ag can wait
« 2011年07月 | メイン | 2011年09月 »
 2011年08月31日
 未来を生きる君たちへ
Posted by ag at 23:27/ カテゴリー: MOVIE_Database

未来を生きる君たちへ監督:スサンネ・ビア
出演:ミカエル・バーシュブラント、トリーネ・ディアホルム、ウルリク・トムセン、ヴィリアム・ユンク・ニールセン、マークス・リーゴード
原題:HÆVNEN
制作:デンマーク、スウェーデン/2010
URL:http://www.mirai-ikiru.jp/
場所:新宿武蔵野館

人からバカにされたとき、やり返さないで甘んじて受け入れたままにしておくと、その人はジェームズ・ディーンの『理由なき反抗』の云うところの“チキン”、つまり“弱虫”のレッテルが貼られてしまう。それはどうやら人間にとって最大級の屈辱のうちのひとつのようで、もともと攻撃的な性格の人間にとってはそのまま放置することなんてありえない状態らしい。これはネット上のコミュニケーションでも同じことで、さらに悪いことに多くの人が見ている公開の場でもあるので、自分が“チキン”でないことを証明するために見苦しいまでの罵詈雑言を相手に浴びせかけたりする。

そんなネットでのシーンを見ていると、あーあ、“バカ”でもいいじゃん、“チキン”でもいいじゃん、とおもうようになって来た。やり返さないで、そのまま甘んじて受け入れている人の方がよっぽどカッコよく見えたりする。そのほうがよっぽど勇気がいるし。

でも、相手を倒して自分の種こそが最強であることを証明するのが動物の使命でもあるし、いやいや人間は動物ではないだろう、なんて言い草もあるし。まあ、少なくともバカにされてやり返さないような人間は優れたスポーツ選手にはなれないだろうし、優れた経営者にもなれないだろうなあ。

なんてことをこの映画を観ておもう。相手から受ける恥辱に対してどう返して行けばいいのか人間の根源的な問題を語る映画。

で、邦題の『未来を生きる君たちへ』(原題の『HÆVNEN』はデンマーク語で「復讐」の意味)が酷い、ってTweetしたら、そうかしら? と云う意見と、同意、と云う意見と賛否両論になってしまった。とにかく「君たちへ」なんて言い方は大嫌い。押しつけがましいの大嫌い。

 2011年08月23日
 サンザシの樹の下で
Posted by ag at 23:16/ カテゴリー: MOVIE_Database

サンザシの樹の下で監督:チャン・イーモウ
出演:チョウ・ドンユィ、ショーン・ドウ、シー・メイチュアン、リー・シュエチェン、チェン・タイシェン、スン・ハイイン
原題:山楂樹之戀
制作:中国/2010
URL:http://sanzashi.gaga.ne.jp/
場所:銀座シネパトス2

少女を主人公とした映画がチャン・イーモウ監督の撮る映画の一つのジャンルを形成しているんだけれども、どのように撮ったら女の子を可愛らしくフィルム上に定着できるか、その探求を繰り返す姿勢はハンパない。もし宮崎駿が実写を撮っていたならば好い勝負になっていのかなあ。たとえば『初恋のきた道』のチャン・ツィイーの歩き方なんておもわず笑ってしまうくらいに可愛らしさを追求していた。

『至福のとき』のドン・ ジエも、不幸な境遇にもかかわらず健気に力強く生き抜く少女を透明感を持った可愛らしさで表現することに腐心していた。そして今回の『サンザシの樹の下で』のチョウ・ドンユィも、あきれ返るくらいのウブさを前面に出しつつも、芯の通った力強さの中に見え隠れする可愛らしさをスクリーン上に巧く発散させていた。まあ、個人的な好みから云えば、チャン・ツィイーやドン・ ジエに比べればちょっと可愛い度が落ちるような気もするけど、そんなのはあくまでも個人的な趣味の範囲内なので、チャン・イーモウの少女を可愛く撮る探求は相変わらずハンパなかった。

でも、ストーリーとしてはどうだったんだろうなあ。ただ単にエピソードの列挙だけで、前後の繋がりをあまり気にしていない映画だった。

 2011年08月10日
 ナッシュビル
Posted by ag at 23:28/ カテゴリー: MOVIE_Database

ナッシュビル監督:ロバート・アルトマン
出演:デイヴィッド・アーキン、バーバラ・バクスレイ、ネッド・ビーティ、カレン・ブラック、ロニー・ブレイクリー、ティモシー・ブラウン、キース・キャラダイン、ジェラルディン・チャップリン、ロバート・ドキ、シェリー・デュヴァル、アレン・ガーフィールド、ヘンリー・ギブソン、スコット・グレン、ジェフ・ゴールドブラム、バーバラ・ハリス、デイヴィッド・ヘイワード、マイケル・マーフィー、アラン・ニコルズ、デイヴィッド・ピール、クリスティーナ・レインズ、バート・レムゼン、リリー・トムリン、グエン・ウェルズ、キーナン・ウィン
原題:Nashville
制作:アメリカ/1975
URL:
場所:新宿武蔵野館

ロバート・アルトマンの撮る群像劇は、それぞれのエピソードにさほど大きな起承転結があるわけでもなく、相互に大きく関わるわけでもない。どこかに明確な核があるわけでもなく、大きな柱で支えられているわけでもない。些細なドラマの一つ一つが集まって大きな河となり、それがとても穏やかに、とても静かに、淀みなく流れて行くだけだ。ところが、そんな緩やかな流れを観ていているだけでもなぜか心地が良く、興味が尽きることなく最後まで見続けることができてしまう。おそらくそれは、音楽のリズムと同じように映像にもリズムがあって、それを編集によって作り出せることをロバート・アルトマンが熟知しているからなんじゃないかとおもう。人が心地良いと感じる映像のリズムを、計算し尽くしたエピソードの繋ぎ方で実現させているからに違いない。

それを感じたのは『M★A★S★H マッシュ』を最初に観た時だった。そしてこの『ナッシュビル』を経由して、遺作の『今宵、フィッツジェラルド劇場で』までずっとその印象は変わらなかった。時には、ちょっとリズムが崩れているかな、と感じた映画もあったけど、亡くなるまでその手法を追求し続けたロバート・アルトマンの姿勢はどこか凄みさえ感じた。

この『ナッシュビル』では、ラストでカントリー歌手のバーバラ・ジーン(ロニー・ブレイクリー)が撃たれるシーンが用意されている。まるでドラマのピークとして用意されているようなエピソードだけれども、それは他のエピソードと同列に位置する単なる事象にすぎない。でもそれは、『M★A★S★H マッシュ』でのアメリカン・フットボールの試合を持って来たように、『今宵、フィッツジェラルド劇場で』では劇場に出演するアーティスト全員の大合唱を持って来たように、ロバート・アルトマン流群像劇の一つの納め方の手法でもある。普通のドラマティックな映画とはまったく違う、ロバート・アルトマン流大団円とも云えるものかもしれない。

そして最後、カントリー歌手を夢見て田舎から出て来たアルバカーキ(バーバラ・ハリス)が、その混乱に乗じて舞台に立って歌を歌い始める。"It don't worry me"(そんなことはへっちゃら)。平凡な日常が淀みなく流れているところに、晴天の霹靂のような事件が起きても"It don't worry me"と歌うのだ。なんだか、それを今言われちゃうと、ちょっと響いてしまった。

 2011年08月05日
 大鹿村騒動記
Posted by ag at 22:57/ カテゴリー: MOVIE_Database

大鹿村騒動記監督:阪本順治
出演:原田芳雄、大楠道代、岸部一徳、佐藤浩市、松たか子、冨浦智嗣、瑛太、石橋蓮司、小倉一郎、でんでん、加藤虎ノ介、小野武彦、三國連太郎
制作:「大鹿村騒動記」製作委員会/2011
URL:http://ohshika-movie.com/
場所:新宿ミラノ1

原田芳雄を一番最初に観たのはいつだろう。おそらく黒木和雄監督の『祭りの準備』じゃないかとおもって記録を見てみたら1979年6月8日に並木座で『旅の重さ』といっしょに観ている。おそらくそれがはじめてなんじゃないかとおもう。

『祭りの準備』の原田芳雄は強烈だった。ボサボサの髪に濃い眉毛、長い揉み上げに無精ヒゲ。そんな毛だらけの中心に埋もれて位置している黒目がちな眼は眼光が鋭く、その眼に見据えられると映画を観ているこちら側が縮み上がってしまうくらいだった。登場するだけで緊張感がみなぎる存在感は圧倒的だった。そのような野性味溢れる男が、ラストシーンに見せる人としての優しさは、映画に切ないくらいのコントラストを見せて一生忘れられない名シーンとなった。地元に見切りを付けて都会に向かう江藤潤を、バンザーイ、バンザーイと叫びながらどこまでも列車を追いかけて行く原田芳雄の姿を忘れることはなかった。

原田芳雄が亡くなったと聞いて一番最初に思い出したのがこの『祭りの準備』のラストシーンだった。バンザーイ、バンザーイと叫びながらこの世を去って行く原田芳雄の姿がダブってしまった。もちろん原田芳雄が出ている名作映画はたくさんある。『竜馬暗殺』もあれば『ツィゴイネルワイゼン』もある。最近の「タモリ倶楽部」のようなテレビのバラエティ番組で熱く電車を語る姿も印象的だ。それでも、原田芳雄と云えばこの『祭りの準備』のラストシーンだった。

遺作となった『大鹿村騒動記』は、申し訳ないけど原田芳雄が亡くならなければ観なかったかもしれない。そんなに観に行きたさを誘われる題材の映画ではなかった。けれど、Twitterにも後押しされて、やはりここは観に行こうとおもった。亡くなったからと云って、まるで悲しんでいる自分の姿を無理に表現したくて遺作を観に行くのはイヤなんだけど、原田芳雄の死は本当に悲しかった。だからここは素直に観に行こうとおもった。

で、映画の出来としては、ちょっとまとまってないのが残念だった。村人にそれぞれのエピソードがあって、そこにどんなに障害があろうともそれを乗り越えて、歌舞伎の上演を成功させることに向かってストーリーを集約して行くべきなのに、一つ一つのエピソードが散漫に独立したままで、最後、歌舞伎の上演で大団円、と云うストーリーにはなってなかった。ならば、原田芳雄と岸部一徳と大楠道代の三角関係がメインなんだろうけど、そっちも今一つ散漫なまま。ラストシーンは、まあ、良かったけど。

ここのところCSの日本映画専門チャンルで、この『大鹿村騒動記』の公開に合わせて「Best Of YOSHIO HARADA〜俳優 原田芳雄 自薦傑作選〜」と云う企画が原田芳雄の亡くなる前からあって、立て続けに『反逆のメロディー』『野良猫ロック 暴走集団'71 』『無宿人御子神の丈吉 牙は引き裂いた』『新宿アウトロー ぶっ飛ばせ』と原田芳雄の若いころの作品を見ることができた。このころの70年代の映画は、おそらくアメリカンニューシネマにも影響されているのだろうけど、人物をアップで撮るシーンがとても多い。ちょうど『大鹿村騒動記』にも原田芳雄をアップで撮っているシーンがいくつかあったのでそれを見比べたら、驚いたことに若い頃とあまり違いが無いことに気が付いた。原田芳雄の顔だちは、年齢によって差が生まれるようなものではないことに気が付いたのだ。そこに気が付いたら、ちょっとうるると来てしまった。それがあっただけでも、やっぱり観に行って良かった。

ag-n
青空文庫
青空ニュース
カテゴリー
月別アーカイブ