今年、映画館で観た映画は、なら国際映画祭で観た短編映画10作品も含めて全部で75本。
その中で良かった映画は10本に絞ると以下の通り。

苦い銭
勝手にふるえてろ
スリー・ビルボード
聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア
アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル
ファントム・スレッド
レディ・バード
告白小説、その結末
カメラを止めるな!
判決、ふたつの希望

以上、観た順。

今年は『カメラを止めるな!』に尽きるのかもしれないけれど、なら国際映画祭に行ったこともあって、これだけ様々な国の映画を観た年は無かったとおもう。特に『判決、ふたつの希望』や『運命は踊る』など中東の映画の台頭には驚いた。

アリー/ スター誕生

監督:ブラッドリー・クーパー
出演:レディー・ガガ、ブラッドリー・クーパー、サム・エリオット、アンドリュー・ダイス・クレイ、デイヴ・シャペル
原題:A Star Is Born
制作:アメリカ/2018
URL:http://wwws.warnerbros.co.jp/starisborn/
場所:109シネマズ木場

『スタア(スター)誕生』のストーリーは、ジュディ・ガーランド版、バーブラ・ストライサンド版と観てきて、どんな展開になるのか知っているわけだけれども、このレディー・ガガ版も新鮮な気持ちで観ることができたのにはびっくりした。レディー・ガガは演技できるの? おお!あんがい出来るんじゃん、なんてところの興味が映画への集中力を増していたのかもしれない。

ブラッドリー・クーパーの演出は、ハリウッドのスタイルにただ取り込まれただけのあまり面白味のないものだった。ブラッドリー・クーパーの演技同様に、もっと過剰さが加わっていても良かったんじゃないのかなあ。でも『スタア(スター)誕生』のストーリーは、その時代、その時代のマネー・メイキング・スター(と云うか歌姫?)を迎えて、これからも作り続けられて行くのも悪くはないのかもしれない。

1954年に公開された『スタア誕生』でのジュディ・ガーランドの名台詞、「私はノーマン・メインの妻です」を引き継いで、今回も「私はジャクソン・メインの妻です」と云ってくれるのではないかと一瞬おもったけれど、それはなかった。

→ブラッドリー・クーパー→レディー・ガガ→アメリカ/2018 →109シネマズ木場→★★★☆

アメリカン・バレエ・シアターの世界

監督:フレデリック・ワイズマン
出演:アメリカン・バレエ・シアター(ABT)のダンサーたち
原題:Ballet
制作:アメリカ/1995
URL:
場所:アテネ・フランセ文化センター

いつだったか、ふとテレビで見たコンテンポラリー・バレエに衝撃を受けた。目も止まらぬ素早い動きのダンサーの躍動感に目を奪われてしまった。カナダのラララ・ヒューマンステップスと云うダンスカンパニーだった。すぐさまAmazonでDVDも買ってしまった。

自分にとってのバレエの接点はそんなもので、おそらく普通のクラシック・バレエは退屈するんだろうなあ、と云う懸念はぴったりと当たってしまった。いくらフレデリック・ワイズマンの映画でもバレエのシーンではちょっとウトウトと。でも、そのクラシック・バレエの練習風景はコンテンポラリー・バレエのダイナミズムを感じてとても面白かった。それは最近のフレデリック・ワイズマンの映画『パリ・オペラ座のすべて』や『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』に通じて行く。

→フレデリック・ワイズマン→アメリカン・バレエ・シアター(ABT)のダンサーたち→アメリカ/1995→アテネ・フランセ文化センター→★★★

監督:デヴィッド・ロウリー
出演:ケイシー・アフレック、ルーニー・マーラ、ウィル・オールドハム、ソニア・アセヴェド、ロブ・ザブレッキー、リズ・フランケ
原題:A Ghost Story
制作:アメリカ/2017
URL:http://www.ags-movie.jp
場所:シネマカリテ

映画のタイトルだけを見れば軽いホラー系の映画にも見えるけど、実際には不慮の事故で死んでしまった男の現世への強烈な執着を描いた映画だった。

「ゴースト」となった男が連れ立っていた妻を忘れられずに、ずっとその場所にとどまって妻を見守って行くストーリーではないかと誰もが最初は想像するのだけれど、未亡人となった妻に新しい男が出来てからはなぜかその住んでいた「家」に執着して、未来に向かって永遠ともおもわれる時間そこに居続けるストーリーとなって行くところがとても不思議な映画だった。あとから考えれば、住んでいた「家」への執着に関する夫婦の会話があったことがその伏線で、日本でも幽霊は「人」に憑くことよりも「家」に憑くことのほうが多いんじゃないかと、最近読んだ小野不由美の「営繕かるかや怪異譚」からもおもいあたる部分だった。

ただ、その行為が未来永劫に続くのではなくて、途中から時空をさかのぼって、アメリカの開拓史の時代からその土地の歴史をなぞって行くところがさらに不思議さを増していた。そして、夫婦がその「家」に住んでいたときに聞いたラップ現象が実は「ゴースト」となった男が立てた音だったことがわかる部分をどのように解釈すればいいのか難しかった。自分の生きているこの瞬間にも、先々に死んだ自分の魂の影響が及んでいることの意味を脚本も書いたデビッド・ロウリーに聞いてみたい気がする。

→デヴィッド・ロウリー→ケイシー・アフレック→アメリカ/2017→シネマカリテ→★★★

監督:フレデリック・ワイズマン
出演:アラバマ聾盲学校(AIDB)内のヘレン・ケラー校の人びと
原題:Multi-Handicapped
制作:アメリカ/1986
URL:
場所:アテネ・フランセ文化センター

フレデリック・ワイズマンのカメラは、障害者施設の子どもたちに対してもしっかりと視線を送っていた。日本でもこのような施設での取り組み方をブラックボックス化しないで、もっと公にしらしめる活動をするべきなんじゃないかと、この映画を観ながらずっと考えていた。どんなにアピールしてたとしても、津久井やまゆり園の事件の犯人のような考えを持っている人間に対しては何の効力も発揮しないのかもしれないけれど、でも、少なくとも、多様性の大切さが叫ばれる今の世の中に対して、彼らもその一つの要素として認識してもらう必要はあるんじゃないかと、重度の障害を持つ人や特別支援施設に多少なりとも関わっている人間としては考えざるを得なかった。

フレデリック・ワイズマンの映画は、いつの時代に観ても、その時々の問題にぴたりと寄り添ってくる汎用性がある。スゴイことだ。

→フレデリック・ワイズマン→アラバマ聾盲学校(AIDB)内のヘレン・ケラー校の人びと→アメリカ/1986→アテネ・フランセ文化センター→★★★☆