監督:湯浅政明
声:アヴちゃん(女王蜂)、森山未來、柄本佑、津田健次郎、松重豊
制作:“INU-OH” Film Partners/2022
URL:https://inuoh-anime.com
場所:MOVIXさいたま

湯浅政明監督のアニメーションはいつも刺激的で、型にはまらないところが見ていてワクワクする。そのすべてが好みと云うわけではないんだけれど、でも、似たようなアニメーションが多い中で、そのチャレンジ精神には感服するばかりだ。

新作の『犬王』は、南北朝から室町期に活躍した能楽師・犬王(道阿弥)に題材をとった古川日出男の2017年の小説『平家物語 犬王の巻』を原作としたアニメーション。当時、大衆に人気だった能楽師のイメージをいまの(と云うか70年代とか80年代?)のロックスター風に置き換えて、その舞い(ダンス)を古さと新しさを融合させたようなイメージで自由に表現しているところがこの映画のポイントだった。

とにかく犬王や友有(ともあり、友魚(ともな)→友一(ともいち)→友有と変化していく)の舞いや演奏のシーンに時間の多くが割かれていて、そこでノレるか、ノレないかで、この映画の好みが別れてしまうとおもう。残念ながら自分はノレなかった。いつも湯浅政明が大切にするリズム系の部分と、得体の知れないキャラクターを魅力的に見せる部分のバランスが、ちょっとリズム系に寄ってしまった残念さはあった。まあ、でもそれは個人的な感覚の問題で、湯浅政明はやっぱりすごかった。次回作も楽しみ。

→湯浅政明→(声)アヴちゃん(女王蜂)→“INU-OH” Film Partners/2022→MOVIXさいたま→★★★

監督:ロマン・ポランスキー
出演:ジャン・デュジャルダン、ルイ・ガレル、エマニュエル・セニエ、グレゴリー・ガドゥボワ、マチュー・アマルリック、メルヴィル・プポー、ヴィンセント・グラス
原題:J’accuse
制作:フランス、イタリア/2019
URL:https://longride.jp/officer-spy/
場所:TOHOシネマズシャンテ

1894年にフランスで起きたユダヤ人のアルフレド・ドレフュスによるスパイ事件のことを世界史で習ったわけでもないのになんとなく知っていた。おそらくは1937年に作られたウィリアム・ディターレ監督の『ゾラの生涯』でこの事件を認識したのだとおもう。そう考えると世界史の知識って、学校で習ったことよりも外国映画で習ったことのほうがめちゃくちゃ多い。

『ゾラの生涯』では小説家のエミール・ゾラからの視点でドレフュス事件を見ることができたのだけれど、ロマン・ポランスキーの『オフィサー・アンド・スパイ』ではアルフレド・ドレフュスの冤罪を内部告発しようとしたジョルジュ・ピカール大佐からの視点で見ることができる。もちろん『オフィサー・アンド・スパイ』にもエミール・ゾラが登場して、この2つの映画をリンクさせることによってアルフレド・ドレフュスがスパイ行為を行っていなかったことをしっかりと確認することができる。

この冤罪事件が起きた背景には欧米に根付いてしまったユダヤ人への差別があって、それがフランス軍と云う組織全体によって行わてしまった残酷さにあった。そして、冤罪を新聞にて告発したエミール・ゾラはイギリスに亡命せざるを得なくなり、ジョルジュ・ピカール大佐はチュニジアへ配置転換されたあとに陸軍と参謀本部を誹謗した罪で逮捕されてしまう。『オフィサー・アンド・スパイ』では、ジョルジュ・ピカール大佐の正義を貫く真摯な態度に終始カメラが向けられていて、その頑なな態度を応援する感情が起きるとともに、そこまでしなくても、の感情が芽生えてしまう自分の弱さをも突きつけられる映画だった。

この映画のラスト近くに、名誉が回復したジョルジュ・ピカールのもとに、やはり軍への再入隊を許可されたアルフレド・ドレフュスが訪ねてくるシーンがあった。あなた(ピカール)に比べて私(ドレフュス)の再入隊後の昇進は十分ではない、と云う告発のためだった。このシーンがとても気になった。一件落着へと収束したあとの、この揺り戻しは何だったんだろう? ここにロマン・ポランスキーが歩んできた人生へのわだかまりが凝縮しているような気がしてしまった。ポランスキーも88歳。彼の過去のことは、それが事実なのかそうでないのかにかかわらず、もう充分に名誉を回復させても良い時期なんじゃないのかなあ。

→ロマン・ポランスキー→ジャン・デュジャルダン→フランス、イタリア/2019→TOHOシネマズシャンテ→★★★★

監督:アスガル・ファルハーディー
出演:アミール・ジャディディ、サハル・ゴルデュースト、モーセン・タナバンデ、フェレシュテー・サドル・オーファン、サリナ・ファルハーディー、マルヤム・シャーダイ、アリレザ・ジャハンディデ
原題:قهرمان
制作:イラン、フランス/2021
URL:https://synca.jp/ahero/
場所:キネマ旬報シアター

アスガル・ファルハーディーの映画が面白いのは、イラン映画であると云う先入観から、日本人の我々とは違う価値観のイスラム社会の出来事を描いているのかとおもって見始めても、なんのことはない、その内容は日本でも簡単に起きうるちょっとした人間同士の諍いを描いるところだった。まずはそのギャップから映画の内容に引き込まれてしまう。それも、簡単な善悪の図式だけを描いているのだけではなくて、主人公側にも非があるのではないかと徐々に明らかになって行く過程がとても面白い、と云うか、怖い。

今回の『英雄の証明』でも、主人公の元看板職人ラヒム(アミール・ジャディディ)が別れた妻の兄とのあいだで借金トラブルを起こしてしまうことがストーリーの発端。そこにラヒムの婚約者ファルコンデ(サハル・ゴルデュースト)が金貨が入ったバッグを拾ったことで、それで借金問題を解決すべきか、それとも正直に落とし主に返すべきかの選択に迫られるのが次への展開。彼は正直にも落とし主に金貨を返すことを選択するが、そのことが想像もつかない事態へと転がって行く。

主人公のラヒムが悪い人間でないことはあきらかだった。ただ、見るからに地に足がついていない雰囲気を発散していた。だから、正しい選択をしたとしても、その浮ついた部分にズレが生じてしまって、それが積み重なるとおかしな方向に事態が転んでしまう。そんな人間だった。これって日本の、我々の周りにもいるようなあ、とおもい当たってしまう。自分にはどうして悪いことばかり起こるのだろう? と嘆いている人。それって、相手の非ばかりを責めて、自分の行動を冷静に分析できない人に多い。まあ、頭に血が上ったときの自分の行動でもあるのだけれど。

ラヒムに自分を重ね合わせることができるかどうか? それがこの映画の最大のポイントのような気がする。

→アスガル・ファルハーディー→アミール・ジャディディ→イラン、フランス/2021→キネマ旬報シアター→★★★★