監督:エドガー・ライト
出演:グレン・パウエル、ジョシュ・ブローリン、コールマン・ドミンゴ、マイケル・セラ、リー・ペイス、エミリア・ジョーンズ、ウィリアム・H・メイシー、ジェイミー・ローソン
原題:The Running Man
制作:アメリカ、イギリス/2025
URL:https://the-runningman-movie.jp
場所:MOVIXさいたま

1987年にアーノルド・シュワルツェネッガー主演、ポール・マイケル・グレイザー監督によって映画化された『バトルランナー』(原題:The Running Man)の再映画化。原作はリチャード・バックマン(スティーヴン・キングの別名義)。

『バトルランナー』は、当時のアーノルド・シュワルツェネッガーの人気にあやかっただけのアクション映画で、すべてがゆるゆるの緊迫感もないつまらない映画だった。ただ、凶悪犯を「ランナー」としてエリアに放ち、正義の「ストーカー」がそれを追って処刑する様子を生中継するテレビのリアリティ番組である設定だけは面白かった。

それをエドガー・ライトが2025年に再映画化するにあたって、当時の未来予測が恐ろしく的確だった部分と、今となっては時代遅れと感じてしまう部分とが混在しているところが面白かった。

今となっては古臭いと感じてしまった部分は、テレビ地上波(または衛星放送)の人気番組によって国家権力が大衆をコントロールできると設定しているところだった。YoutubeやNetfkixなどの配信系番組が数多くあって、さらに様々なSNSが氾濫している現在、国家権力がメディアを使って大衆の思考をある一定方向へ誘導させることはもう無理だとおもう。病気の娘を抱えたベン・リチャーズ(グレン・パウエル)がお金のためにテレビ番組「ランニング・マン」に出て報酬を得ようとする設定も、視聴者参加番組があまり無くなって、一時期よりもリアリティ番組の数も少なくなってしまった今、どこかズレていると感じてしまった。

1987年当時の未来予測(リチャード・バックマンの原作が書かれたのは1982年)として恐ろしく的確だった部分は、今となってはあたりまえの技術となったディープフェイクをフィーチャーしていたところだった。今回のエドガー・ライト版でもディープフェイクが大切な役割を持っていてベン・リチャーズを窮地に追い込む。ただ、ディープフェイクが誰でも使える簡単な技術になってしまったので、国家権力だけでなく反政府の抵抗勢力もディープフェイクを使える結果、どこに真実があるのか見抜くことがとても難しくなってしまった。つまり、体制に貶められたベン・リチャーズが国家の手先であるテレビプロデューサー、ダン・キリアン(ジョシュ・ブローリン)との決着を制したとしても、彼の正しさを証明する手立てもなく、1987年のポール・マイケル・グレイザー版のころに比べて単純な勧善懲悪の構図にすることの出来ない難しさがいまの時代には存在するようになってしまった。

エドガー・ライトはどうして『バトルランナー』を再映画化しようとしたんだろうなあ。とても難しい素材だったおもう。

→エドガー・ライト→グレン・パウエル→アメリカ、イギリス/2025→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:レイ・メンドーサ、アレックス・ガーランド
出演:ディファラオ・ウン・ア・タイ、ウィル・ポールター、ジョセフ・クイン、コスモ・ジャーヴィス、テイラー・ジョン・スミス、キット・コナー、チャールズ・メルトン、マイケル・ガンドルフィーニ、アダイン・ブラッドリー、ネイサン・アルタイ、ハイダー・アリ、ノア・センティネオ、エンヒキ・ザガ
原題:Warfare
制作:アメリカ、イギリス/2025
URL:https://a24jp.com/films/warfare/
場所:MOVIXさいたま

元Navy SEALs隊員のレイ・メンドーサがイラク戦争従軍時の体験を元に撮った映画。アレックス・ガーランドが演出補佐を務めた。

最近の戦争映画は昔に比べるとVFX技術によってますます戦闘シーンがリアルになって、あたかも戦場にいるかのような臨場感がハンパない。それに加えて『ウォーフェア 戦地最前線』は、実際に戦地に赴いた兵士の経験を元に演出しているので、まるでドキュメンタリーのような様相も兼ね備えている。カメラのポジションやカット割りが考え抜かれているので、ドキュメンタリー以上のドキュメンタリー・ドラマ映画とも云えるのかもしれない。

さらにクリント・イーストウッドの『15時17分、パリ行き』(2018)のように、Navy SEALs隊員本人を役者として使えたらもっと凄いことになっていただろうにそれは無理だった。映画の最後に、実際の隊員本人の写真とその人役の役者の写真が並べられてスライドショーのように見ることができるが、本人の写真の半分ぐらいには顔にボカシが入っていた。つまり、その当時のことはおもい出したくもないし、いわんや映画制作には寸分たりとも携わりたくもないと主張しているように見えてしまった。それだけ厳しい戦場であったことを物語っている。

この映画を観て気付いたことが一つあった。戦場で一番怖いことは、スナイパーの狙撃でもIDE爆弾(即席爆発装置爆弾)でもない。足をズタズタに寸断された同胞の兵士の断末魔の叫びだった。足をやられてから四六時中、阿鼻叫喚、絶叫に近い声で叫び続けられるのが一番キツかった。

→レイ・メンドーサ、アレックス・ガーランド→ディファラオ・ウン・ア・タイ→アメリカ、イギリス/2025→MOVIXさいたま→★★★☆

30年くらい前のことだったとおもう。駅のホームで、記憶の限りでは赤羽駅、電車を待っているときにふとホームの屋根を支える白くて太い支柱を見たら「ソフィア・ローレンひまわり」と縦書きで落書きがしてあった。おもわず笑ってしまった。誰がこんないたずら書きをするんだろう? それもマニアックな映画ファンでないかぎり見ないような映画の題名と主演女優の名前だけを書くなんて。いや、ヴィットリオ・デ・シーカ監督による1970年公開の映画『ひまわり』はとても有名なので、ある程度年齢を重ねた人であれば知っている可能性は高い。でも、中年と呼ばれる年代になっている人、もしくはそれ以上の人がホームの支柱にいたずら書きをするだろうか。いたずら書きをするのは若い人の特権だ。分別をわきまえてしまうほど、悲しいかな、いたずら書きはしなくなる。となると、その若い人が「ソフィア・ローレンひまわり」といたずら書きするモチベーションはなんだろう? たまたまDVDレンタルで見た『ひまわり』に感動したんだろうか。あまりに感動したので、みんな見ろよ、と落書きをしたくなったのか。いまで云えば、推しの良さをみんなに知ってもらいたかったのか。SNSが普及する以前のささやかな推しのアピールの場が落書きだった。

最近、Xで「ソフィア・ローレンひまわり」と検索してみた。おお、出てくる、出てくる。どうやら、ABEMAプレミアムで見られるらしい。はじめて見て感動した人がポストしている。年齢はわからないが、これだけ多くのポストがあれば、その中には若い人も含まれているだろう。SNSは自分の気に入ったものをアピールするのには良いツールだ。30年前に比べれば誰もが「ソフィア・ローレンひまわり」とポストできる。ところが、それに対してディスることも簡単になった。「ソフィア・ローレンひまわり」をディスることはあまり考えられないが、ソフィア・ローレンの容姿をディスることは簡単だ。でも、そんなやつにはこうリプライしてやる。「人生は祭りじゃないか、一緒に楽しもう!」。

監督:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)
出演:趙濤(チャオ・タオ)、李竺斌(リー・チュウビン)、潘剑林(パン・ジアンリン)、周游(チョウ・ヨウ)
原題:風流一代 Caught by the Tides
制作:中国/2024
URL:https://www.bitters.co.jp/romantics/
場所:OttO

ジャ・ジャンクーの映画はいつもドキュメンタリーのように当時の中国の市井の人たちを写し入れる。彼らが歌ったり、踊ったりするするシーンを入れる場合もある。そのような中国人の生の生活をフィルムに収めながら、同時に俳優を使ったドラマを織り交ぜるバランスがとても面白い。

『新世紀ロマンティクス』は、ジャ・ジャンクーの過去の映画『青の稲妻』(2002)や『長江哀歌』(2006)などの本編映像や未使用映像、そして当時の地元の住民を捉えた映像を使用しながら、ジャ・ジャンクーの映画の主演女優をつとめてきたチャオ・タオのの24歳、29歳、45歳の姿と共に、変化していく中国の街の景色を映しだす。手法としては今までの映画と同じだけれど、どちらかと云うとドラマ部分は添え物で、2000年初頭から2022年のコロナ禍までの長い期間を通して大きく変化していった中国人たちの姿を、俳優のチャオ・タオやリー・チュウビンだけでなく、一般の人たちをも含めて見せることに主眼を置いている。

われわれ日本人の云う中国人とは、日本に住んでいる中国人や、旅行で日本に訪れている中国人のことを指していて、日本人とはちょっと違うアグレッシブさに辟易する場合も多い。でも、ジャ・ジャンクーの映画に出てくる奉節(フォンジェ)や山西省・汾陽(フェンヤン)や大同の人たちを見る限り、昭和の高度成長期のころの日本人のイメージに近い。『長江哀歌』で三峡ダム建設中の奉節を訪れたサンミンや『山河ノスタルジア』(2015)でチャオ・タオにふられるリャンズー(リャン・ジンドン)や、そしてこの『新世紀ロマンティクス』でのリー・チュウビンも、アグレッシブさを内に秘めているとはおもうけれど、どこか日本人と共通する奥ゆかしさが感じられて、とてもわれわれがイメージする中国人とは違う。

ワン・ビンのドキュメンタリー映画もそうだけれど、中国人を理解するには中国映画を観ることが一番だとおもう。となると、黒澤明や小津安二郎の映画が日本人を理解してもらうことにどれだけ役立っていたことか。今では日本のアニメーションも。国はもっとコンテンツ産業に投資しないと!

→賈樟柯(ジャ・ジャンクー)→趙濤(チャオ・タオ)→中国/2024→OttO→★★★☆

監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:オースティン・バトラー、レジーナ・キング、ゾーイ・クラヴィッツ、マット・スミス、リーヴ・シュレイバー、ヴィンセント・ドノフリオ、ニキータ・ククシキン、ユーリー・コロコリニコフ、ベニート・マルティネス・オカシオ、グリフィン・ダン、ローラ・ダーン
原題:Caught Stealing
制作:アメリカ/2025
URL:https://caught-stealing.jp
場所:MOVIXさいたま

『ブラック・スワン』『ザ・ホエール』のダーレン・アロノフスキーの新作は、1998年のニューヨークを舞台にしたクライム・アクションだった。

ロウアー・イースト・サイドの「Paul’s Bar」でバーテンダーとして働くハンク(オースティン・バトラー)は大のサンフランシスコ・ジャイアンツのファン。最初、ニューヨークが舞台で「ジャイアンツ」としか云わないので、てっきりアメリカン・フットボールのニューヨーク・ジャイアンツのことかとおもってしまった。次第にそれがサンフランシスコ・ジャイアンツであることがわかってきて、ハンクがカリフォルニア州パターソンの出身で、メジャーリーグのドラフトにかかる寸前まで行った選手であることもわかってくる。ところが交通事故で野球のできなくなる体になってしまったために将来の目標を失って、そして事故のトラウマをかかえたままニューヨークで働いている。そこへ、病気の父親に会いにロンドンへ行ってしまった隣人ラス(マット・スミス)の関係で、凶暴なロシア人の二人組がやって来て半殺しにされてしまう。超正統派のユダヤ人の二人組にも追いかけ回され、恋人のイヴォンヌ(ゾーイ・クラビッツ)も殺されて、頼りにした女刑事ローマン(レジーナ・キング)も何やら怪しくて……。

原題の「Caught Stealing」は「盗塁失敗」を意味する野球用語だそうだ。絶えずサンフランシスコ・ジャイアンツの試合結果を気にしているハンクが主人公のこの映画は、つまり題名からしてベースボールをモチーフにしていることがわかる。ところが、それがとても中途半端だった。もっと野球に関わる道具を小道具として使ったら良かったんじゃないか。盗塁やホームラン、ボークとか隠し玉とか、なんでも良い、もっともっとベースボールに関わることをストーリーに盛り込んで欲しかった。

映画のラスト、南国に逃れたハンクは食堂のテレビで、当時のサンフランシスコ・ジャイアンツの4番バッターで、2001年にシーズン73本塁打の記録を作るバリー・ボンズの打席を見る。さあ、打てるのか? の、以前のハンクならば見逃しそうもない絶好の場面でテレビのスイッチは切られ、彼のトラウマが解放されたような暗喩で映画は終わる。そうそう、こういうのがもっと欲しかった。

ラストクレジットで「Paul’s Bar」を経営するポールがグリフィン・ダンだったことがわかる。すっかり歳を取ってしまったので、まったく気が付かなかった。となると、どうしてもマーティン・スコセッシの『アフター・アワーズ』をおもいだす。おそらくこの巻き込まれ型の映画は『アフター・アワーズ』を意識して作っている。それに、街なかを歩くハンクのトラッキングショットの背景に「キムズビデオ」もちらりと!

→ダーレン・アロノフスキー→オースティン・バトラー→アメリカ/2025→MOVIXさいたま→★★★☆

今年、映画館で観た映画は31本。夏に体調を崩したこともあり、だいぶ減ってしまった。と同時に、シネコンで観られる外国映画が減ったような気がする。ますます若い人向けのラブロマンスやラブコメディやアニメだらけになってしまった。

その31本の中で良かった映画を6本に絞ると以下の通り。

どうすればよかったか?(藤野知明)
セプテンバー5(ティム・フェールバウム)
名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN(ジェームズ・マンゴールド)
教皇選挙(エドワード・ベルガー)
キムズビデオ(アシュレイ・セイビン、デイヴィッド・レッドモン)
ワン・バトル・アフター・アナザー(ポール・トーマス・アンダーソン)

以上、観た順。
10本選びたかったけれど、観た合計本数が少なかったので6本。
配信ではNetflixの『ハウス・オブ・ダイナマイト』(キャスリン・ビグロー)が面白かった。

監督:ジェームズ・キャメロン
出演:サム・ワーシントン、ゾーイ・サルダナ、シガニー・ウィーバー、ブリテン・ダルトン、トリニティ・ジョリー・ブリス、ジャック・チャンピオン、スティーヴン・ラング、ジョヴァンニ・リビシ、ウーナ・チャップリン、ケイト・ウィンスレット
原題:Avatar: Fire and Ash
制作:アメリカ/2025
URL:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/avatar3
場所:MOVIXさいたま

ジェームズ・キャメロンが監督した「アバターシリーズ」第一作目の『アバター』(2009)「は、地球人が希少鉱物アンオブタニウムを求めてアルファ・ケンタウリ系惑星ポリフェマス最大の衛星パンドラへと進出するが、それを許さない先住民族ナヴィと衝突するストーリーだった。資源開発公社のRDA社は、地球人とナヴィそれぞれのDNAを掛け合わせた人造生命体を作り、そこに地球人の神経を接続させたアバターによってナヴィとの交渉を成功させようと試みた。しかし、それがうまく行かないと悟ったRDA社は傭兵部隊を使って、まるで中世におけるスペインの中南米征服よろしく、先住民族が持つ文化や精神世界をまったく尊重しない侵略を行う。アバターの操作員となった元海兵隊員のジェイク・サリー(サム・ワーシントン)はそれに反発してナヴィたちに味方する、と云うのがストーリーの核だった。

「アバターシリーズ」第二作目の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022)は、第一作目の『アバター』から16年経っていて、パンドラの生命の母「エイワ」の力によって人間からアバターの肉体へと完全に意識を移した元海兵隊員のジェイク・サリーが、息子のネテヤムとロアク、娘のトゥク、そしグレース・オーガスティン博士(シガニー・ウィーバー)のアバターから生まれたキリを養女として、妻のネイティリ(ゾーイ・サルダナ)とともに子供たちを育てていた。そこへRDA社がパンドラを植民地化するために戻って来て、ブリッジヘッドシティという名の新しい作戦基地を建設する。そこには死亡した人間の兵士の記憶を移植したナヴィのアバターであるリコビナントがいて、第一作目の『アバター』でジェイク・サリーとネイティリに殺されたマイルズ・クオリッチ大佐(スティーヴン・ラング)もリコビナントとなっていた。クオリッチ大佐に狙われたジェイク・サリーの一家は、一族に迷惑がかからないようにと“海の部族・メトカイナ族”のもとへ身を寄せることになる。そして、クオリッチ大佐とジェイク・サリー一家の対決は、メトカイナ族や海の生物たちを巻き込んで大きな争いとなる。

そして今回の第三作目『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』は、前作からのそのままの続編だった。クオリッチ大佐とジェイク・サリー一家の対決がさらに続き、ジェイク・サリーの息子ロアクの成長譚が語られるものの、目新しい要素があまりにも少なすぎた。一作目ではパンドラの森が、二作目ではパンドラの海が、3Dの効果を最大限に引き出すための構図とともに美しく描かれていたのに、今回は怒りに燃えるナヴィのアッシュ族を加えた戦いの構図しか目立たないのはちょっと寂しい。平和主義者であるクジラのような生物「トゥルクン」が争いに参加せざるを得ない理由にも納得がいかない。どちらかと云えば、今までの「アバターシリーズ」の集大成として、パンドラに存在するすべての生命体を統括する巨大な生物学的ネットワーク(集合意識)である「エイワ」のことをもうちょっと深く掘り下げて欲しかった。映画のラストに割り当てられている「エイワ」のシーンだけではまったく物足りなかった。

『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』の製作費は推定4億ドルらしい。それを回収するにはおそらく日本での興収も重要ではないかとおもう。ところが「日本では出足が鈍い」そうだ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/b9f365e60ec39d88f3b9944dbade2563356e0fdd?page=1

この記事では日本での洋画不況が背景にあると云っている。たしかにシネコンでの洋画上映が極端に少なくなった。『国宝』の大ヒットがそれを後押しているような気もする。でも、今までの「アバターシリーズ」とまったく同じようなイメージしか予告編で観客に訴えることが出来なかったのは致命傷だった。実際に今回の『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』には、前作、前々作の焼き直しにしか見えない。このままの繰り返しだけでは『アバター4』を作るのは大変なんじゃないのかなあ。どうするジェームズ・キャメロン。

→ジェームズ・キャメロン→サム・ワーシントン→アメリカ/2025→MOVIXさいたま→★★★

監督:山田洋次
出演:倍賞千恵子、木村拓哉、蒼井優、迫田孝也、優香、中島瑠菜、神野三鈴、イ・ジュニョン、マキタスポーツ、北山雅康、木村優来、小林稔侍、笹野高史
制作:映画「TOKYOタクシー」製作委員会/2025
URL:https://movies.shochiku.co.jp/tokyotaxi-movie/
場所:MOVIXさいたま

山田洋次も94歳になって、まだ映画を撮ることが出来るのか! の驚きをもって『TOKYOタクシー』を観に行った。そこには倍賞千恵子もいたし、北山雅康もいたし、柴又帝釈天も登場した。これが最後の映画になるなんじゃないかとのつもりで最後まで観た。

『TOKYOタクシー』は2022年のフランス映画『パリタクシー』(クリスチャン・カリオン監督)の舞台を日本に置き換えてリメイクした映画だった。個人タクシー運転手の宇佐美浩二(木村拓哉)は、高野すみれ(倍賞千恵子)という85歳の女性を東京の柴又から神奈川の葉山にある高齢者施設まで送ることになった。すみれにとって思い出となる都内の様々な場所に寄り道しつつ、二人は会話を重ねながら次第に打ち解けて行く。心を許したすみれは浩二に自分の壮絶な過去を話し始める。

山田洋次の映画が奇をてらったものになることはないだろうとゆるりと観た。そしておもった通りに、オーソドックスにストーリーが進んだので、まったりと映画を楽しむことができた。ただ、回想シーンでの若い頃の倍賞千恵子を蒼井優が演じていたのには違和感を持ってしまった。『男はつらいよ』でさくらを演じた若い頃の倍賞千恵子が頭の中で再生されつつ、蒼井優を見るのはあまりにもギャップが大きかった。若い倍賞千恵子をCGで出せとは云わないけれど、もうちょっと似た女優が欲しかった。それから、ギリギリで余裕のない生活を送っている個人タクシー運転手を木村拓哉が演るってのも、あまりにもイメージに合わない。だったらそこは吉岡秀隆でしょう。吉岡秀隆が貧乏くさいと云ってるわけではないけれど。いや、云ってるか。

ラストのオチは、おそらくそうなるんじゃないかと予想がついた。でも、そう云うオチにするにはあまりにも出来過ぎの感が否めないともおもった。なのに、やっぱりそうなったので、やっぱりそこも驚きのない映画だった。

新藤兼人は98歳で『一枚のハガキ』を撮った。マノエル・ド・オリヴェイラは105歳で『レステルの老人』を撮った。山田洋次もまだ行けるでしょう。

→山田洋次→倍賞千恵子→映画「TOKYOタクシー」製作委員会/2025→テMOVIXさいたま→★★★

監督:アリ・アスター
出演:ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカル、エマ・ストーン、オースティン・バトラー、ルーク・グライムス、ディードル・オコンネル、マイケル・ウォード、アメリ・ホーファーレ、クリフトン・コリンズ・Jr.、ウィリアム・ベルー
原題:Eddington
制作:アメリカ/2025
URL:https://a24jp.com/films/eddington/
場所:MOVIXさいたま

『エディントンへようこそ』の予告編を観たとき、コロナ禍でのマスクを付ける付けないで巻き起こる住民同士のトラブルを面白おかしく描いている映画に見えた。えっ、アリ・アスターがコメディを撮ったの? そうだよなあ、彼も新境地を切り開かないと、と変に納得してしまった。

実際に映画を観てみると、な、わけがなかった。何なんだ、あの予告編。ミスリードと云うか、サムネ詐欺すぎる。やっぱり今までのアリ・アスターの映画らしく狂った映画だった。

映画の舞台はコロナ禍真っ最中の2020年、アメリカ・ニューメキシコ州の小さな町エディントン。町の保安官ジョー(ホアキン・フェニックス)は喘息持ちだから息苦しくなるマスクを付けたくない。マスク着用を強いる市長テッド(ペドロ・パスカル)と対立し、突如としてジョーは市長選に立候補する。精神的に弱いジョーの妻ルイーズ(エマ・ストーン)、陰謀論者のその母ドーン(ディードル・オコンネル)、カルト集団の教祖ヴァーノン(オースティン・バトラー)などを巻き込んで、事態はとんでもない状況へと展開して行く。

今から振り返って見れば、コロナウィルスによるパンデミックが起こったことによって、我々の生活を取り巻く環境が大きく変化してしまった。それは病気に関する衛生面のことだけではなくて、社会的な側面も大きく変容してしまった。陰謀論も含むさまざまな情報の氾濫が人々の生活を大きく左右し、差別やハラスメントに対して極端に敏感になることによって暮らし向きは窮屈となり、単純な正義なんてもうこの世にはなく、もちろん単純な悪もない。誰もが混沌としたまだら模様の中で生きて行かざるを得なくなってしまった。

アリ・アスターの『エディントンへようこそ』はまさにそのことを映像化しようとしていた。そしてホアキン・フェニックスは『ジョーカー』(2019)のアーサー・フレック(ジョーカー)と同じように、まさに現代のトリックスターである保安官ジョーを演じていた。だから、予告編からイメージしたようなコメディ映画ではなかったけれど、この住みづらい世の中を風刺したブラックなコメディ映画ではあった。で、面白かったか? と聞かれたとしたら、うーん、面白くはない、と答えるけれど。

→アリ・アスター→ホアキン・フェニックス→アメリカ/2025→MOVIXさいたま→★★★

監督:細田守
声:芦田愛菜、市村正親、斉藤由貴、岡田将生、山路和弘、柄本時生、吉田鋼太郎、松重豊、青木崇高、染谷将太、白山乃愛、白石加代子、宮野真守、津田健次郎、役所広司
制作:スタジオ地図、日本テレビ、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント/2025
URL:https://scarlet-movie.jp
場所:MOVIXさいたま

細田守の新作が突然やってきた。映画館で予告編を観ることもなかったし、テレビやネットでパブリシティを目にすることもなかったので、それはまったくの突然だった。しかもシネコンの上映回数が多い! こんなに細田守の映画を観る人がいるのか?

細田守の新作をそれなりに期待して観始めると、暗い色調ではじまるのにはびっくり。前々作『未来のミライ』や前作『竜とそばかすの姫』の流れから、もっと日本のアニメーションっぽい明るい色調を期待していたのに、地獄のような世界の描写からはじまるとはおもいもよらなかった。そしていきなり中世のデンマークへ飛ばされる。主人公のスカーレットはデンマーク王国の王女で、父アムレットを殺した叔父クローディアスへの復讐を果たせずに毒殺される。

なにやらシェークスピアの「ハムレット」のようなキャラクター設定で、テーマも「To be, or not to be, that is the question.」をベースにしているような復讐への苦悩が描かれている。まあ、本質的には今までの細田守の映画にあったような主人公の苦悩や葛藤を描いていることに変わりはないのだけれど、それをあまりにもストレートに突きつけてくるので、ここまでベタな作品を作る意味をはどこにあるんだろうと最初のうちはわからなかった。ただ、その中でもひとつ面白いとおもったのは、王女スカーレットも叔父クローディアスも現世ではすでに亡くなっていて(いるように見える)、そこから「虚無」になるまでの中間地点での世界(これがオープニングの地獄のような世界だった)が舞台であることだった。

その「現世」と「虚無」の中間地点であるような異次元世界は、過去や未来の区別もなく、また場所も特定されない。だからスカーレットは日本の救命救急センターの看護師である聖(ひじり)と知り合うこととなって、二人して復讐を果たすべく叔父クローディアスが居るであろう「見果てぬ場所」へと旅して行く。

この異次元世界の描写がまるで中東のようなイメージで、子供の亡くならない世界を望んだりもするので、それはどうしたってパレスチナのガザのことと結びつけてしまう。ああ、なるほど、このあまりにも遊びを排除した窮屈な映画は、憎しみの連鎖の止むことのないユダヤとパレスチナの状況を描こうとしているからなのかとおもい当たってしまう。その意義はわかるけれど、細田守の今までの映画のようにもうちょっと硬軟織り交ぜたものに、例えばローゼンクランツとギルデンスターンあたりでもっと遊べれば良かったのに。

それから、デンマークの王女スカーレットの感情の表し方が、細田守の今までの映画に出てきた日本の女子高校生のそれとまったく同じなことにどうしたって違和感を持ってしまう。別に日本のアニメーション的な感情描写でも悪くはない。日本のアニメーションなんだから。でも、このテーマにはそぐわない気がしてならなかった。

いま、自分のよく行く映画館の『果てしなきスカーレット』のスケジュールを見ると、すっかり上映回数が減ってしまった。ネットニュースでは、大コケ、の言葉が踊る。細田守の映画を見てきたようなファンに向けた映画ではないことは容易に想像がつくので、もうちょっとそれ以外の、『国宝』を観に行くような世代にでもパブリシティを展開させたら良かったのに。

→細田守→(声)芦田愛菜→スタジオ地図、日本テレビ、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント/2025→MOVIXさいたま→★★★