鄙(いなか)より都会へ

監督:ジャック・フォード(ジョン・フォード)
出演:ハリー・ケリー、モリー・マローン、L・M・ウェルズ
原題:Bucking Broadway
制作:アメリカ/1917
URL:
場所:アテネ・フランセ文化センター

ジョン・フォードはいつも使う俳優を固定させていることで有名で、それは主役だけではなくて脇役も絶えず同じ俳優を使っていて、その中にハリー・ケリー・ジュニアがいた。そのジュニアのお父さんも有名な俳優で、ジョン・フォードがサイレント映画時代によく使っていたことは映画関係の書籍などで知っていた。でも、実際に映画の中での演技で印象に残っているのはフランク・キャプラ監督の『スミス都へ行く』くらいで、もちろん主演映画を見たことはなかった。

『鄙より都会へ』でのハリー・ケリーの印象は、サイレント映画用のメイクのうえに肉声が無いので、いまの映画からすればだいぶ作られたイメージしか印象に残らないのだけれど、『スミス都へ行く』の上院議長と云う公正な立場を崩さないながらもジェームズ・スチュアートに温情を寄せる男の笑顔と同じものがこのサイレント映画にはあった。ジョン・フォードのサイレント映画でハリー・ケリーが主演をつとめた一連の「シャイアン・ハリーもの」をもっと観たいな。

→ジャック・フォード(ジョン・フォード)→ハリー・ケリー→アメリカ/1917→アテネ・フランセ文化センター→★★★

沈没家族 劇場版

監督:加納土
出演:加納土、加納穂子
制作:おじゃりやれフィルム/2018
URL:http://chinbotsu.com
場所:ポレポレ東中野

1995年当時シングルマザーだった加納土監督の母・加納穂子(当時23歳)は、共同で子育てをしてくれる「保育人」を募集する。「いろいろな人と子どもを育てられたら、子どもも大人も楽しいんじゃないか」という考えのもとに集まった独身男性や幼い子をかかえた母親など10人ほどの中で加納土監督は育てられていく。それは「沈没家族」と命名されてテレビでも取り上げられて話題となった。

大きくなった加納土監督は、武蔵大学在学中の卒業作品として自身が育てられた「沈没家族」のドキュメンタリーを制作し、それを再編集して劇場版として公開した。

映画を観はじめた第一印象として、やはりそこにはイエスの方舟のようなエセ宗教的な胡散臭さや、ヤマギシ会のようなカルト的な押し付けがましさを感じてしまった。でも、そんなありふれた感情は一瞬のうちに氷解してしまった。加納土監督の母・加納穂子の考えは、もっと自由だったし、いい意味でも悪い意味でも適当だったし、単純に一人でやらなければならない子育てが面倒くさかっただけだったのかもしれない。頭の固い人たちはそんなところに無責任さを感じてしまうのだろうけど、母と子だけの閉ざされた環境での子育てで起きてしまういろいろな問題を見れば、そのような環境よりは「沈没家族」のほうが良いに決まっているような気がしてならない。

こんな「沈没家族」のような環境が、それぞれの自治体のコミュニティにもあったら児童虐待とかは減るんじゃないかと単純に考えてしまう。本当に、単純に、だけど。

→加納土→加納土→おじゃりやれフィルム/2018→ポレポレ東中野→★★★☆

ロスト ロスト ロスト

監督:ジョナス・メカス
出演:ジョナス・メカス、アドルファス・メカス
原題:Lost Lost Lost
制作:アメリカ/1976
URL:
場所:シアター・イメージフォーラム

もし生まれたときからの自分の目で見た映像をなにかしらの媒体に記録ができて、それをいつでも再生することができたとしたら、それは嬉しいことなのか、それとも辛いことなのか。ジョナス・メカスの『ロスト ロスト ロスト』を観てふとそんなことを考えていた。自分の記憶をたどる行為はノスタルジックでセンチメンタルな行為のような気もするけど、そこにには自分の良いように改変された記憶だからこその甘さがあって、そのものズバリの事実を突きつけられてしまったら感傷的な気持ちも和らいでしまうだろうなあ。

1949年から約20年間にわたるリトアニアからの難民としてニューヨークの生活を綴ったこのメカスの映画日記は、そこに編集作業と云う行為が加わることによって、自分の良いように改変された記憶と同じような甘さが加わって、やはりノスタルジックでセンチメンタルなものになっていた。映画のナレーションでメカス自身が「わたしをセンチメンタルだと言うがよい。あなたたちは自分の生まれた国にいる人達。わたしは異国なまりの英語をしゃべり、どこから流れてきたヤツだろうと思われている人間。これは、国を追われた誰かが撮っておいた映像とサウンドなのだ」(飯村昭子訳)と云っているんだから、もうそれはメカス自身のひとつの大きなテーマになっている。

いつも云っているように、センチメンタルな映画が大好きな自分にとってはたまらない映画ではあったのだけれど、ちょっと180分は長すぎて、後半はくたびれました。

→ジョナス・メカス→ジョナス・メカス→アメリカ/1976→シアター・イメージフォーラム→★★★☆

ドント・ウォーリー

監督:ガス・ヴァン・サント
出演:ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラック、マーク・ウェバー、ウド・キア
原題:Don’t Worry, He Won’t Get Far on Foot
制作:アメリカ/2018
URL:http://www.dontworry-movie.com
場所:新宿武蔵野館

車椅子を扱っている会社にいろいろとお世話になっていて、だから車椅子を利用している人たちとも少なからず話したことがある。そのときに感じることのひとつに、もし自分が車椅子のお世話になったとして、すぐにその生活に納得して順応することができるのだろうか? と云うことだった。今まで簡単に出来ていたことが出来なくなったり、誰かのサポートがどうしても必要になったり、人の目が憐れみに感じてしまったりと。おそらく、どんなに心穏やかな人であったとしても、人生の途中で健常者から車椅子の生活になったとしたら、少なからず心が乱れて自暴自棄になったり、他人に責任転嫁をするようになってしまって、大きく生活が乱れてしまうような気がする。

『ドント・ウォーリー』に出てくるホアキン・フェニックスが演じているジョン・キャラハンは、母親に捨てられたことへの強い私怨からアルコールに走ってしまって、酔っぱらい運転の車に同乗したことから交通事故にあって車椅子の生活になってしまう。もともと生活が乱れていた人間が車椅子の生活を余儀なくされた場合、自分だけでは何も出来ないもどかしさに対する不満をまわりに発散させるだけの、わがままし放題の手のつけられない「身体障害者」と云うやっかいなものになってしまう。

でも、「身体障害者」=「(人のお世話になっているわけだから)迷惑をかけない人間」なんて図式がまかり通っている世の中は、やはりどこか間違ってる。健常者と同じように「身体障害者」だって良い人もいればいけ好かないやつだっているはずだ。いろいろな人間の多様性が尊重されつつある世の中ならば、不良の「身体障害者」だって、いい意味でも悪い意味でももっと話題になるべきだ、とはおもう。

この映画の中での一番印象的なシーンは、電動車椅子に乗ったジョン・キャラハンがものすごいスピードで街なかを疾走するシーンだった。手のつけられない「身体障害者」を象徴する場面なんだけど、周りに迷惑をかけないような行動を要求されがちな車椅子生活者のイメージをぶち破る良いシーンだった。自分も、もし車椅子のお世話になったとしたら、これくらいのアナーキーさを持って生活したいとはおもう。すぐにSNSで叩かれて、シュン、となってしまうかもしれないけれど。

→ガス・ヴァン・サント→ホアキン・フェニックス→アメリカ/2018→新宿武蔵野館→★★★★

営倉

監督:ジョナス・メカス
出演:
原題:The Brig
制作:アメリカ/1964
URL:
場所:シアター・イメージフォーラム

いつものとおりに事前情報をまったく入れないで映画を観に行ったので、すっかりジョナス・メカスのドキュメンタリーを観ているものだとおもいこんでいた。だから海兵隊の「営倉」で行われている人間を人間ともおもわない非道な行為に、あの『愛と青春の旅立ち』や『フルメタル・ジャケット』で行われていた教官が兵士を口汚く罵る行為は、そうか、日常茶飯事に行われていた行為なんだな、なんてひとり納得して観ていた。

ところが映画を観ていくうちに、その行為があまりにもカリカチュアされすぎてやしないか、いやその前にカメラワークが的確すぎる、なんてところに気づきはじめて、終いにはカメラが手前に引いて行き、舞台の上の「営倉」の全貌があらわになってはじめて、そういうことだったのか! と分かったくらいに映画にのめり込んでしまっていた。

以下のブログを読むと、

https://blog.goo.ne.jp/sightsong/e/42baf17b68a1ca6a56d36652fed85d88

「営倉」と言うタイトルの演劇を観たジョナス・メカスがその芝居のフィルム化をおもいつき、それに賛同した俳優たちと一緒に内緒で撮りあげてしまったそうだ。いやあ、メカスのそんなアナーキーなところもすごい。

この日はクタクタに疲れたあとの映画鑑賞だったので、もしかすると寝ちゃうかな、なんて心配をしていたけれど、寝てる暇もないくらいの強烈な、ドキュメンタリーのような、映画だった。

→ジョナス・メカス→→アメリカ/1964→シアター・イメージフォーラム→★★★★

イメージの本

監督:ジャン=リュック・ゴダール
出演:
原題:Le livre d’image
制作:フランス、スイス/2018
URL:http://jlg.jp
場所:シネスイッチ銀座

ゴダールが84歳で『さらば、愛の言葉よ』を3D映画として撮ったとき、現在の3D方式ではどのような構図で撮れば効果的になるのかをしっかりと理解していることに、さすがゴダール、とおもってしまった。何歳になろうと、映画にどんなテクノロジーが加わろうとそれに対して貪欲な姿勢に嬉しくなってしまった。

で、その次にどんな映画を撮るんだろう? と期待していたら、ビデオ・インスタレーションのようなものがやって来た。ああ、だったら、映画館の座席に縛られることなく、なにか違った環境で観るべきなんじゃないかとムズムズしてしまった。不正や暴力や不和に満ちあふれていることに対する嘆きが一つの暗闇の中に限定されることなく、例えば実際に殺人が起きた現場でこの映画が見ることができたりしたら、もっとぐさりとくるんじゃないかと、まったくの後付けだけど、川崎市の事件を知ってから痛感してしまった。そんなインスタレーションは無理なんだろうけれど。

→ジャン=リュック・ゴダール→→フランス、スイス/2018→シネスイッチ銀座→★★★☆

アベンジャーズ/エンドゲーム(Dolby Cinema、3D字幕)

監督:アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ
出演:ロバート・ダウニー・Jr、クリス・エヴァンス、マーク・ラファロ、クリス・ヘムズワース、スカーレット・ヨハンソン、ジェレミー・レナー、ドン・チードル、ポール・ラッド、ベネディクト・カンバーバッチ、チャドウィック・ボーズマン、ブリー・ラーソン、トム・ホランド、カレン・ギラン、ゾーイ・サルダナ、エヴァンジェリン・リリー、テッサ・トンプソン、レネ・ルッソ、エリザベス・オルセン、アンソニー・マッキー、セバスチャン・スタン、トム・ヒドルストン、ダナイ・グリラ、ベネディクト・ウォン、ポム・クレメンティエフ、デイヴ・バウティスタ、レティーシャ・ライト、ジョン・スラッテリー、ティルダ・スウィントン、ジョン・ファヴロー、ヘイリー・アトウェル、ナタリー・ポートマン、マリサ・トメイ、タイカ・ワイティティ、アンジェラ・バセット、マイケル・ダグラス、ミシェル・ファイファー、ウィリアム・ハート、コビー・スマルダーズ、ヴィン・ディーゼル、ブラッドリー・クーパー、グウィネス・パルトロー、ロバート・レッドフォード、ジョシュ・ブローリン、クリス・プラット、サミュエル・L・ジャクソン
原題:Avengers: Endgame
制作:アメリカ/2019
URL:https://marvel.disney.co.jp/movie/avengers-endgame.html
場所:Movixさいたま

「ユニバース」と名前をつけているとおりに大きく広がってしまった「マーベル・シネマティック・ユニバース」シリーズを『エンドゲーム』として完結させるにあたって、単純にサノスとの最終決戦を持ってくるようなありきたりの方法ではなくて、そこはちょっとひねって、『アントマン』に出てきた「量子のもつれ」を使った「タイム・テレポーテーション」を利用して、いままでの作品のシーンを振り返りつつ、数が多いキャラクターの活躍の場面をしっかりと時間内に振り分けた方法は、なるほどなあ、と唸ってしまうほどのアイデアだった。

おそらく量子力学の世界にある「タイム・テレポーテーション」を現実の世界に応用するのにはとてつもなく大きな無理があるのだろうけれど、まあ、そこは細かいことは云わずに、「マーベル・シネマティック・ユニバース」のシリーズの中でも端っこにあるとおもわれていた『アントマン』からサノスを倒すための詭弁を引き出してくる意外性も面白かった。

でも、サノスは単純な「悪」だったのかなあ? 現状のままではすべてが死に絶えるので、たとえ半分が死んだとしても今後のためにリストラクチャーを行っただけだと考えることもできてしまう。それを阻止したアベンジャーズたちに「正義」があったのか、なんて考えると、やはり現在の地球上にあるいろいろな問題にも直結するストーリーだった。「悪」に見えるようなものを駆逐するだけが「正義」ではない、と云うような、、、

評判のDolby Cinemaは、宣伝通りに「黒」がしっかりとした漆黒の「黒」なので、コントラストに幅があって人物クロースアップの3D映像がくっきり際立っていた。だからグウィネス・パルトロウの目尻の皺もくっきり。すごかった。

→アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ→ロバート・ダウニー・Jr→アメリカ/2019→Movixさいたま→★★★★

名探偵ピカチュウ

監督:ロブ・レターマン
出演:ライアン・レイノルズ、ジャスティス・スミス、キャスリン・ニュートン、スキ・ウォーターハウス、オマール・チャパーロ、クリス・ギア、渡辺謙、ビル・ナイ
原題:Pokémon: Detective Pikachu
制作:アメリカ、日本/2019
URL:https://meitantei-pikachu.jp
場所:109シネマズ木場

スマホゲームの「ポケモンGO」をなんだかんだとやり続けていて、だいぶ、いや、めちゃくちゃポケモンに詳しくなってしまった。もともとは任天堂のGAME BOY向けに出た「ポケットモンスター 緑」をやってはいたが、そこまでやり込んではいなかったので、第一世代のポケモンでさえもすっかり忘れてしまっていたのだった。

で、「ポケモンGO」の影響からロブ・レターマン監督の『名探偵ピカチュウ』を観てしまった。そしてやはり、予告編の時から危惧していたモコモコとしたぬいぐるみのポケモンはひどかった。「ポケモンGO」系のYoutuberたちは、次第に馴れて行った、との感想を云っていたけれど、まだピカチュウは可愛いが、そのほかのポケモンたちは、怖い! 以外の感想はまったくなかった。

ピカチュウ以外のポケモンも、コダックとか、もっとストーリーに絡んで、その特性や技なども伏線になったりしたらもっと楽しめたのに。

→ロブ・レターマン→ライアン・レイノルズ→アメリカ、日本/2019→109シネマズ木場→★★☆

バースデー・ワンダーランド

監督:原恵一
声:松岡茉優、杏、麻生久美子、東山奈央、藤原啓治、矢島晶子、市村正親
制作:「バースデー・ワンダーランド」製作委員会/2019
URL:http://wwws.warnerbros.co.jp/birthdaywonderland/
場所:109シネマズ菖蒲

原恵一監督の新作は柏葉幸子の小説『地下室からのふしぎな旅』を原作とした小学生の女の子が主人公の物語。と聞けば、まるでジブリの作るアニメーションのようで、原恵一監督にはもっと違った方向に進んで欲しいなあ、と云うのが第一印象だった。

そして映画を観始めると、出てくる主人公の女の子がまったく小学生に見えない。おそらくそれは松岡茉優の低音の声によるところが大きくて、やはりそこはプロの声優を使うべきなんじゃないのか、と映画の導入からあまり印象の良くないことばかりだった。

柏葉幸子の小説にあるとおもわれる世界観もとっつきにくくて、ああ、これはちょっとキビシイ、とおもって観ていたら、次第に馴染んで行って、その世界観に取り込まれて行ってしまった。これはやはり原恵一監督の演出力があるからで、だったらやはり『はじまりのみち』のような、おお、今回はそう来るのか! とおもわせるような映画を撮って欲しかった。

→原恵一→(声)松岡茉優→「バースデー・ワンダーランド」製作委員会/2019→109シネマズ菖蒲→★★★☆

天使も夢を見る

監督:川島雄三
出演:鶴田浩二、佐田啓二、河村黎吉、津島恵子、小林十九二、細川俊夫、幾野道子、坪内美子、長尾敏之助、磯野秋雄、大杉陽一、小藤田正一
制作:松竹/1951
URL:
場所:神保町シアター

川島雄三の映画を映画館やフィルムセンターや日本映画専門チャンネルでぽろぽろと拾って見てはいるのだけれど、まだ全51作品中の26本しか見ることができていない。今回の『天使も夢を見る』も初見だった。

鶴田浩二のキャリアが松竹からはじまったことは、渋谷実の『本日休診』や小津安二郎の『お茶漬の味』に彼が出ていたことで理解していた、のかな? でも、松竹での鶴田浩二の主演映画をしっかりと観たのは『天使も夢を見る』が初めてだった。で、そこには、東映の任侠映画に出てくるキャラクターと同じように、スジを通す人間がそのまま出てきたのにはびっくりした。おそらくそれが鶴田浩二の実際の人となりとからくる配役なんだろうとおもう。だから、どの会社に行こうと、晩年のNHKドラマの「男たちの旅路」ででも、まっすぐな男を演じたんじゃないのかと想像してしまう。

『天使も夢を見る』は、任侠映画や「男たちの旅路」や「今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか」の鶴田浩二しか知らない自分にとっては珍しいラブコメディだった。そこは川島雄三の巧さなんだろうけど、すばらしくハマった鶴田浩二がいた。鶴田浩二と津島恵子の掛け合いなんて、まるでスペンサー・トレイシーとキャサリン・ヘップバーンのようだった。

→川島雄三→鶴田浩二→松竹/1951→神保町シアター→★★★★