「本を読むってのは密やかな経験なんだ。だれかにあんなに近づけるのは、ほかにはセックスしかない。いや、セックスだってあんなには近づけない」(J・G・バラード)
「水牛のように」を2003年9月号に更新しました。
月のおしまいの日は水牛の更新のための作業をするという気持でむかえます。8月31日朝もそう思いながら朝日新聞をながめていたら、このコーナーでおなじみの国際ボランティアセンターの佐藤真紀さんの名前を
HREF="http://www.asahi.com/paper/column.html">天声人語と家庭欄の2箇所で見つけました。佐藤さんからの最新のメールではヨルダンで難民問題をあつかっているとのこと。どこにいても通信手段さえ確保できれば、かならず原稿が届くようになってすでに一年半くらいたつので、いまやそれが当然のようにも思えて、毎月心待ちにしています。「たった9歳の少年がおわされた苦悩はあまりにも大きい。戦争をやっている大人たちに実感はない。」
スラチャイの花の話が完結しました。いつかかれの朗読のCDも作ってみたいと思っています。もちろんタイ語で。よろこんで賛成してくれるような気がします。
ことしおこなう予定だった「可不可III」がすこしかたちをかえて戻ってきました。公演時期はまだ決まっていません。来年度の、たぶん後半のいつか。インドネシアと東京で。
青空文庫からのゲストは今月はお休みです。来月は誰が登場するか、楽しみにしていてください。
「水牛通信電子化計画」は1984年4月号、1986年6月号を公開しました。
水牛通信とそのの近くにいたひとたちの日記だけを載せることに決め、ガラリと誌面一新した最初の号が1984年4月号です。ネットではめずらしくもない日記という形式ですが、雑誌では画期的なことだったのです。こうして何人かのものがまとめられていると、同じ場面にいあわせた複数のひとが、同じようでいながらそれぞれほんの少しずれたことを考えていたことがわかります。1986年6月号は読書特集といったおもむき。独断と偏見による本の紹介はそれを読むだけでもおもしろいものです。
この2冊が意外にもネットにフィットしているのは、どちらもにもちいさな規模の収斂があり、そのためにゆるい編集がなされているからです。
青空文庫の蔵書がふえてくるにつけ、使う(読む)ための工夫があるといいと思ってきました。今月の2冊はそのためのヒントにならないでしょうか。たとえば、ある年をキーワードに複数の作品を集めて読んでみる。一つの作品を複数のひとで読んでみる。など。そうしたちいさな読書プロジェクトがたくさんあると楽しそう。せっかくの蔵書を活用しないとね。
「水牛の本棚」は夏休みです。
それではまた!(八巻美恵 suigyu@collecta.co.jp)