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 2010年01月31日
 ラブリーボーン
Posted by ag at 23:59/ カテゴリー: MOVIE_Database

ラブリーボーン監督:ピーター・ジャクソン
出演:シアーシャ・ローナン、マーク・ウォールバーグ、レイチェル・ワイズ、ローズ・マクアイヴァー、クリスチャン・アシュデール、スーザン・サランドン、スタンリー・トゥッチ、リース・リッチー、キャロリン・ダンド、マイケル・インペリオリ
原題:The Lovely Bones
制作:ニュージーランド、アメリカ/2009
URL:http://www.lovelyb.jp/
場所:ワーナー・マイカル・シネマズ板橋

殺された女の子の視点から描かれている映画なので、暗く、切ない映画を想像して(半ば期待して)、見終わった後はどんより落ち込んで映画館を去ることを想像して(半ば期待して)いたんだけど、おもったよりも落ち込むような映画ではなかった。それは、現世と来世の狭間に展開されるイメージ世界が、不思議と観るものに安心感を与えるようなCGになっていて、例えば殺された女の子たちが畑の向こうから現れてくるイメージは、どちらかというとフィル・アルデン・ロビンソンの『フィールド・オブ・ドリームス』(1989)のトウモロコシ畑から現れるホワイトソックスの“アンラッキー・エイト”のような郷愁や許容や希望などを具現化していて、悲惨なイメージだけで終始させなかったからじゃないかとおもう。

ただ、これだけCGで緩やかな希望を与えているわけだから、犯人に天罰を下すシーンを具体的に描き出す必要性はまったく無かった。もちろん道義として犯人を逃亡したままにするのは許されないのだろうけど、もう充分に、観るもののイメージとして犯人には天罰が下っていたような気がする。そこは観客に委ねてしまっても良かったんじゃないかとおもう。

宗教的なイメージとして、この映画に描かれている灯台は仏教の三途の川のように見えるのだけれど、キリスト教のイメージとしてもこのように冥途に行く途中で越えねばならないものがあるんだろうか? そこがずっと気になってしまった。

 2010年01月25日
 Dr.パルナサスの鏡
Posted by ag at 23:23/ カテゴリー: MOVIE_Database

Dr.パルナサスの鏡監督:テリー・ギリアム
出演:ヒース・レジャー、クリストファー・プラマー、トム・ウェイツ、リリー・コール、アンドリュー・ガーフィールド、ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレル、ヴァーン・J・トロイヤー
原題:The Imaginarium of Doctor Parnassus
制作:イギリス、フランス/2009
URL:http://www.parnassus.jp/index.html
場所:ワーナー・マイカル・シネマズ板橋

前作の『ローズ・イン・タイドランド』よりは楽しめたけれど、もうテリー・ギリアムのイメージ世界に付いていけなくなっていることがはっきりとこの映画で確認できた。テリー・ギリアムの作り出す絢爛たるイメージが、『未来世紀ブラジル』のようにストーリーあってのものならば全然OKなんだけど、『ブラザーズ・グリム』あたりからストーリーよりもイメージ重視に変わってきちゃってるんだよね、テリー・ギリアムは。だからもう、自分にとっては、ダメだ。

テリー・ギリアムの映画は、『バンデットQ』からすべてを追いかけていたけれど、たぶんもう次作は追いかけないとおもう。さようなら、テリー・ギリアム。

 2010年01月21日
 かいじゅうたちのいるところ
Posted by ag at 23:49/ カテゴリー: MOVIE_Database

かいじゅうたちのいるところ監督:スパイク・ジョーンズ
出演:マックス・レコーズ、キャサリン・キーナー、マーク・ラファロ、ジェームズ・ガンドルフィーニ(声)、ローレン・アンブローズ(声)、クリス・クーパー(声)、キャサリン・オハラ(声)、フォレスト・ウィッテカー(声)、ポール・ダノ(声)
原題:Where the Wild Things Are
制作:アメリカ/2009
URL:http://wwws.warnerbros.co.jp/wherethewildthingsare/
場所:新宿ミラノ1

スパイク・ジョーンズの何が好きかというと、やっぱり突飛なストーリー展開に尽きるとおもう。ストーリーを下手に先読みした自分が恥ずかしくなるくらいに、うわぁ、そう来るか! と驚かせてくれるのがスパイク・ジョーンズの映画だった。

それが今回、『かいじゅうたちのいるところ』という大ベストセラーの絵本を原作とした映画を撮ると聞いた時、第一印象として、そんな映画はスパイク・ジョーンズが撮るべき映画じゃないんじゃない? ついに彼もハリウッド資本のビッグ・バジェットの映画に毒されてしまったのか! と心配してしまった。

ところが、おそるおそる映画を観てみると、そんな心配は杞憂だってことがわかった。確かに姉や母親に依存しすぎている少年の家族離れ成長期のような殻を被ってはいるけれど、ジョン・マルコヴィッチの頭の中に入り込んでしまう『マルコヴィッチの穴』や脚本家チャーリー・カウフマンの思考過程をさらけ出す『アダプテーション』のように、今回の映画も少年の頭に潜り込んで、まだまだ思考方法が幼い子供の脳内、疑似体験映画になっている。この問題をどうやって解決するんだ? 泥だんごぶつけで解決だ! って言える世界にどっぷり漬かることができる。

となると反対に、スパイク・ジョーンズのファンにとってはそれで良かったんだろうけど、こんな大作の映画にスパイク・ジョーンズの突飛なテイストで良かったの? と心配になってしまった。案の定、公開してから間もない新宿ミラノがガラガラだった。スパイク・ジョーンズの映画は、単館でやるような映画だよなあ。

スパイク・ジョーンズのファンにとっては、キャサリン・キーナーも嬉しかった。マックス・レコーズの母親というチョイ役だけど、息子への愛情を持ちながらイライラ、感情が爆発してしまう母親をうまく演じていた。

 2010年01月20日
 マラドーナ
Posted by ag at 23:36/ カテゴリー: MOVIE_Database

マラドーナ監督:エミール・クストリッツァ
出演:ディエゴ・マラドーナ
原題:Maradona by Kusturica
制作:スペイン、フランス/2008
URL:http://www.maradonafilm.com/
場所:シアターN渋谷

ある人物のドキュメンタリーを撮る場合、その対象となる人物を崇拝している人が撮るとなると、どうしても人物の捉え方が一意的になってしまって、掘り下げ方が浅くなってしまう。人間はどんな人物にも陰と陽があって、陰が陽を形作る場合もあるし、またその逆もあるはずで、陽だけにスポットライトを当ててもそれは真実ではないし、その逆もまた真だとおもう。なのに、あまりにも対象となる人物に思いを寄せすぎると、どうしても陰の描写が遠慮がちになるし、陽の部分を大げさに誇張しすぎてしまう。

エミール・クストリッツァのマラドーナへの思いはこの映画からヒシヒシと伝わってくる。それは間違いない。だって、あの、1986年のワールドカップ・メキシコ大会の“伝説の5人抜き”のシーンが何度出て来たことか! この“伝説の5人抜き”のビデオで映画全体のリズムを作っていることはわかるけど、それはあまりにもやり過ぎだった。

そしてマラドーナと言えばやはり、華やかなスポットライトの後の薬物依存や不摂生による体重増加の部分がポイントとなることは間違いない。だからもちろん、この映画でもそれは言及される。でも、神が神たる所以は常人と一線を画しているところにある、みたいな感じで描かれているんだよね。あまりにもマラドーナの暗部をさらりと流してしまっている。その暗部があの“伝説の5人抜き”を生んだとも言えるはずなのに。

おそらくエミール・クストリッツァも、マラドーナの人物像をどのようなアプローチから浮かび上がらせるべきか悩んだんだとおもう。ずっと張り付いてマラドーナにカメラを向けていることも不可能だったろうし、あまりにも暗部を強調すればマラドーナからのOKも出なかっただろうし。苦肉の策としてクストリッツァ自身を映画に登場させたんじゃないのかなあ。そして題名も“Maradona by Kusturica”として、マラドーナの人生と自作の映画のシーンを照らし合わせた。でも、それが果たしてうまく行っていたのか? たぶん、うまくは行っていなかった。

 2010年01月20日
 華胥の幽夢 十二国記
Posted by ag at 01:21/ カテゴリー: BOOK_Database

華胥の幽夢 十二国記著者:小野不由美
出版社:講談社文庫、講談社
購入場所:三省堂書店本店

それでまた小野不由美。十二国記の文庫シリーズの中で唯一の短編集。「冬栄」「乗月」「書簡」「華胥」「帰山」の五編が収められている。

この中ではやっぱり「華胥」が面白い。“華胥(かしょ)”とは中国の黄帝が昼寝をしたときに夢見た理想の国のこと。悪政を布いた先の王を倒し、自分たちの理想の国を目指した王と側近たちの話しが「華胥」だった。

新王は玉座に就くと同時に先王の悪政を糺す施政を行う。しかし、それを行えば行うほど、自分たちの思い描く“理想”からどんどんと遠ざかってしまう。“理想”を希う気持ちが強ければ強いほど、それはさらに加速して自分たちから遠ざかって行ってしまう。いったい自分たちのどこに非があるのか? 自分たちのやり方のどこに間違えがあったのか? 苦悶、苦闘の内に王は自らの命を絶つ。その際の官吏の言葉が物悲しい。

「——主上が、——禅譲(ぜんじょう)でございます!」

“理想”を望んだ王の非業の死が“禅譲”という難しい文字に響いて、読んでいて鳥肌が立つほど辛いシーンだった。そしてその王の遺言。

「責難(せきなん)は成事(せいじ)にあらず」

つまり、悪政を布いた先王を非難することは容易い、しかしそれは何かを成すことではない、という意味。これも良い言葉。なんだか昨今のネット上のやり取りを思い浮かべてしまう。ネット上には「責難」しかないからね。それが「成事」ではないことをどれだけの人がわかっているんだろうか、とおもってしまう。

その他の短編も、それぞれ登場するキャラクターが素晴らしい。「冬栄」の廉王(れんおう)世卓(せいたく)、「乗月」の月渓、「書簡」には久しぶりに楽俊、そして「帰山」の奏王一家。小野不由美は本当にキャラクターの造形がうまいとおもう。

これでやっと、昨年イワトで製本した小野不由美の「丕緒の鳥」と「落照の獄」を読むことが出来る。

 2010年01月15日
 パブリック・エネミーズ
Posted by ag at 23:08/ カテゴリー: MOVIE_Database

パブリック・エネミーズ監督:マイケル・マン
出演:ジョニー・デップ、マリオン・コティヤール、クリスチャン・ベール、ジェイソン・クラーク、デビッド・ウェナム、ビリー・クラダップ、スティーヴン・ラング、スティーヴン・ドーフ、スティーヴン・グレアム、ジェームズ・ルッソ、ジョヴァンニ・リビシ、ジョン・オーティス、クリスチャン・ストルティ、チャニング・テイタム
原題:Public Enemies
制作:アメリカ/2009
URL:http://www.public-enemy1.com/
場所:新宿ミラノ3

アメリカの恐慌時に銀行強盗を繰り返した犯罪王ジョン・デリンジャーをジョニー・デップが演じているんだけど、自分にとってのデリンジャーはジョン・ミリアス『デリンジャー』(1973)のウォーレン・オーツ以外にはありえないので、まったくデリンジャーの映画を観ている気にはなれなかった。

もともとマイケル・マンは単純なジョン・デリンジャーの伝記を描こうとしていた訳でもないようだから、別にデリンジャーの映画を観ている気にならなくても良かったのかもしれないけれど。それにしては、世界恐慌という時代が作り出した不幸な怪物を描こうとした訳でもないようだし、アクション・シーンに重点を置いている訳でもないようだし、デリンジャーと対峙するFBIのクリスチャン・ベールにも魅力がないし、ラストシーンの死に行くジョニー・デップがマリオン・コティヤールに残す言葉も観ている者に何の感興も呼び起こさないし。う〜ん、じゃあ、何の映画だったんだろう?

雰囲気のある画作りはいつものマイケル・マンだった。空間のあるロングショットや仰角から撮るバストショットなんてとても印象的だった。でも、ただそれだけだった。

 2010年01月12日
 アバター
Posted by ag at 22:15/ カテゴリー: MOVIE_Database

アバター監督:ジェームズ・キャメロン
出演:サム・ワーシントン、シガニー・ウィーバー、スティーヴン・ラング、ミシェル・ロドリゲス、ジョヴァンニ・リビシ、ジョエル・デヴィッド・ムーア、ディリープ・ラオ、ゾーイ・サルダナ、CCH・パウンダー、ラズ・アロンソ、ウェス・ステュディ、ピーター・メンサー
原題:Avatar
制作:アメリカ/2009
URL:http://movies.foxjapan.com/avatar/
場所:ワーナー・マイカル・シネマズ板橋

3D映画というと1950年代に一度ブームがあって、その後、1980年代にまたブームがあった。1950年代の赤と青のメガネのブームは知らないけど、1980年代の偏光メガネのブームはよく覚えている。たしか『13日の金曜日PART3』と『ジョーズ3D』を観ていて、その3D具合にはホントに驚いたもんだった。ジェイソンやサメが画面の奥から手前に飛び出して来るシーンなんて、椅子から転げ落ちるくらいにビックリしたもんだった。

あれから20年以上も経過して、またもや3Dブームが到来した。そしてその真打ち、『アバター』を3D吹き替えで観てきた。

そうそう、映画を観る前に、Twitterのタイムラインで、劇場によっていろいろな3D方式があることを教えてもらった。詳しくはこちらのページ。それでいろいろ悩んだあげく、もう考えるのがめんどくさくなって、いいや近くのワーナー・マイカル・シネマズで、ということで、多少画面を暗く感じるREAL D方式で観ました。

う〜ん、3Dに関しては、昔ほどの驚きはなかったなあ。人物の皮膚の立体感、部屋の中の奥行き感などは確かに進化しているんだろうけど、森の中の奥行き感や飛んでいる時の奥行き感とかアクションシーンの立体感は昔と同じ平面の積み重ねのような感じだった。いやいや、だいたいメガネをかけなければならない段階で進化はしていないよなあ。3Dによって映画は変わるなんて謳い文句を言ってるけど、どちらかというと3D映画の限界を感じてしまった。

それで、そんな技術面に気を取られていると(例えば立体感を際立たせるためのカメラポジションなんて決まっちゃうから)、映画本来のストーリーの組み立てや観客のエモーションをおろそかにしてしまう可能性が大きいんだけど、そこはジェームズ・キャメロン。ジョン・フォードの『シャイアン』やケビン・コスナーの『ダンス・ウィズ・ウルブズ』あたりのインディアンのために戦った白人のストーリーをベースにしつつ、ラストは『エイリアン2』のような畳み掛けのアクションもあって、まあ、それなりに楽しめる。もうちょっとサブのキャラクターの人物描写を突っ込んで描けたら良かったんだろうけど。それにジェイクが簡単にトルーク ・マクトになっちゃうのもねえ。でも、そこを丁寧にやっていたら確実に3時間を超える映画になっちゃう。3Dで観客を満足させつつ、ストーリーを満足させるのは上映時間が3時間以上必要かな。

※いろいろ家探ししたら『ジョーズ3D』のメガネが出てきたので、今回の『アバター』のメガネと一緒に写真を撮ってみた。
3Dメガネ

 2010年01月05日
 パリ・オペラ座のすべて
Posted by ag at 22:14/ カテゴリー: MOVIE_Database

パリ・オペラ座のすべて監督:フレデリック・ワイズマン
出演:エミリー・コゼット、オーレリ・デュポン、ドロテ・ジルベール、マリ=アニエス・ジロ、アニエス・ルテステュ、デルフィーヌ・ムッサン、クレールマリ・オスタ、カデル・ベラルビ、マチュー・ガニオ、レティシア・プジョル、ジェレミー・ベランガール、マニュエル・ルグリ、ニコラ・ル・リッシュ、エルヴェ・モロー、ウィルフリード・ロモリ、バンジャマン・ペッシュ、ジョゼ・マルティネズ
原題:La danse - Le ballet de l'Opéra de Paris
制作:フランス/2009
URL:http://www.paris-opera.jp/
場所:ヒューマントラスト・シネマ有楽町

フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリーは、インタビューもテロップもBGMもナレーションも無い。この手法は下手をすると観ているものを混乱に陥れる可能性があるんだけど、フレデリック・ワイズマンの映画はまったくそんなことがない。もちろんナレーションもテロップも無いので細かいところがわからない。この『パリ・オペラ座のすべて』も、コール・ド・バレエ? エトワール? あの偉そうなおばさんは誰? と、バレエを知らないものにはわからないことばかり。でも、そんなことはまったく問題ない。なぜなら、フレデリック・ワイズマンの見つめる視線がしっかりと人間の表情、動きを捉えて離さないから。前作の『州議会』も3時間半があっと言う間だったけど、今回もただ単に人間を見つめているだけで2時間40分があっという間だった。

ただ、2時間40分も飽きなかったのは、フレデリック・ワイズマンの力量も然る事ながら、自分は案外、バレエを観ることが好きだっていうことをおもい出した。バレエと言っても、クラッシク・バレエとかモダン・バレエではなくて、もっと前衛的で先鋭的なバレエ。この『パリ・オペラ座のすべて』ではその超モダンな、ポストモダンって言うのか、何て言うんだか分からないけど、そんなバレエも出て来る。それがなかなか素晴らしい。そんなところも飽きなかった理由かもしれない。

自分がバレエ好きだと言うことを知らしめたのは、エドゥアール・ロック の「アメリア」というバレエ。いつだったかテレビをつけたら演っていたんだけど、これはいったい何なんだ! とテレビに釘付けになった覚えがある。

amazonを見たら、DVDで買えるみたい。昔は買えなかったのに。買っちゃおうかな。

 2010年01月01日
 1年の計
Posted by ag at 23:12/ カテゴリー: 一年の計

なかなか実行出来ないけど、相も変わらず1年の計を。

・今年こそ「戦争と平和」を読む
・今年こそロンドンのアップトンパークへ行く
・ほら、あのプロジェクトを、実行する
・たゆたう、ことをやめる
・けろりんかんとして鴉と柳かな
・ジュースをおごる

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