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 2011年05月31日
 スコット・ピルグリム vs. 邪悪な元カレ軍団
Posted by ag at 23:12/ カテゴリー: MOVIE_Database

スコット・ピルグリム vs. 邪悪な元カレ軍団監督:エドガー・ライト
出演:マイケル・セラ、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、キーラン・カルキン、アリソン・ピル、マーク・ウェバー、ジョニー・シモンズ、アナ・ケンドリック、エレン・ウォン、オーブリー・プラザ、ブリー・ラーソン、ネルソン・フランクリン、チャンテッレ・チュング、クリス・エヴァンス、ブランドン・ラウス、メイ・ホイットマン、斉藤祥太、斉藤慶太、ジェイソン・シュワルツマン
原題:Scott Pilgrim vs. the World
制作:アメリカ/2010
URL:http://www.scottpilgrimthemovie.jp/index.html
場所:シネマライズ

エドガー・ライト監督の前2作、『ショーン・オブ・ザ・デッド』と『ホット・ファズ —俺たちスーパーポリスメン!—』は面白かった。特にシニカルな笑いを含んだストーリーの中に、カットのリズムと音楽のリズムを同期させたシークエンスをバランスよく配置させるテクニックたるや、彼こそが映画の絵作りで最先端を行ってるんじゃないかとおもわせるような、そんな2本の映画だった。

今回の『スコット・ピルグリム vs. 邪悪な元カレ軍団』も前2作と方向はまったく変わらない。主人公のスコット・ピルグリム(マイケル・セラ)がラモーナ(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)を彼女にするために元カレ7人を倒して行くストーリーを、テレビゲームとアメコミをミックスさせたような絵にして行くテクニックは凄まじい。まあ、ゴチャゴチャとした情報の提示はもう映画と云う時間軸に沿って観て行かなくてはならないメディアの限界を若干超えてしまっているのだけれど。特に、セリフを字幕で追いかけなければならない日本人にとっては。

ゼルダの伝説ただ、そんな絵作りもストーリーがあってこそなんだけど、残念ながら今回のストーリーはあんまり面白くなかった。やっぱり元カレ7人を倒して行く過程はもっとバリエーション豊かにして行くべきだったよなあ。そしてラスボスをもっと強力にするべきだったのではないかと。原作があるので、もともと原作のストーリーがそうだったのだろうけど。NINTENDOのゲーム「ゼルダの伝説」のBGM(と云うかジングルっぽい曲。とか、宝箱を開ける時のファンファーレみたいな曲でさえも、なぜか胸が締めつけられるような不思議な物悲しさを感じてしまう)を使ったりもしているので、格闘系のゲームだけでなく、もうちょっとゼルダのようなアクションアドベンチャーゲームもストーリーのベースとして加味してくれたらをゼルダ・ファンとしてはもっとのめり込めたのに。

 2011年05月25日
 100,000年後の安全
Posted by ag at 23:37/ カテゴリー: MOVIE_Database

100,000年後の安全監督:マイケル・マドセン
出演:ティモ・アイカス、カール・ラインホルド・ブロケンハイム、ミカエル・イェンセン、ベリト・ルンドクヴィスト、ウェンドラ・パイレ
原題:INTO ETERNITY
制作:デンマーク/2009
URL:http://www.uplink.co.jp/100000/
場所:ワーナー・マイカル・シネマズ板橋

フィンランドにある高濃度放射性廃棄物処理施設についてのドキュメンタリー。

この映画は福島原発の問題が起きてから急遽公開されたわけだけど、どうやらその前に、ダイジェスト版ではあるけれどNHKBSの「世界のドキュメンタリー」の枠で「地下深く永遠(とわ)に〜核廃棄物10万年の危険〜」と云うタイトルで2/16に放送済みだった。この二つが同じものだとは知らずに、ちょうどその番組の再放送が先週あったので見始めたら、ん? このマッチの火で人の顔が浮かび上がるシーンはもしかして『100,000年後の安全』ではないか。と、見るのを止めてネットで調べたら、ああ、やっぱり同じものだった。上映中の映画が、たとえダイジェスト版とは云え、テレビで放映してしまうことなんてあり得るのか。ドキュメンタリーではあり得るんだろうなあ。

映画を観る前に内容を知るのはイヤだったので、テレビ番組の方は見るのを止めて、観よう観ようとおもっていたのにグズグズしていた『100,000年後の安全』のほうを急いで観ることにした。

『100,000年後の安全』は、マッチの火で人の顔が浮かび上がるシーンが代表するように、ちょっと気取った演出が鼻につく映画だった。タルコフスキーを意識しているようなカメラワークも、いや、そんなシークエンスはいらないから、とおもったり。ドキュメンタリー映画は、個人的な感想を云えば、対象となるものを愚直に追いかけるだけで良いとおもうし、そこには派手な演出もいらなければ、説明過多なナレーションもいらないとおもう。マイケル・ムーアくらいにエンターテインメントするのなら話しは別だけど、そうでないならば小細工なしのドキュメンタリーをじっくりと見たいものです。

高濃度放射性廃棄物を作り出す原発の意義を声高に問い詰めるような映画ではなくて、地下深くに建築中の実際の処理施設をつぶさに見せることによって、そしてそれを途方もない先の未来の人(人類とは限らない)に受け渡して行く方法を模索している議論を見せることによって、おぼろげに原発の必要性を問いかけるような奥ゆかしさは良かったのだけれど。

 2011年05月20日
 戦火のナージャ
Posted by ag at 23:42/ カテゴリー: MOVIE_Database

戦火のナージャ監督:ニキータ・ミハルコフ
出演:ニキータ・ミハルコフ、オレグ・メンシコフ、ナージャ・ミハルコワ、ビクトリア・トルストガノワ、セルゲイ・マコヴェツキイ
原題:УТОМЛЕННЫЕ СОЛНЦЕМ 2:ПРЕДСТОЯНИЕ
制作:ロシア/2010
URL:http://www.senka-nadja.com/
場所:新宿武蔵野館

『太陽に灼かれて』から16年経っての続編。こんなに時を経てから続編を作ったのはナージャ・ミハルコワが成長するのを待ったんだろうか。と云うくらいに、娘のナージャ・ミハルコワをフィーチャリングしている。ただ、残念なことに、あんなに愛くるしかったナージャ・ミハルコワも、ごく普通の風貌のスラブ女性に成長してしまっていた。出来たらアンナ・クルニコワとかマリア・シャラポワの方向に進んで欲しかったんだけど、どうやらディナラ・サフィナの方向に進んでしまったようです。いや、ディナラ・サフィナも充分に奇麗なんだけど。でも女優としてのオーラを考えるのならば、やっぱり、ちょっと残念。いや、女性としては充分奇麗なんだけど…。

映画としても、『太陽に灼かれて』では散漫なイメージの羅列ながらもベースに三角関係のストーリーがあったので映画に興味を無くすことなく見ることができたんだけど、今回のはコトフ、ミーチャ、ナージャのパートが独立していて、それぞれのエピソードの接点がとても薄弱で、それを複雑に時代を前後させて描いているのでちょっと飽きてしまった。パート、パートの映像はCGを使ったりして豪華にはなっていて、それゆえに戦争の悲壮感がより強く前面に押し出されていてその部分だけを見れば良くは出来てるんだけど、全体として見ると、これはいったいどういう映画だったんだろう? になってしまった。どうやらまだ続編があるみたいなので、それを見た上での最終的な判断になるのかもしれない。

 2011年05月18日
 メアリー&マックス
Posted by ag at 23:52/ カテゴリー: MOVIE_Database

MaryandMax.jpeg監督:アダム・エリオット
声:トニ・コレット、フィリップ・シーモア・ホフマン、エリック・バナ、バリー・ハンフリーズ
原題:Mary and Max
制作:オーストラリア/2009
URL:http://maryandmax-movie.com/
場所:新宿武蔵野館

クレイアニメーションって、ウィル・ヴィントンのでも、ニック・パークのでも、ヤン・シュヴァンクマイエルのでさえも! アニメーション全体の絵作りと云うか、デザイニングと云うのか、そこに何かしらの郷愁を覚えて、それは子供の頃の粘土遊びの記憶なのかもしれないけれど、見ているだけで和んでしまう映画が多い。なのに、今回の『メアリー&マックス』には何故かそれが無かった。内容からして精神のバランスの話しなので、アニメーションの絵作りもわざと均衡を欠いたものにしているために、見ていてどこかしら居心地が悪く、キャラクターデザインにも愛くるしさがまったくないので見ていて物凄く辛かった。それに、全体をナレーション過多で進行するのも辛かった。すべてを言葉で説明し尽くしてしまう映画ほど見ているものの想像の膨らみを阻害する映画も無いよなあ。

この映画にはペンギン・カフェ・オーケストラの“Perpetuum Mobile”がテーマ曲のように使われている。この曲が、予告編のようなイメージの映画だったらピッタリだったんだけど、いやあ、予告編と云うのは作り方によっては本編と似て非なるものになるもので、本編はおもった以上に暗く、重かった。だから、これがまた曲と映画とのバランスが欠いてるようにおもえてしまって、となると徹底して、すべての点に於てバランスを欠くように作られているのではないかと納得はするけど、だからと云って良い映画かどうかはまた別の話しで。

 2011年05月09日
 ブルーバレンタイン
Posted by ag at 23:55/ カテゴリー: MOVIE_Database

ブルーバレンタイン監督:デレク・シアンフランセ
出演:ライアン・ゴズリング、ミシェル・ウィリアムズ、フェイス・ワディッカ、マイク・ヴォーゲル
原題:Blue Valentine
制作:アメリカ/2010
URL:http://www.b-valentine.com/
場所:TOHOシネマズ シャンテ

TwitterのTLで話題になっていたので、それがどんな内容の映画なのかはあまり詮索せずに観てみた。映画を観て行く内に、ああ、またこの手の映画か、とおもいはじめたらもうダメで、ずっとテンションが上がらずに観るはめになってしまった。夫婦間の愛情は長続きしないんだ、と云うコンセプトの映画は今までに手を変え品を変え、もうさんざん見てきた。この『ブルーバレンタイン』は、日本公開用の惹句で「愛を知る誰もが経験のある、しかし誰も見たことのないストーリー」と謳ってはいるけど、そしてそれは少しは凝った作りにはなっているけど、今までのバリエーションの範疇の映画にしかおもえなかった。もうちょっと突き抜けた、あっと驚くようなイメージがあれば良かったのに。それに、子供を使うのもなあ。ラストシーンはあざとい。

ただ、ライアン・ゴズリングが唄うシーンは良かった。あれは何の曲だろう?  "You Always Hurt the One You Love"という曲か。

劇中曲のPenny&the Quarters の"You and Me"も良かった。

 2011年05月06日
 アレクセイと泉
Posted by ag at 23:26/ カテゴリー: MOVIE_Database

アレクセイと泉監督:本橋成一
出演:アレクセイ・マクシメンコ、イワン・マクシメンコ、ニーナ・マクシメンコ、パーベル・エルマコフ、ポリーナ・エルマコワ、ワシリー・エルマコフ、アンナ・エルマコワ、ワシリー・ボロトニコフ、ガリーナ・ボロトニコワ、イワン・ラブレノフ、アンナ・ラブレノワ、ワシリー・ネステレンコ、タチアーナ・ネステレンコ、グレゴリー・ダヴィデンコ、ヤコブ・コノンコフ、アナスターシャ・マラシェンコ、ワシリー・ニキチェンコ、アレクセイ・ラブレノフ、ワレリー・ファベリエフ
制作:ポレポレタイムス社/2002
URL:http://movies.polepoletimes.jp/alexei/
場所:ポレポレ東中野

爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発から180kmにあるベラルーシのブジシチェ村で生活する人々のドキュメンタリー映画。180kmと云うと、福島原発から考えれば栃木県の足利市くらいの距離になるんだけど、そこの住人は政府から移住勧告を受けている。それだけを見てもチェルノブイリの事故は凄まじかった。この映画は、勧告を受けてもなお村に残って、その土地に根ざして生活を続ける人たちを追っている。

チェルノブイリに関連するドキュメンタリー映画なので、この村の土地がどれくらい汚染されていて、そこで暮らす人たちにどのような影響があるのかを具体的に描くような映画ではないかとおもってしまった。少なくとも前提として、そんな描写が随所に出て来るものとおもっていた。そうしたら、ただ、ただ、昔から綿々と受け継がれている生活を日々送っている人たちにカメラを向けた映画だった。となると、この、原発事故に煩わされずに普通の生活を送っている人々の描写をどう捉えれば良いのかちょっと悩んでしまった。村にある泉から放射性物質が検出されなかったとは云え、土壌が汚染されている(映画の最後に数値が出て来る。でも単位がキューリーなので、福島原発事故の影響でベクレルに慣れてしまっている身としてはどれくらい汚染されているのかピンと来なかった)わけだから、そこで暮らして行くには相当のリスクがあるはずだ。ところが、この映画はそのリスクについては気持ち良いくらいにバッサリと切ってしまっている。映画を観る限りにおいては誰かが病気になってるような描写はまったくない。定期検診を受けているようなシーンもない。それはあえてそんなシーンをカットしてしまっているのか、それとも実際にまったく健康被害は出ていないのか、それはこの映画を観る限りではわからない。

これはいったいどういうことを意味するのか、と考えた時に、先日観たコーエン兄弟の『シリアスマン』の冒頭に引用されているラシ(ユダヤ教の聖典学者)の「身に降りかかること全てをありのままに受け入れよ」を思い出してしまった。そしてさらに、『赤毛のアン』の最後に出てくるブラウニングの詩「神は天にいまし、すべて世は事もなし」(世界名作劇場「赤毛のアン」からの訳引用)も思い出してしまった。

本橋成一監督がそういう事を言いたかったのかどうかはわからないけど、この映画はブラウニングの詩「春の朝」だった。

時は春、
日は朝(あした)、
朝(あした)は七時、
片岡(かたをか)に露みちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸牛枝(かたつむりえだ)に這(は)ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。

(上田敏訳→青空文庫
 2011年05月02日
 ショージとタカオ
Posted by ag at 23:26/ カテゴリー: MOVIE_Database

ショージとタカオ監督:井手洋子
出演:桜井昌司、杉山卓男
制作:「ショージとタカオ」上映委員会/2010
URL:http://shojitakao.web.fc2.com/
場所:K's cinema

1967年8月28日に起きた布川事件と呼ばれる強盗殺人事件の犯人とされたショージ(桜井昌司)とタカオ(杉山卓男)を追ったドキュメンタリー。

やってもいない殺人事件の犯人にされて30年も刑務所にいると人はどうなってしまうんだろう。傲慢な検察に対する恨みは計り知れないだろうし、そんな検察の横暴を認めている裁判制度や、さらには国にさえにも怒りに充ち満ちた人間となってしまうんだろうか。それとも、そんな境遇に身を置くことになったのは自分の行動に非があるではないかと自分自身を責め立てるような自己内省的な人間となってしまうんだろうか。なんて二者択一の人物を想像して映画を観てみると、そこに登場した人物はひょうひょうとした、そこらへんにいるような普通のおじさんだった。言葉では検察の暴挙を責め立てながらも明るくお喋りなショージと、それに反して喜怒哀楽の表情をあまり見せない几帳面なタカオの対照的な二人が繰り広げる、現状の境遇に対していかに生きて行くべきかの、ペーソスあふれる生活者ドキュメンタリーだった。冤罪と云うキーワードが大前提にはあるものの、それをちょっと脇に置いておけば、誰もがあてはまる今の社会への足掻きみたいなものが描かれている映画だった。

ドキュメンタリーって、おそらく大きな枠組みを見据えて撮り始めるんだろうけど、それが今回は冤罪なわけだけど、撮っている内にその対象物に引っ張られていつしか思惑とは違う様相を呈して行くところが面白い。この映画は完全に二人のキャラクターに引っ張られている。冤罪を追うドキュメンタリーを撮りながら、いつしか人間そのもののドキュメンタリーになっていた。そこが面白かった。

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