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2002年12月1日

「水牛のように」を12月号に更新しました。
なぜだか病気のはなしが多い月。こういうシンクロはよくあることですが、いつも不思議な気がします。佐藤真紀さんには原稿だけでなく、こどもの自画像も1枚だけ送ってもらいました。9歳のGhema
Sababさんの絵をみていると、こどもは平和の担い手なのだと実感できると思います。こうしたちいさなこころみには、あるとき世界をかえるきっかけがひそんでいるかもしれないのです。ジャワの伝統舞踊については、ブドヨ、スリンピ、などことばとしては知っていましたが、こうしてかんたんできちんとした基礎知識があると、見るときのおもしろさが違ってきます。

「水牛通信電子化計画」は1987年3月号を公開しました。
デイヴィッド・グッドマンさんはこの号の中で、18歳になった息子のカイくんにあてててがみを書いていますが、その日付は未来の2001年10月になっています。当時はずいぶん先のことと思っていたのに、ふと気がつくと、現実はいつの間にかそのときを追い越していたのでした。カイくんはすでに大学生です。

「水牛の本棚」には藤本和子『砂漠の教室』の続きです。ベドウィンの胡瓜畑はいまもおなじなのかしら……、きっとおなじままではないでしょうね。

「可不可」制作ノートは高橋の病気の続き(?)です。お見舞いのメールをたくさんいただきました。ありがとうございました。病気の性質上、治療には時間がかかりますが、順調に回復していますので、ご安心ください。病気を体験したあとの可不可がどうなるか、来月あたりからあきらかになっていくのではないかと思います。

近くのおおきな公園を自転車でとおると、おもしろい光景に出会います。おとなもこどもも犬もみんな走っている。とくに週末は繁華街のにぎわいのようにたくさんの走るひとたち。ただ暮らしているだけではエネルギーを発散できないのでしょうか。たくさんの犬たちも鎖につながれ、衣服を着せられ、はじめて会ったほかの犬に興奮しています。なんだかへんです。わたしが通った高校にはクロという真っ黒な犬が住み着いていて、彼女は学校の敷地内を自分の場所と決め、自由に生きていました。気がむけば授業や職員会議にも出席していました。途中で出ていくことがあると、その授業や会議はクロも見放すほどつまらないという烙印をおされたように感じる先生もいたのです。文化祭のときにはリボンをつけて受付を担当したことがあり、死んだときは学校葬がとりおこなわれたと聞きました。……あれ、公園の犬たちより、クロのほうがへんかな。

それではまた!(八巻美恵 suigyu@collecta.co.jp)

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