監督:スパイク・リー
出演:デイヴィッド・バーン、ジャクリーン・アセヴェド、グスタヴォ・ディ・ダルヴァ、ダニエル・フリードマン、クリス・ギアーモ、ティム・カイパー、テンデイ・クーンバ、カール・マンスフィールド、マウロ・レフォスコ、ステファン・サン・フアン、アンジー・スワン、ボビー・ウーテン・3世
原題:David Byrne’s American Utopia
制作:アメリカ/2020
URL:https://americanutopia-jpn.com
場所:MOVIX三郷

今となってはレガシーとなってしまったレーザーディスクと云うもののソフトを作っている会社に勤めていたとき、ジョナサン・デミが監督をしたデイヴィッド・バーンの『ストップ・メイキング・センス』と云うライブ映画をレーザーディスク版で見た。当時は洋楽のことにあまり詳しくなくて、トーキング・ヘッズなんてグループのことをまったく知らなかったのだけれど、そのスタイリッシュなパフォーマンスにすっかり魅せられてしまった。オープニングにギター一本でステージに現れたデイヴィッド・バーンが、曲ごとに次第に演奏するパフォーマーを増やしていって、最後には楽団として大団円を迎える舞台構成は、ステージを見ている観客のボルテージを次第に上げて行って歓喜させていくツボを心得ているミュージシャンであることを証明しているような映画でもあった。

そのレーザーディスク版の『ストップ・メイキング・センス』を見てから、おそらくは30年くらい経っているとおもう。そんな長い時間を経てから、今回またデイヴィッド・バーンが、今度はスパイク・リーと組んで、2018年に発表したアルバム「アメリカン・ユートピア」をもとに制作されたブロードウェイのショーのライブ映画を作った。これも『ストップ・メイキング・センス』と同じように、徐々に観客を高揚させていく構成のライブで、昔のトーキング・ヘッズ時代の「Once In A Lifetime」や「Burning Down The House」も演奏するので、まるで30年の時をタイムスリップしているような既視感も加わって、気が狂わんばかりの楽しい映画に仕上がっていた。

いやいや、それ以上に、このステージの中でデイヴィッド・バーンが云っているように、ワイヤーを使っていない楽器、つまり電気の力を借りていない楽器だけで構成する舞台は、まるで人間たちが原初から行って来た祝祭のように、自然のちからに対する畏敬の念とか、豊穣の恵みに対する感謝とか、そういったものをまとめて崇め奉っているようにも見えてきて、ラストには最高潮を迎えた祭りの歓喜のような、不思議な高揚感も味わえる効果を上げているのにはびっくりした。

いやあ、すごい映画だった。スパイク・リーの構成も素晴らしかった。今年のベストの映画になりそうな気がする。

→スパイク・リー→デイヴィッド・バーン→アメリカ/2020 →★★★★

監督:ホン・サンス
出演:オ・ユノン、ペク・チョンハク、キム・ユソク、パク・ヒョニョン
原題:강원도의 힘
制作:韓国/1998
URL:https://apeople.world/hongsangsoo/
場所:ユーロスペース

エリック・ロメールの次にホン・サンスを観る。

小説を原作としたデビュー作『豚が井戸に落ちた日』と違って、自らの着想から始まったオリジナル作品というという点でもこの『カンウォンドのチカラ』がホン・サンス映画の原点と言える作品、だそうだ。『豚が井戸に落ちた日』を観ていないのでなんとも云えないのだけれど、いつもホン・サンスの映画には必ずと云って良いほどに登場するテーブルを挟んでの食事上での会話シーンが、確かにこの『カンウォンドのチカラ』には何回も出て来る。すでに2作目にして、現在のホン・サンスの映画に通ずるスタイルが確立したってのは、そうなのかもしれない。

『カンウォンドのチカラ』は、前半がオ・ユノンが演じる大学生イ・ジスクたち女三人組の江原道(カンウォンド)への小旅行の話し。後半はペク・チョンハクが演じる大学講師が後輩に誘われてやはり江原道へ行く話し。映画を観ているだけでは、前半から後半へと、普通に時間軸が進んで行くように見えた。でも、細かなエピソードが前半と後半の双方に出てきて、この2つが同じ時間を共有していることがだんだんとわかってくる。ただ、二人の主人公が交わることはない。微妙にすれ違っているだけなので、大きくストーリーが展開することはない。

映画を観たあとにネットでストーリーを確認すると、前半に出て来る大学生のオ・ユノンと後半に出て来るる大学講師のペク・チョンハクは別れたばかり恋人同士なんだそうだ。ペク・チョンハクには奥さんも子供もいるから不倫カップルと云うことか。その二人が同じ場所で、同じ時間を共有していながらも決して出会うことはなくて、唯一の接点はオ・ユノンがお寺に落書きした「もう少し長い呼吸で待っていよう」をペク・チョンハクを見つけるところだけ。そうか、全体の構成はそういうことだったのか。ああ、ホン・サンスは巧いなあ。観終わったあとにジワジワくる良い映画だった。

→ホン・サンス→オ・ユノン→韓国/1998→★★★☆

監督:エリック・ロメール
出演:ベルナール・ヴェルレー、ズーズー、フランスワーズ・ヴェルレー、ダニエル・セカルディ、マルヴィーナ・ペーヌ
原題:L’Amour l’après-midi
制作:フランス/1972
URL:
場所:ル・シネマ

東京都の非常事態宣言のなか、映画館の上映もやれるのか、やれないのか、どっちなのか迷走していて、今回のル・シネマでの「エリック・ロメール監督特集上映」も予定がめちゃくちゃになってしまった。どういうルールなんだかわからないのだけれど、非常事態宣言時のなかでも途中から映画館の上映がOKになって、やっとエリック・ロメールが観られることとなった。

エリック・ロメールの「六つの教訓話」シリーズの中でもまだ観たことのない『愛の昼下がり 』がちょうど土曜の夜の回に間に合ったので滑り込んで観ることができた。

エリック・ロメールの映画には、めんどくせえ女だなあ、って女性がよく出て来る。まあ、あくまでも自分の主観での印象なので、多くの人がこのことに共感してくれるのかと云えば、そうでもない。いや、でも、『緑の光線』のマリー・リヴィエールなんて相当なものだよなあ。今回の『愛の昼下がり』にも、そのマリー・リヴィエールにも勝るとも劣らない女性が出てきた。やたらと気まぐれで自由奔放な、それでいてこちらの気持ちにズカズカと土足で踏み込んでくるような、めんどくせえ、と云うよりは、それよりも上を行く危険な雰囲気を漂わせる女性だった。歌手やモデルとしても活躍したズーズーと云う女優が演じていた。

そのズーズーを観ていて、なぜか不思議な魅力を感じるところが『緑の光線』のマリー・リヴィエールとは違うところだった。この映画の主人公ベルナール・ヴェルレーと同様に、危ない女だ、とおもいながらも次第に惹きつけられて行ってしまうところが完全に自分とシンクロしていた。

ズーズーに興味を持ってネット検索すると日本語のページはあまりない。で、苦労して英語やフランス語のページを見ると、薬物依存で苦労した女性だったらしい。ただ、ジョージ・ハリスンやボブ・ディラン、ブライアン・ジョーンズなど、関わった男性たちの名前が豪華なところが目を引く。実生活でも魅力的な人物だったのかもしれない。と云うか、この映画のズーズーは地で演じていたのかもしれない。

※同時上映の短編映画『モンフォーコンの農婦』(1968年、13分)も観た。結婚を機に田舎で暮らす元教師の女性のドキュメンタリー。

→エリック・ロメール→ベルナール・ヴェルレー→フランス/1972→★★★☆

監督:フローリアン・ゼレール
出演:アンソニー・ホプキンス、オリヴィア・コールマン、マーク・ゲイティス、イモージェン・プーツ、ルーファス・シーウェル、オリヴィア・ウィリアムズ
原題:The Father
制作:アメリカ/2020
URL:https://thefather.jp
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

今年のアカデミー賞ではまた波乱が起きた。昨年亡くなったチャドウィック・ボーズマンに票が集まって、誰もが『マ・レイニーのブラックボトム』の演技で彼が主演男優賞を獲ると考えていたので、授賞式の段取りも、普通ならば最後に作品賞の発表を持って来るところを主演男優賞に入れ替えて、華々しくチャドウィック・ボーズマンを見送る手はずだった。ところがフタを開けてみると、プレゼンターのホアキン・フェニックによって読み上げられた名前はアンソニー・ホプキンス。自分が選ばれるとはおもっていなかったアンソニー・ホプキンスは授賞式場にも来ていなくて、ただ虚しく彼の名前が会場に響き渡っただけだった。

そのアンソニー・ホプキンスが今年の主演男優賞を獲ったのがフローリアン・ゼレール監督の『ファーザー』による演技でだった。いや、さすがのアンソニー・ホプキンス。次第に頭が壊れて行って、認知症に陥っていく老人をリアルに演じていた。これだったらチャドウィック・ボーズマンを抑えて、主演男優賞を獲るのもおかしくない。いやむしろ、彼が獲るべきだった。

自分が年老いて行って、知っている人の顔さえもわからなくなる恐怖って、まるでホラー映画を観ているような感覚なんだと云うことがこの映画を観てよくわかった。この映画ではアンソニー・ホプキンスの娘をオリヴィア・コールマンが演じているんだけど、次のシーンで、まるで何事もなかったかのようにオリヴィア・コールマンがオリヴィア・ウィリアムズに入れ替わってしまっている状況は、二人の容姿のバランスがなんとなく一致していることも相まって、ゾワッと鳥肌が立ってしまった。こっちは、お前は誰だ? とおもっているのに、向こうはしれっと、お父さん何云ってんのよ、みたいに馴れ馴れしく接してくるときに見せる微妙な表情を、アンソニー・ホプキンスが絶妙に出していた。いやー、すごい俳優だ。

→フローリアン・ゼレール→アンソニー・ホプキンス→アメリカ/2020→★★★★

監督:岩間玄
出演:森山大道、町口覚、神林豊
制作:テレビマンユニオン/2021
URL:https://daido-documentary2020.com
場所:新宿武蔵野館

あれはいつのことだったか。たぶん、青空文庫の工作員の人からだったと記憶するのだけれど、新宿の街を写した白黒の写真集を見せてもらったことがあった。そこには、ザラついて光沢のない印画紙に出力された、ブレてピントも合ってないような写真が多数収録されていた。その奇妙な生々しさに不思議な魅力を感じてしまって、えっ、なにこれ、すごい、となった。すぐさまAmazonで検索をしてみたら、おもったよりも高額だったので購入に躊躇してしまった。それが森山大道の写真集「新宿」だった。

そのとき以来、すっかり森山大道のことを忘れてしまっいたけれど、満員で入れなかったジャン=ポール・ベルモンドの映画の代わりにこの『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』を観て、ああ、やっぱり森山大道の写真はいいなあ、と云う気持ちにあらためてなった。性能の良いレンズを付けたカメラを使って、かしこまって被写体に向かうのではなくて、誰もが使うようなデジカメでひょいと撮ったスナップで遊ぶと云う姿勢は、大仰な心持ちで何かに立ち向かうことの嫌いな自分にとっては、そのさりげなさが共感以外のなにものでもなかった。

となると、森山大道の最初の写真集を復活させる過程を追いかけたこのドキュメンタリーを観て、その出来上がった写真集が高価な紙を使った大仰な豪華本であることにちょっと違和感を感じてしまった。森山大道はそれをどう感じているんだろう? まあ、そんな些細なことも気にしない姿勢ってところも森山大道なんだろうなあ。

→岩間玄→森山大道→テレビマンユニオン/2021→新宿武蔵野館→★★★☆

監督:リー・アイザック・チョン
出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、アラン・キム、ノエル・ケイト・チョー、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン
原題:Minari
制作:アメリカ/2020
URL:https://gaga.ne.jp/minari/
場所:Movixさいたま

アメリカに渡った韓国系の移民がアーカンソーの田舎に農場を作って成功を夢見るストーリーと聞いて、昨今のアメリカでのアジア系に対するヘイトクライムを連想してしまって、そこにはたっぷりと人種差別の要素が盛り込まれているのではないかと勝手に想像してしまった。実際に観てみると、アジア系への差別的な要素はほとんど無くて、どこの世界にでもあるような普遍的な男と女の問題が描かれているだけだった。夢を語る男と現実を見る女、のパターンと云うのは、もしかすると男女の脳の構造の差から起きることなのかもしれないのだけれど、最近のジェンダーレスの風潮からすると、男と女の性格を昔ながらの性差の特徴から決めてかかっているようにも見えてしまって、アメリカでのアジア系が困難を乗り越えて奮起して行く映画を期待して観に行ってしまったものからすると、なおさら腰砕けになってしまった。

この映画でおばあさん役を演じたユン・ヨジョンがアカデミー助演女優賞を獲った。その受賞スピーチで驚くことにキム・ギヨンへの謝辞を述べていた。キム・ギヨンと云えば、アテネ・フランセ文化センターの「中原昌也への白紙委任状」で観た『死んでもいい経験』が強烈だったヘンテコな映画を撮る韓国の監督だ。ユン・ヨジョンの映画のデビューがキム・ギヨンの『火女』だっらしい。うー、『火女』が観たい。

→リー・アイザック・チョン→スティーヴン・ユァン→アメリカ/2020→★★★

監督:マックス・バーバコウ
出演:アンディ・サムバーグ、クリスティン・ミリオティ、J・K・シモンズ、カミラ・メンデス、タイラー・ホークリン、メレディス・ハグナー、デイル・ディッキー、クリス・パン、ピーター・ギャラガー
原題:Palm Springs
制作:アメリカ/2020
URL:https://palm-springs-movie.com
場所:Movixさいたま

朝起きるとまったく同じ日が繰り返されて、同じ出来事が起き続けるタイムループの映画はハロルド・ライミス監督の『恋はデジャ・ブ』がとても有名で、マックス・バーバコウ監督の『パーム・スプリングス』はそれとまったく同じシチュエーションの映画だった。でも、同じ日の中で起きる出来事の微妙な差異が生じることでストーリーを形作っていく『恋はデジャ・ブ』に比べれると、『パーム・スプリングス』では同じ日の中で起きる出来事に大幅な自由度を持たせていて、まるで違う日の繰り返しに見えてしまうほどのストーリー展開だった。

同じ日の出来事が何度も繰り返される中で、ある特定の人物の記憶だけは繰り返されずに蓄積されることに元々は違和感があるのだけれど、『パーム・スプリングス』ほどの、なんでもあり、の状態にされてしまうと、その違和感は大幅に増してしまった。例えばタイムスリップの映画が必ず設定しているタイムパラドックスを回避するルールのようなものがこのタイムループの映画にも無ければ、無理な設定の映画を観ていく上での拠り所を失ってしまうような気がする。まあ、そこまでごちゃごちゃ云わずに、楽しむ映画なんだろうけれど、、、

→マックス・バーバコウ→アンディ・サムバーグ→アメリカ/2020→★★★

監督:吉田大八
出演:大泉洋、松岡茉優、宮沢氷魚、池田エライザ、斎藤工、中村倫也、坪倉由幸、和田聰宏、石橋けい、森優作、後藤剛範、中野英樹、赤間麻里子、山本學、佐野史郎、リリー・フランキー、塚本晋也、國村隼、木村佳乃、小林聡美、佐藤浩市
制作:「騙し絵の牙」製作委員会/2021
URL:https://movies.shochiku.co.jp/damashienokiba/
場所:109シネマズ菖蒲

塩田武士の小説「騙し絵の牙」を『桐島、部活やめるってよ』『紙の月』の吉田大八が映画化。

出版業界に少なからず足を突っ込んできた人間から見れば、出版にまつわるいろいろな要素をぶち込んで来て、それをごった煮にしたようなこの映画は面白くもあり、あまりにもデフォルメが過たり、言葉足らずなところもあって、ちょっとリアリティに欠けるんじゃない? と文句も云いたくなるところもあったりして、まあ、つまり、113分のこの映画を飽きることなく観ることはできた。

惜しいのは、やや強引なストーリー展開を持ち込んできてるところで(新人作家が記者会見で爆弾発言する部分や、街の小さな本屋に行列ができるところなど)、どんでん返しを売りにしている長編小説を2時間枠の映画に収めるにはやっぱり限界があった。

それにしても、この映画に出資しているKADOKAWAは、自身のやっている「ところざわサクラタウン」のような新しい出版の生産・物流拠点を作る計画を揶揄されても問題ないとは太っ腹な会社だ。

→吉田大八→大泉洋→「騙し絵の牙」製作委員会/2021→109シネマズ菖蒲→★★★

監督:ジェリー・ロスウェル
出演:
原題:The Reason I Jump
制作:イギリス/2020
URL:https://movies.kadokawa.co.jp/bokutobi/
場所:Movixさいたま

重度の自閉症である東田直樹は、人と会話をすることはできないけれども、文字盤を使えば豊かな表現力を発揮することができる。彼が書いた「自閉症の僕が跳びはねる理由」は、自閉症の人のこころの中があきらかになったはじめての本として全世界に衝撃をあたえたらしい。らしい、と云うのは、そんな素晴らしい本があることをまったく知らなかった。絶対に読んでみたいとおもう。

東田直樹の「自閉症の僕が跳びはねる理由」を英語訳をしたデイヴィッド・ミッチェルは、自分も自閉症の息子を育てていて、息子の不可解な行動の理由を東田直樹の著書の中に見つけて衝撃を受けた人のひとりだった。その英語訳を受けて、ドキュメンタリー化したのがジェリー・ロスウェル監督の『僕が跳びはねる理由』だった。

東田直樹のような自閉症の人が観ている世界、感じている世界をうまく映像化できたのだろうか、と云う視点でこの映画を観てしまうと、それは難しい作業だった、と云わざるを得なかった。そのような視点から語ろうとする映像に少し無理があったような、、、まずは、本を読まないとなあ。それからこのドキュメンタリーを見れば、また違った印象を持つのかもしれないのだけれど。

→ジェリー・ロスウェル→→イギリス/2020→★★★

監督:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ、シャーリーン・スワンキー、ボブ・ウェルズ
原題:Nomadland
制作:アメリカ/2021
URL:https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html
場所:Movixさいたま

いまの経済至上主義の世の中で、そこからあぶれた人たちが絶対的な敗者なのかと云えば、どこに価値観を見出すかで様相がまっく変わってしまうので、世間のお金にまつわる煽りに便乗する気もない人たちにとっては、そんなことでマウンティングしてくる人たちこそ、何かに魂を奪われてしまった敗者に見えるに違いないとおもう。

クロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』に出てくるフランシス・マクドーマンドが演じるファーンは、2008年に起きたリーマンショックによる経済危機によって、キャンピングカーによるノマド(放浪暮らし)を余儀なくされてしまう。夫に先立たれた彼女は、まるで季節労働者のようにAmazonの倉庫などでパートとして働きながら生計を立てて、同じようなノマド生活をする先人たちの考えや哲学に耳を傾けながら、自分なりのノマド生活を実践して行く。

そんなファーンを心配した姉が自分の家に招いて、一緒に暮らさないか、と話しを持ち出すシーンがあった。ちょうど姉の夫の友人たちが遊びに来ていて、食事のときの株式や投資ファンドの話題が気に食わないファーンは、その座をしらけさせてしまう。そこで彼女は、多くの人たちが「常識」とするものを「常識」として受け入れることのできない自分がいることに気づいたのだとおもう。

自分が以前に住んでいたネバダ州の企業町エンパイアの雄大な砂漠を見るファーンの姿で映画は締めくくられる。ノマドの人たちがめぐり逢う雄大な自然に価値観を見出すのか、株価やファンドで儲けたお金でモノを買うことに価値観を見出すのか、自分はどっちだろうと考えたときに、前者である、と云いたいところだけれど、後者にも足を踏み込んでしまっているのは間違いないし、宙ぶらりんの状態にいる自分がいつももどかしい。

→クロエ・ジャオ→フランシス・マクドーマンド→アメリカ/2021→★★★★