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 2011年06月30日
 奥会津の木地師
Posted by ag at 23:59/ カテゴリー: MOVIE_Database

奥会津の木地師監督:姫田忠義
出演:
制作:民族文化映像研究所/1976
URL:
場所:KINEATTIC

『アイヌの結婚式』と一緒に観たのが『奥会津の木地師』。

“木地師”と云うのは、良質な材木を求めて山の中を歩く木工職人のこと。良い木があればそこに小屋を建て、一定期間定住してお椀などの木工品を加工、製造する。でき上がった製品は会津の商人の手へと売られて行く。そしてまた良い木を求めて次の場所へと移動して行く。この映画はそんな“木地師”のワザを、小屋を建てる方法も含めてしっかりとカメラに捉えている。特に女の人が、お椀の荒型を足で抑えながら、小さめの鍬と云うか、大きく曲がったノミと云うのか、そのような道具を使って綺麗にくり抜いて行く過程は、誤って足の指を切ってしまうのではないかとおもえるくらいに勢い良く刃をあてる大胆さがカメラのクローズアップによってうまく表現されている。考え抜かれたカメラのポジションが素晴らしい。

ドキュメンタリー映画のナレーションについては、まあ、基本的にはあまり好きではなくて、フレデリック・ワイズマンのようにすべてを映像で説明してくれているほうが大好きで、だから『アイヌの結婚式』のような口調のナレーションにはちょっと引いてしまう。もちろん、ナレーションだけで映画の良し悪しを決定するものではないんだけど、ナレーションが映画の雰囲気をある程度決定づける要素ではあるんだよなあ。『奥会津の木地師』のナレーションは姫田監督自身が行っている。『アイヌの結婚式』のような、昔の文化映画によくあったような、実直ではあるけれど暗めの口調のナレーションを付けるのか、この姫田監督のようなちょっと砕けた感じの明るい口調のナレーションを付けるのかで映画の雰囲気はがらりと変わってしまう。姫田監督のナレーションは、その口調によって映画全体が柔らかくなっているのは良かった。ああ、でも、昔の文化映画にも、このようなフランクな口調のナレーションを付けたものもあったなあ。なんだろう? ナレーションの演出方法というのは、ある程度この2種類の方法に分類されていたんだろうか? そこのところが詳しく知りたくなってしまった。

 2011年06月30日
 アイヌの結婚式
Posted by ag at 23:28/ カテゴリー: MOVIE_Database

アイヌの結婚式監督:姫田忠義
出演:
制作:民族文化映像研究所/1971
URL:
場所:KINEATTIC

ドキュメンタリー映画を観るのは好きだけど、Webなどから小まめに情報を仕入れないと、どんな新作があって、どこで上映するのかなんてまったくわからない。それに、取り扱う題材が与える印象だけに偏りがちな映画の評価しか聞こえてこないので、その映画が面白いのかどうかなんてフツーの劇場映画以上のチャレンジが必要だったりする。まあ少なくとも、やらせでもないかぎり、その題材をありのままにカメラに捉えているわけだから、それだけで充分として自分を納得させることが出来るのはフツーの劇場映画よりはましなんだろうけど。

この姫田忠義監督の『アイヌの結婚式』が撮られたのが今から40年前の1971年。新作でさえ情報を仕入れるのが大変なのに、じゃあ、過去のドキュメンタリー映画はどのように知りえるチャンスがあるんだろう? 自分はたまたま民族文化映像研究所の人と知り合ったからこうして観る機会を得られたけど、そうでなかったら興味があっても一生知らずにいたことは間違いなかった。だったら、誰にも知られず、気にもかけられず、ただ埋もれたままになってしまうのならば、このネット時代を利用して、出来たらWeb上に姫田忠義監督の全映画データベースが欲しいなあ。そして可能なら映画を全編公開するべきだよなあ。映像データに的確なタグを付けて映像の内容検索も出来たら何と素晴らしいことだろう。

『アイヌの結婚式』は、ナレーションに古くささを感じるけど、廃れつつあるアイヌ文化の一場面を切り取っている貴重な映像なので、人類の共有財産としてネット上で、出来たら無料で見られるようになることを切に願います。

 2011年06月24日
 マイ・バック・ページ
Posted by ag at 23:56/ カテゴリー: MOVIE_Database

マイ・バック・ページ監督:山下敦弘
出演:妻夫木聡、松山ケンイチ、長塚圭史、あがた森魚、三浦友和、忽那汐里、石橋杏奈、中村蒼、韓英恵、山本浩司、山本剛史、山内圭哉、古舘寛治、熊切和嘉
制作:映画「マイ・バック・ページ」製作委員会/2011
URL:http://mbp-movie.com/
場所:ユナイテッドシネマとしまえん

この映画の原作者、川本三郎と云えば、キネ旬に連載していた映画関係のエッセイをいつも楽しみにしていた。特に映画のディティールにこだわる文章にもの凄く共感して、映画の楽しみ方の一つとして自分も川本三郎を真似ていたような気がする。いつも細部ばかりに目をやって、木を見て森を見ず、と云われてしまうんだけど。

でも、川本三郎と云う人物の背景を調べようとはまったくおもわなかった。映画評論家(と認識していた)の背景に、そんな驚くような過去があるわけないとでもたかをくくっていたのか。だから、この映画が公開されるまで、彼の過去に逮捕歴があるなんてまったく知らなかった。朝日ジャーナルの記者であったことはどこかで読んだ記憶があるけど、取材のために朝霞自衛官殺害事件の犯人と接触して、証拠品隠滅の罪で懲役10ヶ月、執行猶予2年の有罪判決を受けていたことは知らなかった。

映画は、その川本三郎が主人公で、朝日ジャーナルと朝霞自衛官殺害事件の顛末を描いていた。映画を観はじめて驚いたことに、川本三郎が書く文章に共感したように、山下敦弘が作り出す川本三郎像にすんなりと同調してしまっていた。有楽町のガード下(朝日ジャーナルなら有楽町でしょう)のようなところで朝日新聞の社会部の記者に絡まれるシーンなんて、もう観ていてイライラ、イライラ、ああ、あいつを殴りたい! とおもった瞬間に川本三郎役の妻夫木聡が殴りかかってくれて胸がすくおもい、くらいに同期していた。

足の悪い先輩記者(古舘寛治が演じている、これが素晴らしい)は今までの経験から松山ケンイチをニセモノであると簡単に見破っているのに、まったくそれができない青臭さまでもが自分と同期していて、もしあの時代にあの立場にいたのなら自分もああなっていただろうなあ、なんてことも考えて、いや自分は東大に入る頭なんてどの時代に生まれてもなかっただろうから、良くてプライドばかり高くて誇大妄想癖の松山ケンイチになっていたのが関の山だ、と考えて悲しくなったり。

山下敦弘(撮影は近藤龍人)の撮り方の巧さも映画をすんなりと受け入れることの出来た大きなポイントだったとおもう。特に机ばかりが並ぶ朝日ジャーナル編集部内や会議室の撮り方が素晴らしかった。会議室内から窓越しに編集部の人物をカメラで捉えて、その人物が会議室内に入ってくると同時に会話が聞こえ出すシーンなど、人物の動かし方やカメラの振り方など動きようのない狭い空間での撮り方が巧かった。少女モデル役の忽那汐里の撮り方も!

この映画で好い気分になったので、もうちょっと日本映画の新作を観続けたい気分。青山真治の『東京公園』も観ようかな。

 2011年06月22日
 インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実
Posted by ag at 23:00/ カテゴリー: MOVIE_Database

インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実監督:チャールズ・ファーガソン
出演:マット・デイモン(ナレーション)、ポール・ボルカー、ジョージ・ソロス、エリオット・スピッツァー、バーニー・フランク、クリスティーヌ・ラガルド、ドミニク・ストロス・カーン、リー・シェンロン、グレン・ハバード、マーティン・フェルドスタイン、ヌリエル・ルービニ、ペンリー・ポールソン
原題:Inside Job
制作:アメリカ/2010
URL:http://www.insidejob.jp/
場所:新宿ピカデリー

山形国際ドキュメンタリー映画祭2009で大賞(ロバート&フランシス・フラハティ賞)を受賞したリシャール・ブルイエット監督『包囲:デモクラシーとネオリベラリズムの罠』は「ネオリベラリズム(経済的な自由主義)」と云う思想がどのように生まれ、いかにしてアメリカなどの支配階級の中心となる思想に発展して行ったのかをすべてインタビューだけで構成した映画だった。ところどころに静止画が挟まれるけど、残りはすべてインタビューによる会話だけ、それも3時間40分と云う長尺!  の何とも挑戦的なドキュメンタリー映画だった。

その映画を見ていて、じゃあ実際にネオリベラリズムの思想のもとで経済市場にいったい何が起きたのか? を考えてみると、何となくサブプライムローンの問題だったり、リーマンショックを思い浮かべるけど、それをこと細かに説明できるかと云えばまったく出来ない。いったい何が起きたかなんてまったくの対岸の火事。ほんとうは自分たちにもじわりじわりと影響が及んで来てはいるはずなんだけど。

この『インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実』は、その一連の騒動を時系列に並べて、関係者の証言を織り交ぜながら丁寧に解説してくれている映画だった。その結果わかったことと云えば、アメリカのエリートで強欲なやつらがネオリベラリズムを盾にしてどれだけ儲けることが可能なのかを競った結果いろいろと混乱が生じてしまったけど、そんな混乱が起きるのは当初から織り込み済みで、その前にこちらは早々とゴールを駆け抜けてしまったので大丈夫です、だった。つまり、民間の金融機関の規制緩和をズルズルと許してしまった張本人たちが何の責任も取らず、取らないどころかオバマ政権の重要なポストに返り咲いている人間もいたりする。だいたい日本のテレビのニュースにもしょっちゅう出て来て、まるで世界経済の指針のごとき絶対的な発言を重ねて来たFRB(連邦準備制度理事会)のグリーンスパンやバーナンキなんてやつらもグルじゃん。そんな一見エリートなやつらが厚顔無恥に、悪びれもせずに、大手を振ってまかりとおることを見せられて、ぐうの音も出ず。

ただ、そんな不快さも突き詰めて考えると、人がインセンティヴに反応しているさまを不快に見ているだけなんだよね。『ヤバい経済学』を見てからやたらとインセンティヴと云う言葉をバカの一つ覚えのように使うようになってしまったけど「人々はインセンティヴに反応する」だった。だからこの映画の中の取材拒否をするような一見悪人に見えるようなやつらでも行動原理は自分とそんなに変わらない。自分もあの立場にいたら、ああなってしまうんだろうなあ。なんてことを考えはじめると、結局はまた自省に行き着いてしまう。あー、ダメだ。

 2011年06月15日
 沓掛時次郎 遊侠一匹
Posted by ag at 23:55/ カテゴリー: MOVIE_Database

沓掛時次郎 遊侠一匹監督:加藤泰
出演:中村錦之助、池内淳子、渥美清、東千代之介、弓恵子、清川虹子、中村信二郎、三原葉子
制作:東映京都/1966
URL:
場所:シネマヴェーラ

『風の武士』がちょっとアレレな出来栄えだったのに対して『沓掛時次郎 遊侠一匹』は素晴らしかった。この映画の時点で既に任侠映画の加藤泰のスタイルになっていた。それに東映映画に渥美清が出て来るなんてまったく予想していなかったので、映画の冒頭から中村錦之助と渥美清の掛け合いに魅了されてしまった。中村錦之助の弟子筋の渥美清が義理人情一筋で死んで行くシークエンスは長谷川伸の原作戯曲には無いらしいので、もしかすると後の任侠ものやヤクザものの、ひょうきんでムードメーカーのお調子ものが一人突撃して死んで行って、それを兄貴筋の主人公が復讐して行くストーリーの元祖なんだろうか?

このあいだ、NHKBSプレミアムで今井正監督の『仇討』を見た時に、やっぱり一番印象に残ったのは、中村錦之助の、その卑屈な目だった。まるでこの世のすべての不幸を一身に背負っているようなその目は、それだけで男の悲哀を充分に演技していた。その目が、この『沓掛時次郎 遊侠一匹』にもあった。自分が討った男のかみさんにおもいを寄せてしまう男の目。フツーあんな目をした男に女が惚れるとは到底おもえないけど、中村錦之助の場合はそれがあり得るんだなあ。ここのところ『反逆児』『関の弥太っぺ』『仇討』と見てきて、そしてこの『沓掛時次郎 遊侠一匹』を見て、今さらながらにしてやっと中村(萬屋)錦之助の魅力がわかってきた。さらに中村錦之助の時代劇を見ないと。

 2011年06月15日
 風の武士
Posted by ag at 23:35/ カテゴリー: MOVIE_Database

風の武士監督:加藤泰
出演:大川橋蔵、桜町弘子、久保菜穂子、大木実、南原宏治、中原早苗、北村和夫、野際陽子、宮口精二、進藤英太郎、西村晃
制作:東映京都/1964
URL:
場所:シネマヴェーラ

加藤泰の任侠映画が好きなので、任侠映画以外の時代劇も見てみようと大川橋蔵主演の『源氏九郎颯爽記 濡れ髪二刀流』や『源氏九郎颯爽記 白狐二刀流』あたりを見たんだけど、どうも面白くない。任侠映画にあるような人間の「情」がギラギラと画面に現れる映画ではなかった。そんな加藤泰のスタイルが確立されるのは『明治侠客伝 三代目襲名』あたりなんだろうか。

この『風の武士』もストーリーの運びがバタバタしていて、いったい何のストーリーを見ているのかわからずに混乱してしまう。でも、大木実や南原宏治の描き方に、おお、任侠映画にあるようなギラギラした感じが! おそらくこの映画のあたりから、『真田風雲録』あたりなのか? 加藤泰のスタイルが確立して行ったんじゃないかとおもう。それを見極めるためにも、もっと加藤泰の映画を見ないと。

 2011年06月14日
 CHLOE/クロエ
Posted by ag at 23:59/ カテゴリー: MOVIE_Database

CHLOE/クロエ監督:アトム・エゴヤン
出演:ジュリアン・ムーア、アマンダ・セイフライド、リーアム・ニーソン、マックス・シエリオット、ニーナ・ドブレフ
原題:Chloe
制作:フランス、アメリカ、カナダ/2009
URL:http://www.chloe-movie.jp/pc.html
場所:TOHOシネマズシャンテ

2005年の『秘密のかけら』以来6年ぶりのアトム・エゴヤンの新作。予告編から判断してフツーの不倫の映画だろうとタカをくくって観ていたら、おもっていたよりも驚くような展開の映画だったのでビックリした。おそらく、もっと疑ってかかって観ていればこのような展開を予想出来たはずなんだろうけど、まったくフツーのストーリーだとおもって観ていたのでまるっきり騙されてしまった。だから主要登場人物の3人が邂逅する喫茶店でのシーンの衝撃はハンパなかった。

リーアム・ニーソンが向かいに座っているジュリアン・ムーアの視線を自分の後方に感じる。
リーアム・ニーソンが振り替えって喫茶店に入ってきたアマンダ・セイフライドを見留める。
(ついに3人の修羅場か! と映画を観ている自分はおもう)
リーアム・ニーソンが正面に向き直って、ジュリアン・ムーアに対して言う。あの娘はだれ?
(いまさら何嘘を言ってるんだ、と観ている自分はおもう)
リーアム・ニーソンがもう一度言う、あの娘はだれなんだ?
(ええー、マジなのか? と観ている自分はおもう)
ジュリアン・ムーアの衝撃の顔。
(自分も衝撃!)

こんなふうに、ジュリアン・ムーアと自分は同調していた。映画を観ていて、中の登場人物と自分とのエモーションがシンクロしていることほど素敵なことはない! 素晴らしいシーンだった。

他に、ジュリアン・ムーアが経営する産婦人科病院を出て行く時の、アマンダ・セイフライドの怒りの表情を捉えるシーンや、ラストのアマンダ・セイフライドが『攻殻機動隊』の草薙素子のように落ちて行くシーン(高いところから仰向けに落ちて行くシーンを必ず『攻殻機動隊』に結びつけて見てしまうのはどうかとおもうけど、それだけ『攻殻機動隊』が素晴らしかったんだよなあ)など、ああ、やっぱりアトム・エゴヤンの絵作りは素晴らしかった。

今年はテレンス・マリックの映画もやって来るらしい。前回(2006年)と同様に今年は奇しくもまたアトム・エゴヤンとテレンス・マリックが観られる年になるらしい。次はまた6年後かな。

 2011年06月09日
 ヤバい経済学
Posted by ag at 23:40/ カテゴリー: MOVIE_Database

ヤバい経済学監督:モーガン・スパーロック、アレックス・ギブニー、ユージーン・ジャレキ、ハイディ・ユーイング&レイチェル・グレディ
出演:スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・ダブナー
原題:Freakonomics
制作:アメリカ/2010
URL:http://www.yaba-kei.jp/
場所:新宿武蔵野館

この映画は、世界的にベストセラーになった(と云うことも知らなかった)「ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する」のドキュメンタリー的な映画化で、次の5つのパートからなっている。

・自分の家を30万ドルで売りに出した時、29万ドルで買い手が現れた。すぐに売るか、それとも30万ドルの買い手が現れるのを待つか?
・子供の名前は、その後の子供の人生を決めてしまうのか?
・日本の相撲の八百長が起きるしくみは?
・中絶を合法化すると犯罪発生率が下がる?
・お金で高校生の成績を上げることができるか?

今まであんまり「行動経済学」と云うものに興味がなかったけど、この映画を観て、なるほどねえ、確かに人間の“インセンティブ(人々の意思決定や行動を変化させるような要因のこと)”を考えることは大切なことなんだと少しでもわかったような気が、ちょっと。特に「中絶を合法化すると犯罪発生率が下がる?」は、なるほどねえ、が一番高まったパートだった。望まれないで生まれた子供が不良になる確率は高そうだし、その子が犯罪に走る確率は高そうだ。もし望まない子供を産まないと云う意思決定を多くの人にさせれば、社会に大きな変化が起きることは確かな気がする。でも、それをフランク・キャプラの『素晴らしき哉、人生!』とオーヴァーラップさせる意図がよくわからなかった。いくら望まれない子供であったとしても、その命を絶つことで世界は様変わりしてしまうんだよ、を云っているんだとすると、ええ! じゃあ、どうすればいいの? になってしまう。あれはただ、フランク・キャプラの映画の“インセンティブ”の部分だけを見せているだけなんだろうな。あまりにも唐突な挿入なんだけど。

この映画の上映後、町山智浩さん(Twitterをはじめてから“さん”の敬称を付ける基準がわからなくなってしまった。フォローしている有名人を呼び捨てに出来ない心理はどこからくるんだろう)のトークが20分ほどあった。そこで話題となったのは、この映画にもチラッと顔を見せるハーバード大学のローランド・G・フライヤー,Jr.のことだった。いろいろな“インセンティブ”に翻弄された結果、経済学者となった面白そうな人物で、どうやらその人のドキュメンタリーもあるらしい。トークを聞いて、その映画(テレビ・ドキュメンタリー?)が見たくなってしまった。「松嶋×町山未公開映画を観るTV」の新規シーズンでやらないかな。

 2011年06月03日
 ブラック・スワン
Posted by ag at 23:18/ カテゴリー: MOVIE_Database

ブラック・スワン監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:ナタリー・ポートマン、ヴァンサン・カッセル、ミラ・キュニス、バーバラ・ハーシー、ウィノナ・ライダー、ベンジャミン・ミルピエ、セニア・ソロ、クリスティーナ・アナパウ、セバスチャン・スタン、トビー・ヘミングウェイ
原題:Black Swan
制作:アメリカ/2010
URL:http://www.scottpilgrimthemovie.jp/index.html
場所:ユナイテッドシネマとしまえん

人が面白いと云う映画ほど、どれどれ、どんなに面白いのかこの目で見て確かめてやろう、と云う及第点のハードルを上げた気構えが出来てしまうので、よっぽど納得が行く映画でなければ面白いとおもえなくなってしまうのが天の邪鬼と云うのか、なんと云うのか。今年のアカデミー女優賞を取ったナタリー・ポートマンの演技は、確かにアカデミー賞を取るだけの演技だったとはおもう。けど、この映画って、過保護に育てられてきた娘が、そんな箱入り娘がゆえにバレエの踊りの幅を拡げられなくて苦悩するところに演技の見せ所があるんだろうけど、大きな問題点として、パッと見た目、ナタリー・ポートマンに箱入り娘のたたずまいが無さすぎた。『17歳の肖像』のキャリー・マリガンのような、箱入り娘でありながらいつかそこから逸脱する危険性をはらんでるような演技を見せながらの純粋培養されたたたずまいの演技があれば良かったんだろうけれど。だから、それがあまりにも無さすぎるので、バレエ団の監督であるヴァンサン・カッセルが、お前はホワイト・スワンには申し分ないがブラック・スワンはダメだ、と云うところがいまいちピンとこない。淑やかなホワイト・スワンに対して情熱を見せるべきブラック・スワンを演じる部分のダメさ加減がもっと誰の目にも分かるくらいの差となって現れてこないと。

自由奔放なバレリーナのリリー(ミラ・キュニス)によってもたらされる邪のイニシエーションも、それがどのくらいの変化をナタリー・ポートマンに与えて行ったのかが演技的に見えにくかった。どこまでブラック・スワンの踊りに対して影響を与えて行ったのかがはっきりとしなかった。ホラー的な演技は良かったのに、母親による絶対監視から逃れてブラック・スワンへと変化して行く部分がちょっと曖昧だった。

この映画は、そんなホワイト・スワンのブラック・スワンへの変化を見ることよりも、精神的な痛さを視覚化している部分のほうがよっぽど面白かった。デヴィッド・リンチ『ツイン・ピークス』の、ローランド・パーマーの爪の隙間から「R」の文字が書かれている紙片をピンセットで取り出すシーンが素晴らしいのは、精神的にも肉体的にも「痛さ」を表現しているからだった。考えてみれば、爪の周辺には「痛さ」が多く存在している。『ブラック・スワン』はそのあたりをうまく使っていた。爪が割れる、爪のささくれを取る、爪で引っ掻く。これは肉体的な痛さもさることながら、精神的な痛さを視覚化させる作用をも見せていた。モンスターと化したジェフ・ゴールドブラムの爪がぽろりと取れるシーンがあるデヴィッド・クローネンバーグの『ザ・フライ』や、サメ・ハンターのロバート・ショーが登場する時に黒板に爪を立ててキイキイ音を出すシーンがあるスティーブン・スピルバーグの『ジョーズ』などと並んでこの映画を「爪」映画に分類することにします。

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