監督:イ・ウォンテ
出演:マ・ドンソク、キム・ムヨル、キム・ソンギュ、ユ・スンモク、キム・ユンソン、チェ・ミンチョル
原題:The Gangster, the Cop, the Devil
制作:韓国/2019
URL:http://klockworx-asia.com/akuninden/
場所:MOVIXさいたま

相も変わらず映画に関する事前情報をまったく入れないので、イ・ウォンテ監督の『悪人伝』をなんとなく、ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』のような重苦しい映画をイメージしてしまっていた。映画のオープニングからはまさしく、そのイメージ通りのはじまりで、凄惨な殺人シーンが多くて、そこに連続殺人犯を追う刑事の描写が続いたので、ああやっぱり『殺人の追憶』のような映画なんだな、と納得していた。

ところが、刑事役のキム・ムヨルがどこかおちゃらけた、軽いのノリの演技なので、これはもしかすると『殺人の追憶』のような映画とは違うんじゃないのか、とおもいはじめたところの、「アベンジャーズ」のサノスよろしく凶暴さを前面に押し出したヤクザのマ・ドンソクの登場だった。

まさしく文字通りの「袋叩き」をするシーンで登場するマ・ドンソクは、チンピラの前歯を力ずくで抜いたり、兄弟関係にある一味を皆殺しにしたりと、これでもかと悪人面を強調させてはいるのだけれど、なぜだろう? どこか憎めないオーラを発散させていて、刑事のキム・ムヨルと共闘して連続殺人犯を追いかけるシーンは、ルパン三世と銭形警部が奇しくも同じ敵を追い詰めるために共闘した『ルパン三世カリオストロの城』のような痛快さがあったのには驚いてしまった。

韓国映画に見えるエンターテインメントな部分は、ときに演技が大仰で鼻につくことがあるのだけれど、そこの部分が映画を観ているものの感覚にぴったりと嵌ってくれば、これでもかと畳み掛けるサービス精神に乗せられて、嬉しいくらいに翻弄させられて充分に楽しませてくれる。今回のイ・ウォンテ監督の『悪人伝』もそのたぐいの映画だった。

→イ・ウォンテ→マ・ドンソク→韓国/2019→MOVIXさいたま→★★★☆

グレース・オブ・ゴッド

監督:フランソワ・オゾン
出演:メルヴィル・プポー、ドゥニ・メノーシェ、スワン・アルロー、エリック・カラヴァカ、ベルナール・ヴェルレー、フランソワ・マルトゥーレ、ジョジアーヌ・バラスコ、エレーヌ・ヴァンサン、マルティーヌ・エレール
原題:Grâce à Dieu
制作:フランス、ベルギー/2018
URL:https://graceofgod-movie.com
場所:新宿シネマカリテ

トム・マッカーシー監督の『スポットライト 世紀のスクープ』の中で描かれていたボストンのカトリック司祭による子供への性的虐待事件は、もちろんフランスでも似たような事件が起きていて、その問題をメディアの側からではなく、被害者側からの視点から描いた映画がフランソワ・オゾン監督の『グレース・オブ・ゴッド』だった。

フランソワ・オゾン監督の映画にしては珍しい社会問題を扱ったドキュメンタリー風の映画で、子供のころに神父から性的虐待を受けていた3人の被害者による告発を、最初は上流階級に位置するアレクサンドル・ゲランの視点から、次に中流階級に位置するフランソワ・ドゥボールの視点から、最後に下流階級に位置するエマニュエル・トマサンの視点から描いているところが面白かった。その三者三様の視点を、あからさまに章立てて分断させることなくて、切れ目なく流れるように描いている構成が巧かった。

その3人の中でも、高いIQを持ちながら神父による性的虐待がトラウマとなって、てんかんを発症するようになってしまった最後のエマニュエルの描写が生々しくて、実話を元にしたドキュメンタリー風の映画でありながら、そんなところがフランソワ・オゾンの映画だった。

→フランソワ・オゾン→ルヴィル・プポー→フランス、ベルギー/2018→新宿シネマカリテ→★★★☆

監督:ウディ・アレン
出演:ティモシー・シャラメ、エル・ファニング、セレーナ・ゴメス、ジュード・ロウ、ディエゴ・ルナ、リーヴ・シュレイバー、レベッカ・ホール、ウィル・ロジャース、チェリー・ジョーンズ
原題:A Rainy Day in New York
制作:アメリカ/2019
URL:https://longride.jp/rdiny/
場所:109シネマズ菖蒲

ウディ・アレンも84歳になって、いつ遺作が来てもおかしくないなあ、とおもいながら次回の公開作を待っている身になって来た。ところが、ちょっとおかしな方向に転がり始めた。きっかけは2017年にハリウッドの大物プロデューサー、ハービー・ワインスティーンによるセクハラ・性犯罪疑惑が次々と暴露されて、「#MeToo (私も)」という掛け声とともに多くの女優が告発を始めたことからだった。

ウディ・アレンは、別れたミア・ファローとの間で行われた親権裁判で、養女ディラン・ファローに対して性的虐待が行われていたと告発された。しかし、決定的な証拠はないと裁判所に判断されて、警察の捜査でも訴追とはならなかった。ところが今回の「#MeToo 」運動の流れを受けて、当のディラン・ファローがロサンゼルス・タイムズに「なぜ #MeToo はウディ・アレンを見逃すのか」と題する署名記事を発表してまた騒ぎが再燃した。俳優たちがこぞってウディ・アレンとの仕事を後悔し、ギャラをチャリティーに寄付するなど、彼は映画監督としての立場を失うばかりになってしまった。

ウディ・アレンは今年になって自伝『Apropos of Nothing』を出版して、過去の児童性的虐待疑惑についての彼側の言い分を述べているらしいが、それでも、今の流れのままではウディ・アレンが今後映画を撮れるとはとてもおもえない。彼のキャリアはこのままThe Endとなってしまうのかなあ。そうだとすると、とても悲しい。

新作の『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』も、最近の彼の映画はマンネリ化しているような気もするけれど、相変わらず会話のシーンが巧くて、観ていてめちゃくちゃ楽しい。いや、楽しいと云うことを通り越して、空気のような、水のような透明感に支配されて、コロナ禍などすっかり忘れて安心してまったりと映画館の座席に座っていられる。このような映画が存在するのは稀有なことだ。

ウディ・アレンに何かしらの非があったことは確かなんだろうとおもう。それがどれくらいの大きさなの非なのか判断できないけれど、それだけを持ってして彼の才能を潰してしまうのはどうなのかなあ、とはおもう。難しいところだ。

→ウディ・アレン→ティモシー・シャラメ→アメリカ/2019→109シネマズ菖蒲→★★★★

ホドロフスキーのサイコマジック

監督:アレハンドロ・ホドロフスキー
出演:アレハンドロ・ホドロフスキー
原題:Psychomagie, un art pour guerir
制作:フランス/2019
URL:https://www.uplink.co.jp/psychomagic/
場所:新宿シネマカリテ

アレハンドロ・ホドロフスキーが映画監督としての側面だけではなくて、自らが考案した心理療法「サイコマジック」を行うセラピストとしての側面もあって、映像表現からのアプローチで生まれたセラピーを精神的なダメージを受けた人たちに対して行っていたことをまったく知らなかった。その活動をまとめたものがこの映画で、彼の今までの映画のワンシーンと、実際に行っているセラピーを重ね合わせるように見せて行く構成が、まるでアレハンドロ・ホドロフスキーのこれまでの活動の集大成を見せているかのようだった。

どんな新しい心理療法を見ても、いつも胡散臭さを拭うことはできないのだけれど、でも考えてみれば、現在の医学だけでは治せないものを治そうとするところに筋道だった論理性があるわけがなくて、突拍子もないところになにかのきっかけが存在している可能性はあるのだから、そんな馬鹿な、と頭から否定してしまうのもおかしい話しだとはおもう。

だからアレハンドロ・ホドロフスキーの「サイコマジック」だって、この療法で心が晴れた人が存在するのなら、こんな方法だってあり、なんだろうとはおもう。もちろん、すべての人に効くとはおもえないけれど。

1986年の東京国際ファンタスティック映画祭でアレハンドロ・ホドロフスキーの『エル・トポ』をはじめて観た時に、事前に雑誌「スターログ」などから得た情報も手伝って、そして渋谷パンテオンの場内の得も言われぬ躁状態に惑わされて、エンドクレジットにおもわず拍手していたのは、今から考えれば「サイコマジック」に罹っていたのかな。

→アレハンドロ・ホドロフスキー→アレハンドロ・ホドロフスキー→ フランス/2019→新宿シネマカリテ→★★★