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 2010年07月30日
 ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い
Posted by ag at 23:28/ カテゴリー: MOVIE_Database

ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い監督:トッド・フィリップス
出演:ブラッドレイ・クーパー、エド・ヘルムズ、ザック・ガリフィアナキス、ジャスティン・バーサ、ヘザー・グラハム、サーシャ・バレス、ジェフリー・タンバー、レイチェル・ハリス、ケン・チョン、マイク・エップス、マイク・タイソン
原題:The Hangover
制作:アメリカ/2009
URL:http://wwws.warnerbros.co.jp/thehangover/
場所:シネセゾン渋谷

結婚式を控えて独身最後の夜を男友達と馬鹿騒ぎをする、と言うこの映画の設定を聞いてすぐに思い出したのが、ちょっと設定が違う(結婚式を控えて、ではなくて、ベトナム徴兵を控えて、だった)けど、ケヴィン・レイノルズ監督の『ファンダンゴ』(1985)だった。でも、その『ファンダンゴ』よりも、自由奔放に生きて来た時代への郷愁、そして決別、新たな境遇への決意、と言った映画としての深みを持たせるためのストーリー仕立てが何もないのが却って良かった。なぜだろう? 普段なら、軽すぎる、奥行きがない、なんて文句をたれる映画だろうに。あまりにも下品で、馬鹿馬鹿しすぎるので、不満が出るような映画としての評価ラインを突き抜けてしまったのかな。

そうだ、どちらかと言うと、ジョン・ランディス監督の『アニマル・ハウス』(1978)に近い、この馬鹿馬鹿しさは。その『アニマル・ハウス』のラストクレジットに、『アメリカン・グラフティ』のパロディとして、それぞれの主人公のその後の経歴が流れるのがめちゃくちゃ笑えたけど、この『ハングオーバー! 』のラストクレジットのバックグランドに流れる、ラリッって記憶のない時に撮られた写真のスライドショーもそれと共通してめちゃくちゃ笑える。素晴らしい。

結婚式を控えて、と言うと、アレクサンダー・ペインの『サイドウェイ』(2004)もそうだけど、この『ハングオーバー! 』のフィルがワイナリーの話しを持ち出すのは、そんなスノッブな野郎に対する侮蔑も多少含まれてる気がする。そんなところも『アニマル・ハウス』に共通してるのかな。

 2010年07月21日
 ザ・コーヴ
Posted by ag at 23:01/ カテゴリー: MOVIE_Database

ザ・コーヴ監督:ルイ・シホヨス
出演:リック・オバリー、ルイ・シホヨス、イザベル・ルーカス、ヘイデン・パネッティーア、ポール・ワトソン
原題:The Cove
制作:アメリカ/2009
URL:http://thecove-2010.com/
場所:シアター・イメージフォーラム

ドキュメンタリー映画と一括りに言ってもいろいろなタイプのものがあって、実際に映画を観てみるまではそれがどのタイプのドキュメンタリー映画なのかわからないのが正直言ってキツイ。とは言っても、明確なジャンル分けがなされているわけではないので、どうやって観ようとしている人たちにそれを伝えるべきなのかその方法がわからない。マイケル・ムーアくらいに有名になれば、ああ、あの手の映画ね、とわかるんだけど。

自分の好きなタイプのドキュメンタリー映画は、カメラが単純に被写体を追い続けるタイプの映画。音楽もテロップもナレーションも無いのが一番良い。そこに存在している事実だけをカメラで捉えていながら、監督の意図している主張がしっかりと観客に伝わってくるような映画が一番大好き。

もちろん明確な主張があって、それを押し出し強く、観るものに訴えかけるドキュメンタリー映画があっても良いとはおもう。好きなタイプの映画ではないけれど、全面的に否定するものでもない。今回の『ザ・コーヴ』は、どちらかと言うと、この手のジャンルに属するドキュメンタリー映画だった。でも、そういったタイプのドキュメンタリー映画であったとしても、作り手側の都合の良い映像だけを羅列して、そこに自分たちの主張のみを被せてくるだけの映画では観ていてとても辛い。イルカを食用として捕獲することに不快感を持つことは理解できるし、それに反対する気持ちもわからないでもないけれど、太地町の人々を得体のしれないモンスターとしてしか描いていないのは、ドキュメンタリーとしてはいちじるしく客観性を欠いてしまっているように見えてならなかった。あまりにも一つの感情に支配されすぎて回りが見えなくなってしまっている映画にしか見えなかった。

何もイルカを食わなくてもいいじゃん、とは思うけど、その“イルカ”を“猫”や“犬”に置き換えた時と、“牛”や“豚”に置き換えた時に生ずる感情は人それぞれだなあ。自分としては動物の肉を食べる事にそんなに執着はしていないので、何も牛や豚を食わなくてもいいじゃん、にもなります。自分にとって“イルカ”と“牛”や“豚”は同義です。

 2010年07月12日
 パリ20区、僕たちのクラス
Posted by ag at 23:25/ カテゴリー: MOVIE_Database

パリ20区、僕たちのクラス監督:ローラン・カンテ
出演:フランソワ・ベゴドー、スレイマン、エスメラルダ、クンバ、ラバ、カルル、ウェイ、ナシム、ダミアン、ジュリエット、ジュスティーヌ、リュシー、アンジェリカ、ローラ、エヴァ、ブバカール、ルイーズ、チーフェイ、サマンタ、アンリエット、ダラ、シェリフ、アンチュール、ビュラク、アガム
原題:Entre les murs
制作:フランス/2008
URL:http://class.eiga.com/story.html
場所:岩波ホール

昨年のカンヌ映画祭のパルムドールを取った作品。

サッカーのフランス代表を見てもわかるように、フランス人と呼ばれる人種の内訳には、白人が占めるパーセンテージが極端に少なくなって来ているに違いない、と勝手に推測していた。それを実際に確認することが出来たのが、この映画に登場するパリ20区の公立中学校だった。マリ系、カリブ海系、モロッコ系、アルジェリア系、中国系、そして従来の白人系。生徒たちの肌の色や顔立ちは様々。そんな彼らに国語の授業を行う先生を中心に、クラスの様々な個性ある生徒たちを描いた映画が『パリ20区、僕たちのクラス』だった。

ほぼ単一民族で構成される日本の中学生を仕切るのも大変なのに、人種の違う中学生をコントロールしなければならないパリの先生の苦労は並大抵ではない。生徒のフランス語の習熟度も違うし、中には読み書きもままならない生徒もいる。聞く音楽も違うし、着るファッションも違う。応援する国のサッカー代表までもが違う。授業を進めるにあたっての生徒たちの共通項があまりにも少なすぎるのだ。これでは、授業のコントロールを失った時に避難する“よりどころ”があまりにも無さすぎる。

そのような勝手気ままな生徒を先生がコントロールする術は言葉のみ。武器は言葉だけなのだ。だから先生は、言葉の使い方を熟達していなければならない。言葉の使い方を一つ誤れば、生徒の信頼を一気に失うし、信頼がなければ授業を先に進める事は出来ない。授業というものは、生徒の言葉に対して、的確、最善の言葉を選んでリアルタイムに返さなきゃいけないし、興味を失う生徒に対して言葉で持って興味をつなぎ止めなくてはいけない。すべてが、言葉なのだ。

クラスを受け持つ先生役のフランソワ・ベゴドーは元教師でもあり、この映画の原作者でもある。そして、出演する中学生は実際のパリ20区にあるフランソワーズ・ドルト中学校の生徒たちだ。だから、まるでドキュメンタリーのような映画となってる。先生と生徒の言葉のやり取りを追いかけるカメラのまなざしは、まるでドキュメンタリー映画作家、フレデリック・ワイズマンのまなざしのよう。一つの言葉の使い方のミスから先生と生徒の関係が揺らぐ過程をしっかりと描いている。

経験からあまりにも先生役に感情移入してしまったけど、素晴らしい映画でした。ちょっと、カメラワークなど、ドキュメンタリー映画すぎるけど。

 2010年07月09日
 バード★シット
Posted by ag at 23:59/ カテゴリー: MOVIE_Database

バード★シット監督:ロバート・アルトマン
出演:バッド・コート、サリー・ケラーマン、シェリー・デュヴァル、マイケル・マーフィ、ジョン・シャック、G・ウッド、ジェニファー・ソルト、ルネ・オーベルジョノワ、ステイシー・キーチ
原題:Brewster McCloud
制作:アメリカ/1970
URL:
場所:新宿武蔵野館

ロバート・アルトマンの映画というと、『M★A★S★H マッシュ』や『ザ・プレイヤー』も好きだけど、何と言っても『ロング・グッドバイ』。レイモンド・チャンドラーの原作を読んだ多くの人々がこうあるべきだと考えていたフィリップ・マーロウ像をぶち壊して、アルトマン独自のフィリップ・マーロウをエリオット・グールドを持ってして創造してしまった映画だ。だから公開当時は、レイモンド・チャンドラーのファンから総スカンを食った映画として話題になった。

ロバート・アルトマンの魅力の一つは、この『ロング・グッドバイ』に見られるような、こうあるべきだ、に反発するところにあって、そんなところが反骨の映画作家と呼ばれる所以ではないかとおもう。つまりロバート・アルトマンの映画は、普通の映画じゃあない。それは遺作の『今宵、フィッツジェラルド劇場で』までずっと変わらなかった。

この『バード★シット』も、普通の映画じゃあない。ストーリーなんてものは、あって無いようなもの。“鳥”を象徴としているので、憧れ、自由、開放、などを単純に映画の主題として想像してしまうけど、そんなこと考えた奴には鳥の糞をかけてやる! と言われてしまう。ラスト、主人公のバッド・コートがヒューストンのアストロドームを滑空したことに何に意味があるのか? とモヤモヤしているところに、別に意味なんかねーよ! と言われてしまう。うん、スゲエ映画だ。シェリー・デュヴァルの目の下側の付け睫毛もスゴイ。ストーリーはさっぱりわからないけど。

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