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 2009年08月29日
 忘れられたフィルム
Posted by ag at 22:01/ カテゴリー: WEB

1995年から97年にかけてアメリカのVoyager社から発売された「Our Secret Century」というCD-ROMのシリーズがあった。このCD-ROMは、Rick Prelingerなる人物が集めていた企業の宣伝フィルムや公共マナーの喧伝フィルムなどを納めたものなんだけど、現在ではほとんど顧みられることの無くなった当時のアメリカ市民の暮らしぶりや夢見ていたものが描かれていてとても面白い。ハリウッドのスタッッフが絡んでいるのか、MGMミュージカル調やパラマウント調になっているところも興味深い。

それで、日本のボイジャー社で1巻だけ「忘れられたフィルム」というタイトルで日本語化したんだけど、予算が無い(つまり、そんなに売れない)のに翻訳しなければならない文字数も多かったり、QuickTimeの動画ファイルに字幕を入れなければならなかったり、日本語吹き替えをしたり、どのような手順で監修をお願いしたらいいのかわからずに柏木博さんに頼んだり、なんだかメチャクチャだった。

そんなに苦労して制作したCD-ROMなのに、OMO(Oracle Media Objects)というオーサリングツールで作られているため、それが見られる環境が現在では皆無に近い。あ〜あ、あの苦労は何だったんだろうと嘆き悲しんでいたとき、そうだ! 動画だけならYouTubeにあるんじゃないかということで、ありました!

どれもこれも、たぶん普通の人が見る分には、ふ〜ん、としかおもえないフィルムばかりでしょうけど、自分にとってはまるで子供のように愛おしいフィルムばかりです。


01 : Looking Ahead Through Rohm & Haas Plexiglas (Part II) (1947)

02 : Technicolor for Industrial Films (ca. 1949)

03 : Design for Dreaming (1956)

04: Once Upon a Honeymoon (1956)

05 : Frigidaire Finale 1957 (1957)

06 : American Look (Part I) (1958)

07 : A Touch of Magic (1961)

 2009年08月28日
 山中俊治ディレクション「骨」展
Posted by ag at 23:36/ カテゴリー: EVENT

山中俊治ディレクション「骨」展東京ミッドタウン・ガーデン内の21_21 DESIGN SIGHTで行われている山中俊治ディレクション「骨」展へ行って来ました。

山中俊治という人は、実を言うと良く知らなかったんだけど、日産のフェアレディZやSuicaの自動改札機をデザインした人でした。
むかし、デザイン評論家の柏木博さんと「忘れ去られたフィルム」というCD-ROMの仕事をした時から、工業デザイン(その時は昔のアメリカの工業デザイン)に興味が向いたんだけど、なかなか細かい情報を追いかけるまでには至ってないです。ところどころピックアップはするんだけど、連続して追いかけらないのが悲しい。

それで、その山中俊治がディレクションをした今回の 「骨」展。どちらかというと、山中俊治がセレクトした「骨」にまつわるアーティストのオブジェクトよりも、実際のハーマン・ミラーのアーロンチェアを分解して、そのパーツを並べた展開図とか、シマノの自転車のコンポーネント「デュラエース」の展示とか、携帯電話や腕時計の分解展示のほうがとても興味深かった。

とにかく、現代の複雑化した工業製品の分解には、なぜかしらそそられるものがある。だから、新しい製品が発売されるとすぐにバラしを行う奴がいるんだろうなあ。で、それは主に男性が行う行為なので、この展示も男だらけかとおもったら、そんなことはなかった。女性も多かった。女の人が嬉々として工業製品をバラしている光景をなかなか想像ができないけど、いまの時代、そういうことを行う女性も増えて来ているのかもしれない。それはそれでなかなか素晴らしいし、分解しているところに同席したいもんです。

 2009年08月25日
 天使と悪魔 中
Posted by ag at 18:32/ カテゴリー: BOOK_Database

天使と悪魔 中著者:ダン・ブラウン
訳者:越前敏弥
出版社:角川文庫、角川書店
購入場所:BOOK OFF 下赤塚駅南口店

「ダ・ヴィンチ・コード」を読んでいる時に、読みながら実際の美術品などの写真が参照できれば良いのにとおもいはじめて、むかしのCD-ROMの電子出版をおもいだしてしまった。

文章を読みながら、その補足情報である動画や写真や音声が同時に参照できたらどんなに素晴らしいことだろう!

という発想が、電子出版(マルチメディアと呼ばれていた)のそもそものはじまりでした。でも、それを作ってみてわかったんだけど、そういう補足情報というのはたいがいにおて読書を妨害することにしかならなかった。的確な補足情報は確かに嬉しいんだけど、それが心地よい合いの手になることはまずなかった。調べ物をする感覚で文章を読む分には良かったんだろうけど、それは読書ではなかった。

今回、「天使と悪魔」を読んでいて、それでもやはり補足情報が欲しいとおもってしまった。パンテオンにあるラファエロの墓ってどんなんだろう? とおもったら、これですよ、という合いの手が入ることを。

つまりこのハイパーリンクが欲しいわけで。
読書に没頭しつつ、心地よくハイパーリンクが楽しめる手法はあるのかなあ。
出来て、こんなビジュアル愛蔵版くらいだけだよね。

 2009年08月17日
 サマーウォーズ
Posted by ag at 23:59/ カテゴリー: MOVIE_Database

サマーウォーズ監督:細田守
声:神木隆之介、桜庭ななみ、富司純子、谷村美月、斎藤歩、永井一郎、信澤三惠子、佐々木睦、金沢映子、玉川紗己子、桐本琢也、小林隆、清水優、山像かおり、田村たがめ、中村正、田中要次、谷川清美
制作:角川書店、D.N.ドリームパートナーズ、ワーナー・ブラザース映画、読売テレビ放送、バップ/2009
URL:http://s-wars.jp/index.html
場所:ワーナー・マイカル・シネマズ板橋

映画の舞台設定からして、古い人間のぬくもりのあるアナログ的なコミュニケーション能力が、新しい人間の冷たいデジタル・コミュニケーション能力を凌駕するような内容のストーリーかとおもったら、そんな単純な図式を描こうとしたわけではなくて、どちらかというとその両方を調和させて融合させようと意図した内容の映画だった。格闘系ゲーム&テーブルゲームと高校野球を平行して描いたり、まるでフランク・キャプラの『素晴らしき哉、人生』のラストシーン、住民の一人一人がジェームズ・スチュアートに寄付を申し出るシーンのような、全世界の人たちが夏希にアカウントを提供するシーンをラストに持って来るところなどに、新しいものと古いものを融合させようとする意図が見え隠れする。

それで、そんな融合が、あんがい気持ちよかった。

それは、ストーリーと演出のテンポがぴったりはまっていることもさることながら、群衆シーンの巧さに負うところも大きい。細田守と宮崎駿は、不幸ながらにして一緒に仕事をすることは無かったらしいんだけど、徹底的に宮崎駿の作り上げる世界観を勉強したんじゃないのかなあ、細田守は。あの大家族のシーンの描き方の巧さは、黒澤明、宮崎駿、細田守と、日本映画の中に脈々と受け継がれているようでいて嬉しかった。さらりと黒澤明の映画の話しを持ってくるところなど、やっぱり黒澤明の群衆シーンを意識していたり。

できたら、実写の監督の中に、そんな群衆シーンの巧い人が出て来てくれるとほんとうは嬉しいんだけど。才能は、みんなアニメ業界に流れてしまってるなあ。

 2009年08月11日
 山形スクリーム
Posted by ag at 23:52/ カテゴリー: MOVIE_Database

山形スクリーム監督:竹中直人
出演:成海璃子、AKIRA、マイコ、竹中直人、桐谷美玲、紗綾、波瑠、温水洋一、岩松了、クリスタル・ケイ、六平直政、田中要次、井口昇、赤井英和、緋田康人、佐伯新、篠原ともえ、斉木しげる、石橋蓮司、デビット伊東、広田レオナ、荻野目慶子、生瀬勝久、由紀さおり、沢村一樹
制作:『山形スクリーム』制作委員会/2009
URL:http://yamagatascream.gyao.jp/
場所:新宿ミラノ3

お笑いの人がコメディ映画を撮るとなぜかうまくいかない。それは漫才やコントでの笑いの“間”を映画として笑える“間”にうまく変換できないからなんだとおもう。観客が笑える“間”を映画の中に作るには、ビリー・ワイルダーが「ワイルダーならどうする?」の中で言っているように、実際に“笑える”と同時に観客がどのタイミングで笑うかも計算に入れて編集作業をしなければならないわけだから、生半可な映画テクニックだけでは太刀打ちできないのも失敗の要因だとおもう。

今回の『山形スクリーム』の場合は、そのテクニック以前にシナリオの時点で、笑えたのか? とはおもうけど。そもそも竹中直人の“笑い”が映画に合うのかも疑問。奇をてらった衣装や表情や言動がまったくストーリーに絡んでないし。スタンダップでやる分にはそれでいいかもしれないけど、映画ではまったく浮いてしまってる。アンジャッシュのコントや、しずるの熱血青春コントあたりは映画に合うかもしれないけど、竹中直人の“笑い”は映画にはまったく無理だ。

 2009年08月06日
 天使と悪魔 上
Posted by ag at 21:56/ カテゴリー: BOOK_Database

天使と悪魔 上著者:ダン・ブラウン
訳者:越前敏弥
出版社:角川文庫、角川書店
購入場所:板橋サティ

映画を観てから少し時間が経ってしまったけど、やっと原作を読み始める。

映画では『ダ・ヴィンチ・コード』よりも『天使と悪魔』のほうが面白かったけど、原作も「天使と悪魔」のほうが面白い。それは、ただ単に聖杯伝説やマグダラのマリアの謎を追っかけるサスペンスよりも、科学と宗教の確執の歴史のほうが自分にとっては興味深いということのみならず、場面の展開もほとんどがローマとバチカンに限られるから、とてもコンパクトで凝縮している感じが自分にとっての好みという理由もあるのかもしれない。舞台劇の映画化が好きなのも、そういう理由から来ているし。

さらに、同時に読み始めた「人類が知っていることすべての短い歴史」の中に、以下の記述があって、ますます興味が連鎖する。

また、原子は驚くほど耐久性に優れている。非常に長命なので、経験の豊かさも並みではない。あなたが所有するあらゆる原子は、ほとんど確実にいくつかの星のそばを通り、何百万という生命体の一部となってから、あなたを形成するに至っている。 (中略) つまり、わたしたち人間は短命だが、誰もが生まれ変わっているのだ。わたしたちが死ぬと、原子は分解し、飛び去って、どこかで新たな活動の場を見つけ出す。例えば、木の葉の一部や、ほかの人間や、一滴の露になる。それだけに留まらず、原子はほとんど永遠に移動し続ける。

これって、仏教の言うところの“輪廻転生”だよね。宗教って、どういう過程でそういう思想が生まれたのか知らないけれど、原子という物質の最小単位が理解される以前からそういう考え方があったとすると、宗教=科学であることにほかならないわけだから、そこに対立軸が出来てしまったことはとても不幸な歴史だった。

聖書に書かれてある天地創造も、解釈によっては科学的な説明と合致できるのかもしれないし、逆に地動説も、進化論も、解釈の仕方によっては宗教の教義の中にすでに組み込まれていたんじゃないかとおもったりもする。広く受け入れる心を持たなかった中世の聖職者たちの狭量さが不幸な歴史を招いたんだとしたら、この情報化時代の現在においてこそ、小説の中のレオナルド・ヴェトラが目指したように宗教と科学の融合を誰かがすべきだとはおもう。

と、確かにそういう部分が共感できたからこそ、面白い、と感じる理由なんだろうけど、ダン・ブラウンの文体って、ウンベルト・エーコなどと比べると、ちょっと軽い。すらすら読めるのはいいんだけど「薔薇の名前」のような重みがまったくないのが、ちょっと残念。

ag-n
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