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 2009年10月30日
 へんりっく 寺山修司の弟
Posted by ag at 23:59/ カテゴリー: MOVIE_Database

へんりっく 寺山修司の弟監督:石川淳志
出演:森崎偏陸、九條今日子、宇野亜喜良、荒木経惟、浦岡敬一、J・A・シーザー、三上博史、森山大道、緒川たまき、木村威夫、若松武史、佐々木英明、松村禎三、高橋咲、新高けい子、平常、笹目浩之、萩原朔美、日野利彦、蘭好子、シルヴェット・ボドロ、弘子・ゴヴァース、山ちゃん(山下真砂雄)
制作:ワイズ出版/2009
URL:http://www.wides-web.com/henriku_index.html
場所:シアター・イメージフォーラム渋谷

ボイジャーで寺山修司のCD-ROMを作ったとき、森崎偏陸さんには大変お世話になった。CD-ROMで見る電子書籍なんて、おそらく偏陸さんにとっては訳のわからないブラックボックス以外の何ものでもなかったはずなのに、そんな不信感はおくびにも出さず、的確なアイデアを出してもらって、コンピュータ上に寺山修司の世界を構築することに多くのサポートをもらった。普通の人ならCD-ROMと聞いただけで身構えて、頭が硬直して、自由闊達な意見にバイアスがかかってしまうはずのに、偏陸さんにはまったくそんなところがなかったのには驚かされた。出されたアイデアに対して、それはコンピュータでは実現するのが難しいんですよ、と言うと、じゃあこういうのはどう? これはどう? とプランB、プランCがどんどん出てくる。固定観念に支配されない自由さに驚いたものだった。

この日は、映画の上映前に、石川淳志監督と偏陸さん、そして白夜書房編集局長の末井昭氏との簡単なトークショーあって、そこで末井氏から「森崎さんは悩みがないらしいんですよ」という話題があった。なるほど、CD-ROM制作に真正面からストレートに立ち向かった森崎偏陸という人の姿勢をつぶさに見た経験からすると、それは納得できる話だった。悩みなんて、過去に頓着したり、未来を危惧するからこそ生まれるものであって、現時点だけを捉えて、その短いスパンだけに集中して生きていれば悩みなんてそうそう生まれるものではない。でもそれは反対に“自分と向き合わない”危険性をはらんでいることは確かなんだけど、向き合ったからといってどうにかなるもんでもないから、こういう生き方こそ正解な気がする。

そしてラスト近く、たぶんこの映画のメインとなるシーンだとおもうんだけど、天井桟敷の女優だった高橋咲が酒を飲んで昔の偏陸さんとの淡い関係を話し出す。なるほどねえ、森崎偏陸という人は単純なゲイという枠に納まらない、もしかすると“両方”ではないかとおもっていた(会ったときに直感でそういう感想を持ったのか、誰かからそういう情報を得たのかは忘れた)んだけど、そのことをやんわりと仄めかすシーンだった。このシーンがあって、ラスト、パートナーである山ちゃんと列車旅行をするシーンがセンチメンタルに効いてくる。

ドキュメンタリーの手法として、この映画のようにナレーションも入れない、テロップを入れない、音楽もいれない手法は大好き。ただ、ビデオカメラが古いのか、全体的に暗い。これは狙いじゃないよなあ。最近のビデオカメラは、10万円以下でもだいぶ明るいレンズなんだけどなあ。その点がちょっと残念だった。

 2009年10月27日
 ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~
Posted by ag at 23:23/ カテゴリー: MOVIE_Database

ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~監督:根岸吉太郎
出演:松たか子、浅野忠信、室井滋、伊武雅刀、広末涼子、妻夫木聡、堤真一、光石研、山本未來、鈴木卓爾、小林麻子、信太昌之、新井浩文
制作:フジテレビジョン、パパドゥ、新潮社、日本映画衛星放送/2009
URL:http://www.villon.jp/
場所:TOHOシネマズ シャンテ

太宰治の小説が嫌いなくせに、今年は生誕100年ということで太宰原作の映画が軒並み公開されてるので、その中の1本、モントリオール映画祭で監督賞を取った『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』を観てみることにした。

とにかく太宰治の小説が嫌いなので、小説をそのままストレートに脚本化せずに、田中陽造が驚くべき脚色をして、それを根岸吉太郎が奇をてらった演出を施してくれていることを少しは期待してみたんだけど、そんなことはまったくなく、原作にはない広末涼子や堤真一を登場させて膨らみを持たせてはいるけど、イメージとしては原作そのままだった。

だったら、そこまで原作に習うのならば、太宰の原作は“椿屋のさっちゃん”の一人称で語られているわけだから、もっと彼女の内面をえぐった描写が欲しかったような気もする。特に原作では、知恵遅れではないかと危惧する子供への踏み込んだ描写があるのに対して、この映画ではその部分をバッサリ切ってる。残しておいた方が、夫から疎遠にされて孤立する松たか子が際立ったはずなのに。

それに『ヴィヨンの妻』というタイトルである以上、浅野忠信の大谷は詩人であるべきだったような。下手に太宰治とオーヴァーラップさせて小説家にしてしまったので“ヴィヨンの妻”が弱くなってしまった。ああ、だから“桜桃とタンポポ”の副題を入れたのか。

それから、松たか子。そんなに悪い女優だとはおもわないけど、この映画に限って言えばもっと幸薄い女優が良かったような気が、、、。もっと昭和な女優が。googleで「幸薄女優」で検索したら木村多江がダントツなので、今現在においては彼女あたりがベスト? なのか?

 2009年10月23日
 東京モーターショー2009
Posted by ag at 22:49/ カテゴリー: EVENT

今年もモーターショーへ。2年前に比べると規模が縮小されて、外国車の出展がまったく無くなってしまった。バスもトラックも無し。がっかり。
なので、細かい驚きがまったく無くて、メジャーの驚きのみ。

レクサス LFA
レクサスLFA。3750万円だって。

日産 LandGlider
日産 LandGlider。日産がしきりに提唱している「ゼロ・エミッション(zero emission)」とは、国連大学が1994年に提唱した構想で、自然界への排出ゼロのシステムを構築する、またはそれを構築するように目指すことを基本的な考え方としている、らしい。(Wikipedia調べ)

tms003.jpg
ホンダU3-X。これをどこで使うのかさっぱりイメージが湧かないけど、こういうのを完成品にしているホンダは凄い。

ヤマハSuper Ténéré
ヤマハSuper Ténéré。ベドウィン族のようなオートバイ。

ヤマハPAS er
ヤマハPAS er(パス エア)。電動自転車もここまでくるとかっこいい。

ヤマハEC-f
ヤマハEC-f。とにかくヤマハのデザインだけが目立った今年のモーターショー。

展示はたいしたことなかったんだけど、三樹書房の販売ブースのバックヤードにマツダの初代ロードスター開発主査である平井敏彦さんがいらっしゃっていて、なぜか流れでいろいろとお話をうかがってしまいました。マツダが日本の自動車メーカーとしてはじめて、設計にコンピュータを使用した話(1960年代のはなし)などすごく面白かった。展示なんかより、そっちが楽しかった。

 2009年10月19日
 特急にっぽん
Posted by ag at 21:18/ カテゴリー: MOVIE_Database

特急にっぽん監督:川島雄三
出演:フランキー堺、団令子、白川由美、小沢栄太郎、中島そのみ、沢村貞子、滝田裕介、太刀川寛、森川信、中山豊、安達国晴、丘寵児、佐羽由子、紅美恵子、中真千子、柳川慶子、芝木優子、横山道代、小西ルミ、佐多契子、田武謙三、石田茂樹、堺左千夫、大塚国夫、谷村昌彦、平凡太郎、塩沢とき
制作:東宝/1961
URL:
場所:神保町シアター

今月、川本三郎が選んだ鉄道にまつわる映画を神保町シアターでやっていて、その中の一本がこれ。

川島雄三の映画の中でもそんなに出来の良いほうではなく、川島雄三自身も「脚本の笠原良三君も、やりたくないといってましたが、出来上がったシナリオもあまり面白くなく、直しました。」と言っているように、いまいち企画に乗り気じゃなかったようで、全体的に投げやりな雰囲気が、、、

でも、ほとんどセットとはいえ、当時の特急「こだま」が再現されていて、あんまり笑えなかったけど90分間、まったく飽きることはなかった。それに、ちょっと思い入れのある「太刀川寛」も出て来たし。

 2009年10月13日
 情報を得るのはTwitterが一番
Posted by ag at 18:44/ カテゴリー: SOCIETY

今回の山形ドキュメンタリー映画祭でフル活用したのはiPhone+Twitterでした。いろんな人が「#yidff」のハッシュタグを付けてTweetしてるので、「#yidff」で検索すれば(http://twitter.com/#search?q=%23YIDFF)いろんな情報を得ることができた。他のIT系のイベントに比べればハッシュタグを付けてTweetする人は少ないけれども、それでもTwitterが無ければ「ギー・ドゥボール特集」を観ることもなかっただろうし、『RIP! リミックス宣言』の公式サイトをすぐさま発見することもなかっただろうし。

それにiPhoneのGPSで会場を探したり、「食ログ」で人気の飲食店を探したり、「セカイカメラ」でエアタグを残したり(いや、エアタグを残すは忘れた!)。もうiPhone無しには考えられない映画祭でした。

おそらく来年、広島国際アニメーションフェスティバルへ行くだろうから、あらかじめTwitterのハッシュタグを決めてもらうことを提案しておこう。

 2009年10月12日
 山形国際ドキュメンタリー映画祭2009 3日目
Posted by ag at 22:22/ カテゴリー: MOVIE_Database

3日目に観た映画は以下の通り。

『ここにいることの記憶』(日本/2007/川部良太監督)
団地からこつ然と姿を消してしまった少年。その10年後を追う。と、おもって観ていたら、なんとフェイク・ドキュメンタリーだった。で、上映終了後の監督との質疑応答で、そのフェイクである部分に怒りをあらわにする人がいた。う〜ん、確かにわからないでもないけど、ドキュメンタリー映画祭でドキュメンタリー以外をやってもいいとおもうし、感情移入したあとにフェイクとわかって失望するのは個人的感想にすぎないし、それを激情を持ってストレートにぶつけるのも映画祭の場にそぐわないし。その点、そのあとに質問をした外国人は素晴らしかった。批判するにも、ウィットに富まないと! なんで日本人は批判を怒りとしてしか表現できないのかなあ。

『されど、レバノン』(レバノン/2008/エリアーヌ・レヘブ監督)
レバノンの宗教に裏打ちされた複雑な政治状況を描く。はっきり言って、レバノンって、ムスリムが大部分を占めているんだとおもってた。まったく違った。レバノンは、マロン派、正教会、カトリック、プロテスタントを合計したキリスト教徒の割合が35%を越えている(Wikipedia調べ)。それに、シーア派やスンニ派、ドゥルーズ派のムスリムがいて、さらに無宗教の共産主義者がいる。そしてそれをさらに複雑にしているのはキリスト教徒のマロン派が二つに分裂していることだ。そこに、シリアやヒズボラ、イスラエルの思惑が入り組んでいる。もう何がなんだかわからない! この映画を撮ったエリアーヌ・レヘブ監督の父親が言う。昔はみんな仲良くやっていたんだよ、でもその真ん中にイスラエルが国を作っちまった、そのためにもうめちゃくちゃになっちゃったんだよ。そのとおりだとおもう。


これで打ち止め。東京に帰りました。

やっぱり映画祭は面白かった。いろんなハプニングもあったりして、刺激的でした。

 2009年10月11日
 山形国際ドキュメンタリー映画祭2009 2日目
Posted by ag at 23:59/ カテゴリー: MOVIE_Database

2日目に観た映画は以下の通り。

『RIP! リミックス宣言』(カナダ/2008/ブレッド・ゲイラー監督)
音楽のリミックスやマッシュアップは著作権を侵害しているのか? という話し。青空文庫で著作権の保護期間70年延長の反対運動をしたとき、ローレンス・レッシグのFlashムービーがあることを知った。それがとても良く出来ていて感動したものだった。この映画は、結局、そのFlashムービーの延長線上のような話しなんだけど、Girl Talkのリミックスやマッシュアップに載せてテンポ良く、現状の異常な知的財産権保護を訴えて行く。「著作権法は創作を妨げるためにあるのではなく、創作を手助けするためにある」というのは、至極まっとうな話しで、それを実行できない世の中はなんと悲しい世の中なんだろう。

『ナオキ』(イギリス、日本/2008/ショーン・マカリスター監督)
山形に暮らすイギリス人の目から見た日本人の男と女、家族、会社を描く。外国人の日本人を見る視点は、たとえそれが変な方向に誇張されていたとしても、面白いもんです。だから、この映画も面白い。ただ、なぜか観ている間中、モヤモヤし通し。それはおそらく、主人公のナオキに同調できなかったからなんだろうとおもう。50過ぎのおやじが29歳の女の元に居候している設定自体にどうしても共感できなかったからだろうとおもう。

『アムステルダム(新)国立美術館』(オランダ/2008/ウケ・ホーゲンデイク監督)
次から次へと問題が起こってしまって、なかなか改造計画が進まないアムステルダム国立美術館の話し。ある計画を推し進めるとき、すべての人の意見を聞いて、すべての権利をクリアして、公平に施工業者を取り決めるとしたら、そりゃあ、なかなか前へ進まないのはあたりまえだよなあ。だから、どこかを端折っちゃう。下手すると談合しちゃう。というのが一般的な話しで、真面目な人種と言われている日本人でさえ、このくち。でも、オランダ人はすごかった。これがオランダ人気質なのか? 自転車をスムーズに通すにはどのような通路にするべきかも検討の一つになっていて、サイクリング団体の発言が強かったりもする。建築家も企業も市民も、すべてが同じテーブルの上に乗っている感じ。日本では、市民の意見が公共物建設に反映されることはまず無いから、その点についてだけはうらやましくもあり。でも、意見をスルーする必要性もあるんじゃないかと考えたり。良い映画です。

 2009年10月10日
 山形国際ドキュメンタリー映画祭2009 1日目
Posted by ag at 23:59/ カテゴリー: MOVIE_Database

前々から行こうとおもっていた山形国際ドキュメンタリー映画祭にやっと乗り込む。
ということで、1日目に観た映画は以下の通り。

『オート*メート』(チェコ/2009/マルチン・マレチェク監督)
プラハ市内の車を規制して自転車専用道路を作ろう、と訴える「オート*メート」の運動を追いかける。自分にぴったりの主題だけど、あまりに抑揚のない描写が続くので少し飽きてしまう。「オート*メート」のリーダーが交通事故で亡くなるところなど、もうちょっとインパクトを与える絵を持って来てもよかったのに。たくさんの自転車で交通を妨害してしまうなど、ところどころ過激な運動が見られるのに、全体として優しさが感じられるのは、そんな淡々とした描写の追うところが大きいのは確かなんだけど。

『アポロノフカ桟橋』(ドイツ/2008/アンドレイ・シュヴァルツ監督)
黒海に面したウクライナのセヴァストポリ湾に暮らす人々を追いかける。ペレストロイカを生き抜いたウクライナ人が現在、どのようにして自由を謳歌しているんだろう? ソビエト時代と比べて本当に幸せになったんだろうか? そして、この経済不況の21世紀に、いったいどんな生活をしてるんだろう? という疑問が前々からあったんだけど、この映画でそれが解けた。みんな生き生きとしている。人生を楽しんでいる感じ。でも、なんだか変! たがが外れてしまった感じ。中心にあった太い芯が無くなってしまった感じ。もしかするとその芯がソビエト共産主義なのかもなあ。と、変に深読みできるくらい、面白い映画だった。

『稲妻の証言』(インド/2007/アマル・カンワル監督)
1947年のインド・パキスタン分離独立から現在にいたるまで繰り返される女性への人権侵害を描く。主題の重さからすると、ビデオ・インスタレーションのようなアーティスティックな画像が鼻についてしまう。蹂躙されている女性の写真も、こんな見せ方をされては綺麗に見えてしまう。主題からして、もっと画面から残酷さがにじみ出てくるように撮るべきだろうなあ。一つの手法だとはおもうし、面白い試みだとはおもうけど。

ギー・ドゥボール特集『サドのための絶叫』『かなり短い時間単位内での何人かの人物の通過について』
『サドのための絶叫』は実験映画。最初、真っ白な画面に字幕とともに朗読のような音声のみが聞こえる。ところが、しばらく経つとぷっつりと切れてしまう。まるでフィルムが切れてしまったかのように。またしばらく経つと白い画面で音声が入る。でもまたぷっつりと切れる。その繰り返し。
はじめは映写の問題ではないかと疑うんだけど、そのうち、ははぁん、こういうもんなんだな、観客が試される映画なんだな、ということがわかってくる。そこは日本人、シーンとしている。真面目にじっと待ってる。フランスで上映した時は暴動が起きたそうだけど、自分も含めて、こういう時の日本人の対処はじっと待つのみ。最後のほうでは音声付きの白い画面も出なくなって真っ黒のままなのに、じっと待つのみ。
このまま70分続くのかとおもいきや、携帯電話に出る若い奴がいた。でかい声でしゃべりはじめる。いま、ギー・ドゥボール特集を観てるんですよ、でも真っ黒なままなんですよ、と大声でしゃべってる。それを受けて場内大爆笑。ところがそれに対して「うるせえよ!」「出てけよ!」なんて声も上がる。さらにそれに対して「いいじゃん!」という声も。
と、少しは騒動が起きたけど、まあ、小騒動でした。ただ、いま考えてみると、あの携帯電話の奴は、もしかして、さくら、だったのか? なんて気が。場内で何も起きなければ携帯電話をかけるからと、織り込み済み? だったのかもしれない。それくらい日本人は何もしないからね。

 2009年10月04日
 空気人形
Posted by ag at 23:59/ カテゴリー: MOVIE_Database

空気人形監督:是枝裕和
出演:ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路、高橋昌也、余貴美子、岩松了、星野真里、丸山智己、奈良木未羽、柄本佑、寺島進、山中崇、ペ・ジョンミョン、桜井聖、オダギリジョー、富司純子
制作:「空気人形」製作委員会/2009
URL:http://www.kuuki-ningyo.com/index.html
場所:ユナイテッド・シネマとしまえん

映画を観ていて混乱してしまったのは、男(板尾創路やARATA)の視点から見れば、異形へのフェティシズムという倒錯した世界であるのに対して、人形(ペ・ドゥナ)の視点から見ると、なぜ“心”を持つに至ったのか、いったい“心”というモノが何なのかを追い求める哲学的な世界が展開する部分。この二つが共存しているんだけど、それがどうも居心地が悪い。まったく折り合ってないような気がする。だから、ARATAがペ・ドゥナの空気を抜くシーンなんて、何の感興もそそられない。もっと性的に倒錯した世界であるはずなのに、まったくの中途半端。

おそらく是枝裕和は真面目すぎるんだとおもう。倒錯した世界を真面目に描いてしまっている。そんな真面目さが、映画の中のレンタルショップのシーンにも現れている。ありきたりな映画ばかりがセリフとして出て来て、くだらないフェティシズムの映画なんて出て来ない。シネマヴェーラ渋谷の「妄執、異形の人々」でやるような映画がセリフとして出て来るぐらいに人間として偏ってないと、妄執の映画を撮るのは難しいとおもう。

あっ! ペ・ドゥナは良かった! 彼女の素晴らしさだけが、この映画の救い。

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