
監督:フレデリック・ワイズマン
出演:シカゴの公共住宅の人びと
原題:Public Housing
制作:アメリカ/1997
URL:
場所:ユーロスペース2
フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリーが面白いのは、カメラが向けられている被写体である人間が面白いからだとおもう。この『パブリック・ハウジング』でも、シカゴ郊外の公共住宅に住む貧しい黒人たちが何とも魅力的だ。でも、そこに映し出される人たちは、何か特別なことをしているわけはない。電話の相手に向かってまくしたてている中年女性だったり、ドラッグを止めようとカウンセリングを受けている中年男性だったり、延々と青菜を包丁で切っている老婆の手元を追いかけているだけだったりする。ところがそれが面白い。『州議会』の時の州議員や『パリ・オペラ座のすべて』の時のバレリーナが面白いのは何となくわかる。自分たちの知らない世界を垣間見る面白さがそこにはあったからだ。ところがこの『パブリック・ハウジング』の人たちは、黒人のカルチャーやドラッグ問題はあるものの、日本で言えば高島平や多摩ニュータウンに住む人たちにカメラを向けているのと何ら変わりはなかった。それが面白い。おそらく、どんな人間でも面白い生き物なんだとおもう。その生態をしっかりとカメラに収めれば、まるで希少動物のドキュメンタリーがごとく面白いんだとおもう。そこにはもちろん、被写体のしぐさを逃さず、外さす、タイミング良くカメラで捉えるフレデリック・ワイズマンのようなテクニックは必要なんだけど。
この映画の中でもう一つ面白いとおもうことがあった。それは、アメリカは個人主義で日本は和の社会だなんて言われているのに、このシカゴの公共住宅でのコミュニティが驚くほどしっかりとしていると感じたことだった。みんな絶えず集まって話し合っている。住宅の補修の問題はもちろんのこと、女性の就職問題のこと、ドラッグから身を守ること、若くして子供を産む人が多いことから避妊の教育など、これらの話し合いがこの映画の根幹と云っても良いくらいだ。日本って、たしかに団地のコミュニティとかあるんだろうけど、どこかよそよそしい。アメリカの黒人のコミュニティのほうが人間味があふれていた。
フレデリック・ワイズマンの特集上映は11月25日まであるようだ。なんとか時間を見つけてもう何本か観ないと。6時間の『臨死』も観たいけど、まあ、それは無理だろうなあ。