の小説など読みたくもないとおもっていた。
でも、どういう巡り合わせか青空文庫というものをはじめてしまったので、否が応でも日本文学を読まざるを得なくなってしまった。入力もしなければならないし、校正もしなければならなくなってしまったのだ。
そうやって読まされてみると、驚いたことに、食わず嫌いの日本文学の印象がガラガラと崩れていく。
崩壊の最初の一石は、青空文庫の最初のラインナップに入っていた中島敦の「山月記」。「山月記」というと、中学生だったか、高校生だったか、学校の教科書に載っていた訳の分からない漢文が出て来る小難しい小説というイメージしかなくて、その子どもの頃に植え付けられた印象が、日本文学を読まない訳だから大人まで変わることはなかった。
ところが人間とは面白いもので、誰に教わらずとも知らず知らずの内に人生の機微や矛盾というものを理解していくもので、若いころにはわからなかったことが大人になってわかるようになるものだった。「山月記」に書かれてある、おもうにまかせない人生のもの悲しさをいつのまにか理解できるようになっていたのだ。それに、中島敦の漢文を元とするリズミカルな文体には、日本文学の野暮ったさなんてまるでなかった。ないどころか、そのスタイルに格好良さを感じてしまった。
さらに芥川龍之介「偸盗」や横光利一「機械」などを読むことによって、日本語を使った文章のスタイルの格好良さというものが何であるか、おぼろげながらにも理解していくようになるのだった。
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この「パラオ——ふたつの人生 鬼才・中島敦と日本のゴーギャン・土方久功展」は、世田谷美術館の展覧会のカタログ。中島敦が病気療養を兼ねてパラオに渡ったときの彫刻家・土方久功との交流を照らし出すカタログなんだけど、晩年の中島敦の壮絶なる病気との闘いが、中島敦と土方久功の両方の日記から、それも同じ日付の日記から伺うことができるのが興味深い。とくに、中島敦の「鶏[#「鶏」は「奚+隹」、第3水準1-93-66]」(つまり、Unicode表記で「雞」)が、土方久功の経験が元になっていることがわかるのも面白い。