黒衣の刺客

監督:ホウ・シャオシェン
出演:スー・チー、チャン・チェン、シュウ・ファンイー、ニッキー・シエ、妻夫木聡、忽那汐里
原題:聶影娘 The Assassin
制作:台湾、中国、香港、フランス/2015
URL:http://kokui-movie.com
場所:渋谷TOEI

ホウ・シャオシェンの映画を久しぶりに観た。それもホウ・シャオシェンの初となる武侠時代劇だった。

唐の時代も末期になると、王朝の力も弱まって、辺境防衛のために置かれた藩鎮(はんちん)が力を持ち始め、河朔地区(現在の河北省を中心とする地域)にある幽州、成徳、魏博の河朔三鎮(かさくさんちん)は次第に地方勢力として独立し、唐王朝の勢力が及ばなくなった。その河朔三鎮の一つ魏博(ウェイボー)の節度使(藩鎮の長)の田季安(ティエン・ジィアン)は朝廷と繋がりのある元氏(ユェンシ)を嫁に迎え、許嫁であった従姉妹の隠娘(インニャン)は女導士、嘉信(ジャーシン)に預けられて暗殺者としての指南を受けることになる。その隠娘が久しぶりに親元に戻ってきて…。

と云うストーリーなんだけど、映画の中では細かい説明がさっぱりない。だから、一生懸命に画面から読み取らなければならなかった。そこが面白いとも云えるけど、人によってはわけがわからなくなってストーリーを追いかけることをあきらめてしまうかもしれない。

1から10まで説明してしまう映画はまったくつまらない。かと云って、まったく説明がないとこれもまたつまらない。コンシューマーゲームのクリアできるか、できないかのバランスと同じように、シナリオの微妙なさじ加減が映画をすこぶる面白くさせる。

この『黒衣の刺客』はまったく説明が足りなかった。人物の関係がまったく分からなかった。なので、あとからネット検索を駆使して、一生懸命に解明を努めた。そうしたら、以下のような相関図に行き当たった。

黒衣の刺客

この相関図の中で驚くべき事実は、田季安(ティエン・ジィアン)の母親、嘉誠公主が隠娘(インニャン)を育てた女導士と双子だったと云うことだ。映画の中で女導士だったとおもっていたシーンのいくつかは、嘉誠公主だったのかもしれない。それから、田季安の正妻とその妾をまったく混同していた。だから、あの白ヒゲの魔術師みたいな空空兒は隠娘側の人間で、正妻を殺そうとしているとおもい込んでしまったのだ。(正妻は田季安以外の男の子供を孕んでいると勝手に頭の中にストーリーを作り上げていた!)実際は正妻側の人間で、妾を殺そうと暗躍していのだ。そうだとすれば、あの仮面の暗殺者も空空兒の使徒と云うのも納得できる。

うーん、まだどこか間違っているかもしれないけど、なんとなくストーリーが見えて来た気がする。もう一度見れば、もっとはっきりするとはおもうけど。

→ホウ・シャオシェン→スー・チー→台湾、中国、香港、フランス/2015→渋谷TOEI→★★★☆

ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール

監督:スチュアート・マードック
出演:エミリー・ブラウニング、オリー・アレクサンデル、ハンナ・マリー、ピエール・ブーランジェ、コラ・ビセット
原題:God Help the Girl
制作:イギリス/2014
URL:http://godhelpthegirl.club
場所:新宿武蔵野館

スコットランドのポップ・バンド「ベル・アンド・セバスチャン」のスチュアート・マードックが初めてメガホンを取った映画。

気に入った音楽を追いかけることが少なくなってしまったので「ベル・アンド・セバスチャン」と云う名のバンドをまったく知らなかったのだけれど、スコットランド発の、驚くほどポップな音楽なので、ああ、これは自分の好きなタイプの音楽だなあとYouTubeを追いかけている。(買えよ、ってはなしなんだけど)

映画もとてもポップで可愛いらしい映画になっていて、まるで昔のスウィング・アウト・シスターのビデオクリップを見ているようだった。でもストーリーのベースには「病」があって、明るいだけの映画にはなっていないところがスコットランドらしいと云うか、何がスコットランドらしいのかわかっているわけではないけど、自分のスコットランドのイメージにぴったりだった。

新宿武蔵野館でこの『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』の次にやる『ベル&セバスチャン』と言う犬の映画はいったい何だ!と思っていたら、その物語がバンドの名前の由来で、さらにそれは日本のアニメの「名犬ジョリィ」の原作で、原作者はアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の『情婦マノン』に出ていた女優セシル・オーブリーだって云う芋づる式驚きでびっくり。

→スチュアート・マードック→エミリー・ブラウニング→イギリス/2014→新宿武蔵野館→★★★☆

ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション

監督:クリストファー・マッカリー
出演:トム・クルーズ、ジェレミー・レナー、サイモン・ペグ、レベッカ・ファーガソン、ヴィング・レイムス、ショーン・ハリス、アレック・ボールドウィン、サイモン・マクバーニー、チャン・チンチュー、トム・ホランダー、ナイジェル・バーバー
原題:Mission: Impossible – Rogue Nation
制作:アメリカ/2015
URL:http://www.missionimpossiblejp.jp
場所:109シネマズ木場

「ミッション:インポッシブル」シリーズも5作目となって、別にそんなに「ミッション:インポッシブル」のファンでもないのに『ミッション:インポッシブル3』以外の4作はすべて映画館で観ているので、もしかしたら好きなのかもしれない。でもJ・J・エイブラムスが肌に合わなのはわかっているので「3」だけは観なかったのです。

見ていない「3」が面白い可能性が残っている(そんなわけがない!)けど、それ以外では今回の「5」が一番面白かった。肥えた目から見ればどんなアクションを持って来ても驚くことはもうないだろうとおもっていたオートバイのチェイスシーンにも「うわっ!」と声を上げる始末だし、サイモン・ペグを起用した意味を最大限に発揮して大いに笑えるし、ヒッチコック映画をも彷彿とさせる個性的な顔の悪役も登場するし、トム・クルーズが離陸する飛行機にぶら下がるシーンや水の中でのもう息が続かない段階での一か八かのギャンブルをやらなきゃならないシーンなどなど、とことん荒唐無稽を突き詰めているところにはとても好感が持てた。

『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の脚本も書いていたクリストファー・マッカリーは、今までの映画とはちょっと違ったひねったことをするところが素晴らしい。今後も注目しようとおもう。

→クリストファー・マッカリー→トム・クルーズ→アメリカ/2015→109シネマズ木場→★★★☆

野火

監督:塚本晋也
出演:塚本晋也、リリー・フランキー、中村達也、森優作、中村優子、山本浩司、上高貴宏、入江庸仁、辻岡正人、山内まも留
制作:海獣シアター/2014
URL:http://nobi-movie.com
場所:ユーロスペース

今回の塚本晋也版を見てから、市川崑版を見直した。

二つの映画の印象を大きく異にさせているのは、視覚的、音響的に訴えるリアルでグロテスクな描写が塚本晋也版には多いことも然る事ながら、「永松」を演じているミッキー・カーチス(市川崑版)と森優作(塚本晋也版)とのキャラクター設定の違いもとても大きいとおもう。

ミッキー・カーチスの「永松」は飄々とした感じの世渡りの上手そうな人物として描かれていて、そこには人間の持つ愛らしさも一緒に見えて、殺し合って、飢えて、共食いするような行動にさえ、どこか小動物的な愛おしささえ感じてしまう。市川崑版『野火』の脚本を書いた和田夏十は、餓死に直面した人間が人肉を喰う、と云う重いテーマを、このミッキー・カーチスの「永松」のキャラクターで持って中和させて、極限的状況に追いつめられた人間が取る行動のバカらしさ、間抜けさ、でも憎めない愛らしさを最大限見つめ直した映画に仕立て上げていたような気がする。

森優作の「永松」にはそこまで人間としての面白さは感じられなくて、だからますます残虐さが際立っていて、映画の最初から最後まで人間の気持ち悪さしか感じることが出来なかった。もちろん塚本晋也はそこにポイントを置いて描いていて、だからそのどうしようもなく過酷、苛烈、醜悪な体験をすることができるこそがこの映画のすべてであって、市川崑版にくらべるととても人間を突き放した辛辣な映画にでき上がっている。

原作を同じにしていながらまったくタイプの違う映画だった。だからどちらが良い、悪いとは決めつけることがまったくできない。でも、個人的な好みから云えばやっぱり和田夏十の描いた市川崑版かなあ。

→塚本晋也→塚本晋也→海獣シアター/2014→ユーロスペース→★★★☆