
監督:アピチャートポン・ウィーラセータクン
出演:タナパット・サイサイマー、ジェンチラー・ポンパス、サックダー・ケァウブアディー、ナッタカーン・アパイウォン
原題:ลุงบุญมีระลึกชาติ
制作:タイ、イギリス、ドイツ、フランス、スペイン/2010
URL:http://uncle-boonmee.com/top.php
場所:シネマライズ渋谷
ユダヤ人であるコーエン兄弟が映画の冒頭にユダヤ教の箴言から言葉を持って来たように、アピチャートポン・ウィーラセータクン監督はこの映画の冒頭に仏教的な死生観に基づいているとおもわれる「森や丘や谷を前にすると 動物や他のものだった 私の前世が現れる」の言葉を持って来た。そしてその言葉に連動するかのようにスクリーンに水牛が現れ、その水牛は繋がれていた綱を振りほどき森の中に逃げて行く。森には「森の人」がいて、水牛は再びその「森の人」の囚われの身となる。
映画の冒頭から、タイと云う国に根ざしている宗教、精霊信仰、民俗学、神話のイメージの奔流に飲み込まれてしまう。たぶん、水牛と云う動物には何か神聖な意味があって、森の中を放浪する人にも何か意味があるんだろうとおもう。その水牛はブンミの前世であるかもしれないし、一度は野に放たれた魂が再び何かの器に納まることを意味しているのかもしれない。そんなことが理解出来ればいいのだけれど、なかなかそこまでの知識がないので、ただ単純にそのイメージに身をまかすだけだった。ブンミの妻の幽霊にはキリスト教的な死生観が現れているベルイマンの映画に思いを馳せ、猿の精霊には日本の精霊信仰が色濃く出ている宮崎駿の『もののけ姫』を思い出し、森の洞窟にはデヴィッド・リンチの『ツインピークス』に出て来るフクロウの洞窟を思い浮かべていた。
ラストのエピソード、ブンミの義妹のジェンとその息子のトンが彼ら自身の分身を見ているシーンはうっすらとスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』を思い出していた。ボウマン船長がルイ王朝時代のボウマンを見ているシーンを。これは同じように何かの新しいはじまりを予感させるシーンだったんだろうか。ラストクレジットに流れる音楽が終わった後に、さらにスクロールするエンドロールに被せるように聞こえてくる雑音のような効果音に何か新しい夜明けを感じるべきだったのか。