
監督:園子温
出演:染谷将太、二階堂ふみ、渡辺哲、諏訪太朗、川屋せっちん、吹越満、神楽坂恵、光石研、渡辺真起子、モト冬樹、黒沢あすか、堀部圭亮、でんでん、村上淳、窪塚洋介、吉高由里子、西島隆弘、鈴木杏、手塚とおる、清水優、新井浩文、矢柴俊博、木野花
制作:「ヒミズ」フィルムパートナーズ/2011
URL:http://himizu.gaga.ne.jp/
場所:ユナイテッド・シネマとしまえん
震災のあと、やたらと人と人との「絆」を大切にしろとか云い出して、でもそんなことは普段大切に出来ていないわけで、いつもは隣りの生活音がうるさいとかゴミ出しの仕方がなってないとかそういう細かなことに目くじらを立てて相手に不快な思いをさせているのに、大きな地震があったらすぐに過去の所業はすべて忘れて隣人との「絆」を大切にしましょうと云われたって、それはただ単に自分の我を押し隠して上辺だけをつくろえって言ってるにすぎないんじゃないかと、そう云うひねくれた考え方しか思い浮かばない人間にとっては良い映画だった。
それに、東日本大震災後の瓦礫となった街を使った撮影も映像としてインパクトがあって、ここまで時事ネタを速攻取り入れた日本映画が今までにあっただろうかと関心してしまう。おそらく人によっては、震災地での撮影なんて、震災後のTwitterでも良く使われた“自粛”すべきなんだろうけど、でも“自粛”っていったい何やネンと、ぶった切っているところも気持ち良い。
でも、そこまですべてにおいてアンチテーゼとするのなら、ラストの染谷将太と二階堂ふみの関係も、もっとスパッと突き放してもらっても良かったのに。観ている間に、そうなることを予測して覚悟はしていたんだけど。でもそこまでするのは、あまりにも絶望的か。絶望するのは勇気がいる。
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:ヘンリー・ホッパー、ミア・ワシコウスカ、加瀬亮、シュイラー・フィスク、ジェーン・アダムス、ルシア・ストラス、チン・ハン、ジェシ・ヘンダーソン
原題:Restless
制作:アメリカ/2011
URL:http://www.eien-bokutachi.jp/
場所:TOHOシネマズシャンテ
ガス・ヴァン・サントが撮った『エレファント』や『パラノイドパーク』はビデオ・クリップのようなイメージ先行の映画で、下手をすると監督の自己満足だけに終わってしまって観ているものが置いてけぼりを食ってしまう映画になりがちなんだけど、なぜかガス・ヴァン・サントとは波長が合うと云うのか、彼の映画だけは最後まで気持ちよく観ることができてしまう。この『永遠の僕たち』も、どちらかと云うと『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち 』や『ミルク』のようなきっちりとストーリーを撮った映画ではなくて、『エレファント』や『パラノイドパーク』と同系統の部類の映画で、映画のオープニングからしてビートルズの“Two of Us”に乗せた映像はまったくビデオ・クリップのようだった。
こんなただのボーイ・ミーツ・ガールをスタイリッシュで奇麗な映像と音楽でつらつらと綴るだけの映画は観る人によっては“ぬるい”映画にしか映らないのだろうけれど、その映像と音楽とに運良く同期できてしまえば心地よいことこの上ない。ショートカットのミア・ワシコウスカも可愛いし、日本人の加瀬亮も出ているのでそこへの興味もあって一気に観てしまう。クレジットの最後に、2010年に亡くなったデニス・ホッパーへの献辞があるのは何故だろうと考えて、ハッと気付く。そうか、ヘンリー・ホッパーはデニス・ホッパーの息子だったんだ。確かに、似てる…。
監督:ショーン・レヴィ
出演:ヒュー・ジャックマン、ダコタ・ゴヨ、エヴァンジェリン・リリー、アンソニー・マッキー、ケヴィン・デュランド、カール・ユーン、オルガ・フォンダ、ホープ・デイヴィス、ジェームズ・レブホーン
原題:Real Steel
制作:アメリカ/2011
URL:http://disney-studio.jp/movies/realsteel/
場所:ユナイテッド・シネマとしまえん
映画の中に出て来るボクシングの試合を見ると、どうしてもリアルさが欠けているようにおもえて、もちろんリアルな試合じゃないのでそれがあたりまえなんだけど、それでもとことんリアルさが欲しくなって見ていてしらけてしまう。例えば昨年観た『ザ・ファイター』のボクシング・シーンは素晴らしかった。物凄くリアルさを追求してた。でも、それでもやっぱりリアルじゃないんだよなあ。
と云うようなことを、ボクシングなどの格闘技映画を観るたびにジレンマとしていつも抱えているんだけど、よくよく考えてみればリアルな試合って、いつもいつも白熱した面白い試合が行われるとは限らない。いや、どっちかと云うと退屈な試合が大半を占めている。とするとリアルさって、クリンチばかりしているような試合のことなんだよなあ。そんなの映画で見せられても退屈なだけだ。ああ、こんなことを考えれば考えるほど、ますますジレンマは深まるばかり。
この『リアル・スティール』のロボットの格闘シーンはもちろんCGだ。CGならば、とことん見せかけのリアルさを追求することが出来る。作り手の想像の及ぶ限りの最高の試合をイメージして、それをリアルと思わせるようなイメージに近づけることも可能だ。もちろんそのイメージが貧困ならば目も当てられない有り様になるんだろうけど、この映画はそれがなかなかイメージ豊かだった。父と子の絆の深まりなんてドラマ部分はもう邪魔で、早く次の試合をやってくれ! と渇望したくらいだった。ヒュー・ジャックマン親子のコントロールするロボット“ATOM”が次々と、まるでタイガーマスクの覆面ワールドリーグ戦のように様々なロボットと対戦して行く。それで良かった。
監督:ジル・パケ=ブランネール
出演:クリスティン・スコット・トーマス 、メリュジーヌ・マヤンス、ニエル・アレストリュプ 、エイダン・クイン、フレデリック・ピエロ、ミシェル・デュショーソワ、ドミニク・フロ、ナターシャ・マスケヴィッチ、ジゼル・カサデサス
原題:Elle s'appelait Sarah
制作:フランス/2010
URL:http://www.sara.gaga.ne.jp/
場所:新宿武蔵野館
1942年7月16日、ナチス占領下のパリでユダヤ人約1万3000人が当時のフランス警察に検挙されてドイツの強制収容所に送られたヴェロドローム・ディヴェール大量検挙事件は今までに何度も映画に登場してきた。だからまたこの映画も今までと同じようにユダヤ人のストーリーではないかとおもったら、それはこの映画のきっかけに過ぎなくて、そこからはじまる長く、辛い、重い十字架を背負った少女のストーリーだった。そしてその少女の人生を後世から追いかけるまた別の女性のストーリーだった。
この映画は、その二つのストーリーをカットバックして交互に見せることによって、彼女たちの人生だけはなくて、親が子供に繋いで行く、過去から未来への家族の系譜を鳥瞰する映画でもあった。どちらかと云うと、それがこの映画の本題だった。
映画の題名にもなっている“サラの鍵”は、この映画の中でとても重要な小道具として機能していて、二つの女性のストーリーをはじめるにあたってのパンドラの箱を開ける鍵のような役割を担っていた。その鍵によって部屋の中にある納戸が開けられるシーンは、カメラは叫ぶサラしか捉えていないのに、そこにあるだろうものがまざまざと脳裏に浮かんで来るような鮮烈なシーンだった。その後のサラと云う少女が一生背負うことになる重い十字架を視覚的に印象づける素晴らしいシーンでもあった。
映画を観ていていつもおもうのは、やはり導入部分でいかにして観るものの心を掴むかだとおもうんだけど、この映画はそれが巧かった。掴まされたら、あとはストーリーに身を任すだけ。新年1本目の映画は、なかなか拾い物の映画だった。