監督:シャーロット・ウェルズ
出演:ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ロウルソン・ホール、ケイリー・コールマン、サリー・メッシャム
原題:Aftersun
制作:イギリス、アメリカ/2022
URL:https://happinet-phantom.com/aftersun/index.html
場所:MOVIXさいたま

スコットランドのシャーロット・ウェルズ監督の長編デビュー作。A24が北米配給権を獲得したとおり、とてもA24的な映画だった。

11歳のソフィが父親とふたりきりで過ごしたトルコでの夏休みを、その20年後、父親と同じ年齢になった彼女の思い出で振り返るこの映画は、そのときに撮っていたビデオ画像と記憶の画像が混在して、ビデオ・インスタレーションのような映画になっていた。そこが鼻につくと云えば鼻につくんだけれど、全体的にどこか不安を感じさせるイメージがサスペンス映画のようで、この父親はなに? どうなるの? で映画を引っ張って行くストーリーは観ていてい飽きなかった。

それに11歳のソフィに対して次第に迫りくる性的な大人の世界は、父親と娘の関係を親子以上の恋人関係へと発展させているようで、それでいて親子関係に踏みとどまっているような、女性監督ならではの繊細な描写が面白かった。

結局は父親のその後は描かれない。でも、どう考えてもハッピーなことにはならない予感が支配するエンディングもなかなか良かった。

→シャーロット・ウェルズ→ポール・メスカル→イギリス、アメリカ/2022→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:トッド・フィールド
出演:ケイト・ブランシェット、ノエミ・メルラン、ニーナ・ホス、ゾフィー・カウアー、ジュリアン・グローヴァー、アラン・コーデュナー、マーク・ストロング、シルヴィア・フローテ、アダム・ゴプニク、ミラ・ボゴイェヴィッチ、ツェトファン・スミス=グナイスト
原題:TÁR
制作:アメリカ/2022
URL:https://gaga.ne.jp/TAR/
場所:MOVIXさいたま

トッド・フィールド監督の『TAR/ター』は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で女性初の首席指揮者となったリディア・ターと云う架空の人物をケイト・ブランシェットが演じている。ケイト・ブランシェットが大好きなので贔屓目もあるんだろうけれど、いやもう彼女が素晴らしくて、最近ではオリヴィア・コールマンと双璧をなす最高の女優だとおもう。

ジェンダーレスが一般的になりつつあるいまの時代は、男性ばかりが支配していた業界にも女性が進出するのは当たり前になってきた。音楽家の中でも、もっとも女性に向いていないと云われてきた指揮者の世界にも、例えば2005年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を女性として初めて指揮したシモーネ・ヤングのような人物が出てきた。

おそらくリディア・ターと云う架空の人物は、このあたりの女性指揮者をモデルにしているのかもしれないけれど、指揮者の業界を描いたのはひとつの象徴にすぎず、女性が男性と同等の地位に立ったときの、キャンセルカルチャー(ソーシャルメディア上で過去の言動などを理由に特定の人物を糾弾する行動)のこと、権力を持ったものが必ず行う恣意的行為、パワハラ、腐敗のこと、ストレスフルな状態から起こる心身のバランスのことなどを、ケイト・ブランシェットと云う女優に演じさせるために存在した映画に見えてしまった。

そしてそのケイト・ブランシェットの素晴らしさとともに、この映画の構成が特殊だった部分もとても面白く感じてしまった。

この映画は、まずはエンドクレジットからはじまる。そこから、状況の説明があまりないままに次から次へと場面が転換して行き、ほんの少しの手がかりだけで、映画を観ている我々はリディア・ターと云う人物を理解して行かなければならない。はっきりと画面には登場しない人物が重要だったり、この人は誰? なんてこともしばしばで、でも映画を観て行けば次第に状況がつかめて来るような形をとっていた。

つまり、この映画はエンドクレジットから逆行して行く映画だったのか? それはクリストファー・ノーランのようにあからさまに時間軸をいじる映画では無いにせよ、起承転結と普通に流れる映画では無かった。例えば映画が始まってすぐの、寝ているリディア・ターを誰かがスマホで隠し撮りしてSNS上でディスるシーンは、普通ならばオープニングシーンとしてはふさわしくなく、それがどのようなシチュエーションで行われているのかがまったくわからないために唐突感が否めない。でも、その隠し撮りをしているのは誰か? SNS上でディスり合ってる相手は誰か? が次第に明らかになって行く過程は面白く、映画が進むにつれて次第にリディア・ターと云う人物像が浮かび上がって来る過程はゾクゾクするほど面白かった。

とは云っても、一度観ただけでは謎の部分も多く、マーラーとか、バーンスタインとか、クラシックの知識をもう少し取り入れた上でもう一度観るともっと面白いんじゃないか、とおもえる映画だった。

→トッド・フィールド→ケイト・ブランシェット→アメリカ/2022→MOVIXさいたま→★★★★

監督:ジェームズ・ガン
出演:クリス・プラット、ゾーイ・サルダナ、デイヴ・バウティスタ、カレン・ギラン、ポム・クレメンティエフ、ヴィン・ディーゼル、ブラッドリー・クーパー、ショーン・ガン、マリア・バカローヴァ、ウィル・ポールター、エリザベス・デビッキ、シルヴェスター・スタローン
原題:Guardians of the Galaxy Vol. 3
制作:アメリカ/2023
URL:https://marvel.disney.co.jp/movie/gog-vol3
場所:109シネマズ木場

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズで成功を収めたジェームズ・ガン監督がドナルド・トランプを批判したことから右派系の人に目をつけられて、過去の不謹慎なツイートを掘り起こされた結果、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』の監督を降ろされると云う事件が起こった。ところが、デイヴ・バウティスタを始めとする出演者の抗議やオンライン請願サイトに約35万人の署名が集まったことから、結局は監督に復帰すると云うドタバタで一応事態は収束した。このことはジェームズ・ガンとマーベル・スタジオとの関係にちょっとした禍根を残す結果となった。

それをふまえてこの映画を観てみると、事件が起こる前にシナリオが出来ていたとはおもうのだけれど、ジェームズ・ガンがこれでもか、これでもかと、最後におもいの丈のすべてをぶつけた映画に見えてしまってとても痛快だった。

主にロケットの出自を題材にしたこの映画は、ジェームズ・ガンのテーマとも云える、負け犬だっていいじゃないか、誰だって何かの役に立っているんだ、を様々なキャラクターを通して訴えかける映画に仕上がっていて、ヤカの矢をうまく扱えないクラグリンにまでスポットを当てているほどの盛り沢山だった。

ただ、個人的には、全ての生物を強制的に進化させようとする狂信的な科学者ハイ・エボリューショナリーによって言葉を話せるようになった動物たち、ロケットとライラ(カワウソ)とティーフ(セイウチ)とフロア(ウサギ)の友情物語はあまりにもベタで、いらなかったかなあ、とおもえなくもない。それに今回のメインヴィランであるハイ・エボリューショナリーも悪役のキャラクターとしてちょっと弱かったかなあ。

2022年10月25日、ジェームズ・ガンがワーナー・ブラザース傘下の「DCスタジオ」の共同会長兼CEOに就任することが発表された。今後4年の「DCスタジオ」の製作を統括し、ガンは主にクリエイティブ面を担当するらしい。これからの「DCスタジオ」の映画も追いかけるべきなのか、どうか。

→ジェームズ・ガン→クリス・プラット→アメリカ/2023→109シネマズ木場→★★★☆

監督:ベン・アフレック
出演:マット・デイモン、ベン・アフレック、ジェイソン・ベイトマン、マーロン・ウェイアンズ、クリス・メッシーナ、クリス・タッカー、ヴィオラ・デイヴィス
原題:Air
制作:アメリカ/2023
URL:https://warnerbros.co.jp/movie/air/
場所:MOVIXさいたま

はじめての海外旅行はニューヨークだった。飛行機がとてつもなく苦手だったけれど、ブロードウェイのミュージカルを観るために意を決した海外旅行だった。たしか、1989年のことだったとおもう。

で、その当時、大きなブームを巻き起こしていたのがNIKEのシューズだった。だからニューヨークへ行っておもわず買い求めてしまったのが「AIR MAX」だった。いま考えると、そんなに欲しくもないのに熱に浮かされて買ってしまったがために、流行りの「AIR MAX」なんて履いてるぜ、と云われるのがイヤで、日本に帰ってからは履かないまま放ったらかしにしてしまった。いつの間にか、接着剤がベロベロに溶けて靴底が剥がれてしまったので履けなくなってしまった。

とにかく1980年代の終わりごろから90年代にかけて、NIKEのシューズは日本でも品薄で、履いている人が襲われてシューズを強奪されるなんてとんでもない事件も起きた。ホンモノと見分けのつかない精巧なニセモノも氾濫していて、はたして自分の買ったシューズも本物かどうかもいま考えても怪しい。

自分の買った「AIR MAX」は1987年にNIKEから発売されたランニングシューズだった。でも「AIR」が付くシューズと云えば、1984年11月17日 に発売された「AIR ジョーダン1」が最初で、その「AIR ジョーダン1」の開発過程を描いたのがベン・アフレック監督の『AIR/エア』だった。

「AIR ジョーダン1」がどのように誕生したのかはまったく知らなかったけれど、なにかとてつもないものが生まれる過程には必ずと云って良いほどに大きな障害が立ちはだかるもので、それを苦労して乗り越えたからこそ反動は大きくなり、誰もが欲しがるヒット作が生まれる流れになるんだとおもう。だからそのドラマはNHKの「プロジェクトX」よろしく、やたらと感動秘話になりやすくて、お決まりのパターンになってしまうのが悲しい。

このベン・アフレック『AIR/エア』でも、そんな成功秘話のお決まりのパターンになりそうではあったものの、まったくNIKEに興味を示さなかったマイケル・ジョーダンと契約を結ぼうとするソニー・ヴァッカロを演じるマット・デイモンの、いつもながらの肩の力が抜けた演技がそうはさせなかった。ソニー・ヴァッカロが、1982年のNCAAトーナメントチャンピオンシップで決めたウィニング・ショットだけでもってマイケル・ジョーダンの才能を見抜くシーンは、マット・デイモンだからこそできる、おだやかでありながら、バスケットボールに対する愛情の深さをさり気なく示せる良いシーンだった。

だからこそ、マイケル・ジョーダンの母親デロリス・ジョーダン(ヴィオラ・デイヴィス)がソニー・ヴァカロを信頼して行くストーリーの流れも簡単に納得できてしまった。

そんな大ヒット作「AIR ジョーダン」を世に送り出したソニー・ヴァッカロのWikipedeiaを見ると記述内容がとても少ない。もしかすると実像も演じたマット・デイモンのようにさりげない人なのかな?とおもって、実際に行われたインタビューを読んでみたらやはりとても控えめな人だった。

【取材】エア ジョーダン生みの親、単独インタビュー ─ 映画『AIR/エア』主人公ソニー本人が語る秘話【前篇】
https://theriver.jp/air-vaccaro-interview1/

→ベン・アフレック→マット・デイモン→アメリカ/2023→MOVIXさいたま→★★★★

監督:オリヴァー・ハーマナス
出演:ビル・ナイ、エイミー・ルー・ウッド、アレックス・シャープ、トム・バーク、エイドリアン・ローリンズ、ヒューバート・バートン、オリヴァー・クリス、マイケル・コクラン、アーナント・ヴァルマン、ゾーイ・ボイル、リア・ウィリアムズ、ジェシカ・フラッド、パッツィ・フェラン、バーニー・フィッシュウィック、ニコラ・マコーリフ
原題:Living
制作:イギリス/2022
URL:https://ikiru-living-movie.jp
場所:109シネマズ菖蒲

黒澤明の『生きる』をカズオ・イシグロが脚色したこの映画は、うまく舞台をロンドンに移し替えていて、ひとつひとつのエピソードは忠実に再現しながらも、全体の構成は50年代のイギリス社会に置き換えるために少し変えていた。

黒澤版から大きく変更された点は、新入りの公務員(アレックス・シャープ)からの視点を取り入れたところだった。彼から見る課長のロドニー・ウィリアムズ(ビル・ナイ)の行動がこの映画のベースになっていた。

その新入りの公務員が黒澤版にはない新しいキャラクターかと云えばそうでもなくて、大勢の反対を押し切って公園を完成して死んでいった課長の熱意を引き継ごうと盛り上がった翌日に、いつもどおりのお役所業務に戻ってしまう課員に向かって無言の抗議をするシーンを見れば、おそらくは黒澤版の日守新一(木村役、あだ名は“糸こんにゃく”)を新入り公務員に置き換えて、それをちょっと含まらせたキャラクターじゃないかと想像がつく。このキャラクターが、おもっていたほどに邪魔にはならなくて、この映画をただの黒澤版のコピーにはしない効果をもたらしていた。

公開当初はなんとなく食指が動かずにいたこの映画だったけれど、見始めればまるで50年代のイギリス映画のようなオープニングクレジットからのめり込み、イギリスと云う風土に脚色された『生きる』はおもっていた以上に面白かった。

→オリヴァー・ハーマナス→ビル・ナイ→イギリス/2022→109シネマズ菖蒲→★★★★

監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ、サマンサ・モートン、タイ・シンプキンス、サティア・スリードハラン
原題:The Whale
制作:アメリカ/2022
URL:https://whale-movie.jp
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

サミュエル・D・ハンターが2012年に発表した同名舞台劇を『レスラー』『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキーが映画化。体重が600ポンド(約272キロ)にもなってしまった男の最後の一週間を描いている。

舞台劇の映画化は場所が限定されるので、ドラマがその狭い範囲に凝縮されるのが大好きで、例えばエリア・カザンの『欲望という名の電車』(テネシー・ウィリアムズ作、1951)とか、ウィリアム・ワイラーの『噂の二人』(リリアン・ヘルマン作、1961)とか、ジーン・サックスの『おかしな二人』(ニール・サイモン作、1968)とか、好きな映画を数え上げたらきりがない。だから、この映画も好きなタイプの映画のであることに間違いはなかった。

ただ、重度の肥満症からまったく動けなくなってしまった主人公の、医療も拒否した破滅的な生活は気持ちの良いものではなくて、場所がほとんどソファーの上だけってのもかえって閉所恐怖症ぎみの自分にとってはちょっと辛かった。

舞台劇の映画化なので登場人物は6人だけ。国語の教師で肥満症のチャーリー(ブレンダン・フレイザー)、チャーリーと疎遠になっていた娘エリー(セイディー・シンク)、チャーリーの唯一の友人である看護師のリズ(ホン・チャウ)、チャーリーの元妻でありエリーの母であるメアリー(サマンサ・モートン)、ニューライフ教会の宣教師トーマス(タイ・シンプキンス)、ビザの配達人ダン(サティア・スリードハラン)。

ストーリーはおもに主人公チャーリーと娘エリーとの関係修復にあてられている。そこに看護師リズとチャーリーとの関係、そしてリズの兄アランとチャーリーとの関係が次第に明らかになって行き、単にドラマに膨らみを持たせるためだけの添え物とおもえた宣教師トーマスに関しても彼らとの繋がりが明らかになって行く。家族や友人(恋人)関係だけが題材とおもわれたこの映画が、いつのまにか宗教と云うものの在り方にまで踏み込んで行く流れは、おそらくは原作の戯曲の素晴らしさなんだろうけれど、とても巧かった。

この映画を観はじめて、題名に使われている「ホエール(鯨)」とはなんだろう? と考えていた。まず目が行くのはチャーリーの肥満からくるイメージだけれども、映画の冒頭に彼が心臓発作に陥ったときに心拍を落ち着かせるために読むメルビルの「白鯨」に関するエッセイも関係していることがわかる。

この誰が書いたかわからない「白鯨」に関するエッセイは、メルビルの「白鯨」は悲しい物語だと云う。なかでも一番悲しい部分は、クジラを描写するだけの退屈な章から、実際に不幸な作家人生を送ったメルビルによるわずかな救いの手を感じ取ったからだと云う。

映画のなかに何度も登場するこのエッセイが、このストーリーの鍵となっているのは間違いない。でもそれが何なのかは判断が難しい。おそらくは、この映画のもうひとつの鍵であるニューライフ教会をおだやかに批判していると云うことなのかもしれない。人間に対する救いなんてものは、あからさまに、大仰になされるものではなくて、平凡なものから感じ取るべきものなんだと云っているようにも見える。

そして、このストーリーの一番の軸であるチャーリーと娘エリーとの関係。8歳のときからまったく会えていない娘は、父親に対する敵意がむき出しで、自分の感情をうまくコントロールできない人間に育っていた。傍から見れば、それは片親だけによる子育の失敗から出来上がった娘だった。でもそんな娘をチャーリーは元妻に対して素晴らしい娘に育て上げてくれたと絶賛する。チャーリーにとって、久しぶりに会えたからと云って本心を隠して当たり障りのない会話をする親子関係よりも、ストレートに思いの丈をぶつける親子関係こそが理想だったのかもしれない。

そんな直球なエリーだから、ひょんなことから訪ねてきた宣教師トーマスに対しても、ニューライフ教会をボロクソにこきおろす。神を信じることなんて人々の救いにはまったくならないと。

この映画には救われなければならない人間ばかりが登場する。その全員がニューライフ教会との関わりがあることがわかってくる。でも宗教は誰も救わない。とくにチャーリーは、その宗教によって恋愛関係にあった看護師リズの兄アランを自殺で亡くしてしまう。心のバランスを崩した彼は体重が600ポンド(約272キロ)にまでなり、医療も拒否して死を待つのみとなってしまった。ただ、唯一の救いを感じたのが「白鯨」のエッセイだった。

では「白鯨」のエッセイを書いたのは誰なのか?

それは娘のエリーだった。元妻によって交流を遮断されていたチャーリーは、ひとつだけ、エリーの書いた「白鯨」のエッセイを送ってもらっていたのだった。そこに書かれていた内容も去ることながら、自分が娘とつながるたった一つの拠り所だった。映画のラストは、エリー自身による「白鯨」のエッセイの朗読だった。それでもってチャーリーは救われ、と同時に画面は光り輝き、彼は死とともに昇華する。

この映画はどんな終わり方をするんだろうとおもっていたけれど、とても納得の行く終わり方だった。

→ダーレン・アロノフスキー→ブレンダン・フレイザー→アメリカ/2022→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★★

監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出演:パブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥ、アルバン・ウカイ、ティヒメン・フーファールツ、シャルロット・デ・ブライネ、ナデージュ・エドラオゴ、マルク・ジンガ
原題:Tori et Lokita
制作:ベルギー、フランス/2022
URL:https://bitters.co.jp/tori_lokita/
場所:新宿武蔵野館

ダルデンヌ兄弟の新作は、ベルギーにやってきたベナン出身のトリとカメルーン出身のロキタのはなし。ふたりはアフリカからベルギーへたどり着く途中で出会い、本当の姉妹のように助け合って生活を送っている。生活の基盤を得るためにしっかりとした仕事に就きたいロキタは、すでにビザが発行されているトリの姉と偽ってビザを取得しようとしていた。でも、この偽りの気持が次第に負の連鎖を産み、いつしか取り返しのつかない事態へと落ち込んでいく。

日本は移民に対して厳しい国だと云われる。確かに酷いとおもう。欧米のようにもうちょっと寛大になればい良いとおもうときもある。でも、フランス映画などで描かれる移民の生活ぶりを見ると、彼らの困窮ぶりが犯罪の温床になってしまっている。日本も間口を広げれば必ずと云ってその問題にぶちあたる。日本の人口が減少に転じるにつれ、受け入れざるを得ない移民のことをおもうと、このトリとロキタのストーリーは日本の将来に起こる出来事として捉えても何の問題もなかった。

いつもおもうことだけれど、ダルデンヌ兄弟の視線はシビアだ。そこまで強烈な展開を用意しなくても良いのに。映画を観終わって、肩を落としながら映画館を去った。

→ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ→パブロ・シルズ→ベルギー、フランス/2022→新宿武蔵野館→★★★★

監督:庵野秀明
出演:池松壮亮、浜辺美波、柄本佑、塚本晋也、手塚とおる、長澤まさみ、西野七瀬、本郷奏多、市川実日子、松尾スズキ、森山未來
制作:「シン・仮面ライダー」製作委員会/2023
URL:https://www.shin-kamen-rider.jp
場所:109シネマズ木場

庵野秀明が選んだ次のテーマは「仮面ライダー」。自分にとっても「仮面ライダー」の1号、2号、V3まではリアルタイムで見ていたので、またまた庵野の手のひらの上で転がされてしまうのかな、まあそれもそれで楽しいな、とおもいながら観に行った。

そこで、ふと、子供のころ「仮面ライダー」のどこに魅力を感じたんだろうかと振り返ってみる。でも「ウルトラセブン」のようにすぐにはおもい当たらなかった。「仮面ライダースナック」の「ライダーカード」が欲しくて、カードだけを取ってスナックは捨ててしまうと云う、当時の社会問題にまで発展したようなこともご多分に漏れずやっていたのだけれど、それは「仮面ライダー」の魅力にはまっていたと云うよりも「ラッキーカード」と呼ばれるレアカード欲しさに買っていたような気もする。だからそんなに「仮面ライダー」への愛着は薄いのかもしれない。

そんな昔の「仮面ライダー」に対してあまり執着の無い人間が『シン・仮面ライダー』を観たら、とても貧弱で、せせこましいイメージを持ってしまった。狭い範囲でとてつもなく大きなことが成されているようで、そこに違和感を持ってしまった。いや、それは原作に忠実なんだよ、ファンに対して「仮面ライダー」のイメージを壊さないように作っているんだよ、って云われればそうなのかもしれない。でもそれを映画として一般に公開するのはどうなんだろう? っておもってしまった。もうちょっとファンでない人に対しても開かれなければならないんじゃないか、とはおもう。まあ、開いたら開いたで「仮面ライダー」ファンは怒るのだろうけれど。難しい題材だ。

→庵野秀明→池松壮亮→「シン・仮面ライダー」製作委員会/2023→109シネマズ木場→★★★

監督:松本優作
出演:東出昌大、三浦貴大、皆川猿時、和田正人、木竜麻生、池田大、金子大地、阿部進之介、渋川清彦、田村泰二郎、渡辺いっけい、吉田羊、吹越満、吉岡秀隆、阿曽山大噴火
制作:映画「Winny」製作委員会/2023
URL:https://winny-movie.com
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

2000年代に入ってから個人のパソコンの多くがインターネットへ常時接続できるようになりはじめた。それは一般のアナログ電話回線を流用したブロードバンドインターネット接続サービス「ADSL」の普及が大きな後押しとなって、さらに光ファイバー網を利用した高速の「光回線」の普及がさらに輪をかけることになった。そんな中で登場したのがファイル共有ソフト「Winny」だった。「Winny」を使えば大容量のファイル、たとえば映画まるごと1本の動画ファイルを送受信することが容易くなり、個人のコンピュータ同士を複数経由させる方法(Peer to Peer)のためにサーバー間の通信だけに負担がかかると云うこともなく、まだまだ開発途中で手直しすべきところはあったものの技術的には素晴らしいソフトだった。(と云っても「Winny」を使ったことはなかったとおもう。使ったのは似たようなファイル共有ソフト「WinMX」とか「BitTorrent」だったような)

ただ、やはり時代の先駆たるものの宿命として、既存のルールとのミスマッチが起きてしまうのは必定で、ユーザーの使い方によっては著作権のある映画などの動画ファイルをばらまくためのツールとなってしまった。その結果、2003年11月には著作権のある動画ファイルを違法に公開したとしてユーザーが逮捕され、さらに「Winny」の開発者である金子勇にまで捜査の手が伸びた。

松本優作監督の『Winny』は、金子勇宅への捜査から、逮捕、裁判に至るまでの過程を描いていた。検察側が有罪とする決め手は、金子勇が「2ちゃんねる」上で著作権違反行為を意図する者への要望に応えるために「Winny」を作ったとしている点だった。反対に弁護側は、金子勇が「2ちゃんねる」での書き込みに著作権違反行為に関する発言はまったくしてなくて、純粋に便利なツールを開発したいがために「Winny」を作ったとしている点だった。

この映画での金子勇と云う人物は、ちょっと天然ボケのある純粋な人間として、それをやたらと強調して作られていた。つまり不当逮捕であることを前提に映画が成り立っていた。実際の金子勇本人がどのような人物なのかわからないのだけれど、おそらくこの映画で描かれていたような人物だったとおもう。でも「Winny」の開発者逮捕の事件はそのような個人の問題だけではなくて、ネット時代へと突入しはじめた当時のデジタル・コミュニケーションが作り出す世界がとても重要なポイントだった。とくに金子勇が「Winny」開発のベースとした匿名掲示板「2ちゃんねる」を語らずして何を語ろう。映画『Winny』での「2ちゃんねる」は、金子勇を救うために「2ちゃんねる」有志が募金を募ったと云う美談しか登場しなかった。いやいや、そんな美談は「2ちゃんねる」には似合わない。

映画『Winny』を単純な刑事裁判映画にするよりも、当時のインターネットでのムーブメントをもう少し表現して、名無しの人たちが集う「2ちゃんねる」から如何にして「Winny」が生まれたかの部分も映画に組み込まれていたのならもっと面白かったのに。それを描くのはとてつもなく大変なのだろうけれど。

→松本優作→東出昌大→映画「Winny」製作委員会/2023→ユナイテッド・シネマ浦和→★★☆

監督:ポール・バーホーベン
出演:ビルジニー・エフィラ、シャーロット・ランプリング、ダフネ・パタキア、ランベール・ウィルソン、オリビエ・ラブルダン、ルイーズ・シュビヨット、エルベ・ピエール、クロチルド・クロ
原題:Benedetta
制作:フランス/2021
URL:https://klockworx-v.com/benedetta/
場所:新宿武蔵野館

ポール・バーホーベン監督の『ロボコップ』(1987)を最初に観たとき、今までのハリウッド映画にはない異様で過激な描写がかえって新鮮に写って、そこがこの映画を実際の出来以上に面白く感じた理由だったんじゃないかとおもう。それがハリウッド5作目の『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997)になるとグロテスクな描写をやり過ぎてて、すっかりそのスタイルにも飽きがきてしまった。『インビジブル』(2000)を最後にハリウッドを去ったのは多くの人が同じような感想を持った結果だったのかもしれない。

ヨーロッパに活動の場を戻したポール・バーホーベン監督の映画にはまったく興味が持てなかったのだけれど、なぜか最新作の『ベネデッタ』は観てみようと食指が動いてしまった。

今回の主人公は17世紀に実在した同性愛主義で告発された修道女ベネデッタ・カルリーニ。聖痕が浮かび上がったとして信者の注⽬を集め、⺠衆の⽀持を得て修道院⻑に就任した女性をポール・バーホーベン監督が描いた。

へー、こんな史実があったのか、の興味が作品の出来を上回り、とても面白く観てしまった。映画自体はどこか70年代あたりの映画を彷彿とさせるような作りで、人物の描写方法やカメラワークなども懐かしさを感じて面白かった。そもそも性的に抑圧された修道女たちが敬虔な行動を捨てて性行為にふけるのは70年代に流行ったナンスプロイテーションのようだし、ベネデッタ役のビルジニー・エフィラが豹変して男の声で罵るシーンは『エクソシスト』にも見えるし、シャーロット・ランプリングも歳を重ねてはいるものの昔の美貌を感じさせる点も良かったし。

この映画に食指が動いたのは、ネットなどに流れてきた『ベネデッタ』のポスター等のビジュアルに昔の映画の匂いを感じたからかもしれない。その感覚は当たっていて、そう云った意味で楽しめた映画だった。

→ポール・バーホーベン→ビルジニー・エフィラ→フランス/2021→新宿武蔵野館→★★★☆