小さな出版社の日々
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 2005年06月10日
 ネットで読む、此の世を去った思い出の人のこと
Posted by みやこ at 23:42 / カテゴリー: 日々

昨年の今ごろだったろうか、中学校の同期生が何人か集まったとき、今は伝説になったとも言われるロック・グループの話になり、彼らの写真も撮影してきたカメラマンの同期生が言った。
「茂木さん、去年の1月に死んじゃったんだよ」

え、そんな……。本当に? 話題にしていたロック・グループの、一時期メンバーだった茂木クンは、私の17歳の一夏、とても大切な人だった。当時、ロック喫茶に通い詰めていた私は、その店の常連だった彼に憧れた。京都のロックコンサートに、店の10代の常連数人で行こうという話になり、茂木クンと一緒に京都の街を歩きもした。ほんのわずかな時間、手を握って街を歩いた。
別にその後、付き合ったりはしていない。ただ、数年に1回くらいは、茂木クンのことをなんとなく思い出した。ミュージシャンとして(地味ではあるが)活躍しつづけ、幸せにやっているんだろうなあ、と思った。亡くなっているということは、正直ショックだった。
ずいぶん月日が経ってから、ネットで検索してみた。ある音楽評論家が、少年の心を持ちながら、長い時間をかけて自殺をしたように思う、といったことを書いていて、また心が揺れた。私の知っている茂木クンは19歳。どんな少年の心を持つ大人になり、そして死に行く者となったのだろう。詳しく知ろうと思えば手立てはあるが、そんなことはしたくない。亡くなってしまったということ、それで十分すぎる。このことを、ここ「神保町の空」に書こうと思ったこともあるが、ためらいがあった。
今晩こそ、何か書くべしと思った。最低月2回書くことは、自らに課したことであるからね。そこで、ついこのあいだ女流漫画家の話で盛り上がったときに、言い忘れてしまった漫画家について書くことにした。昔ひどく魅かれていたのだが、今はいろんなことを忘れている。だから、検索エンジンに、「岡田史子」と入れて、キーを押した。
え、そんな……。岡田史子さんは、今年4月に急逝されていた。新聞にも訃報が載ったようだが、私は気づかなかった。
それぞれに、いろんな目的を持って(目的という言葉にそぐわない場合もありそうだけど)、ネットで検索がされていく。そして、多くは目的の全部ないし一部を達成するのだろう。此の世を去った思い出の人のことも、誰かが記録しているかもしれない。