監督:シャーロット・ウェルズ
出演:ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ロウルソン・ホール、ケイリー・コールマン、サリー・メッシャム
原題:Aftersun
制作:イギリス、アメリカ/2022
URL:https://happinet-phantom.com/aftersun/index.html
場所:MOVIXさいたま

スコットランドのシャーロット・ウェルズ監督の長編デビュー作。A24が北米配給権を獲得したとおり、とてもA24的な映画だった。

11歳のソフィが父親とふたりきりで過ごしたトルコでの夏休みを、その20年後、父親と同じ年齢になった彼女の思い出で振り返るこの映画は、そのときに撮っていたビデオ画像と記憶の画像が混在して、ビデオ・インスタレーションのような映画になっていた。そこが鼻につくと云えば鼻につくんだけれど、全体的にどこか不安を感じさせるイメージがサスペンス映画のようで、この父親はなに? どうなるの? で映画を引っ張って行くストーリーは観ていてい飽きなかった。

それに11歳のソフィに対して次第に迫りくる性的な大人の世界は、父親と娘の関係を親子以上の恋人関係へと発展させているようで、それでいて親子関係に踏みとどまっているような、女性監督ならではの繊細な描写が面白かった。

結局は父親のその後は描かれない。でも、どう考えてもハッピーなことにはならない予感が支配するエンディングもなかなか良かった。

→シャーロット・ウェルズ→ポール・メスカル→イギリス、アメリカ/2022→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:トッド・フィールド
出演:ケイト・ブランシェット、ノエミ・メルラン、ニーナ・ホス、ゾフィー・カウアー、ジュリアン・グローヴァー、アラン・コーデュナー、マーク・ストロング、シルヴィア・フローテ、アダム・ゴプニク、ミラ・ボゴイェヴィッチ、ツェトファン・スミス=グナイスト
原題:TÁR
制作:アメリカ/2022
URL:https://gaga.ne.jp/TAR/
場所:MOVIXさいたま

トッド・フィールド監督の『TAR/ター』は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で女性初の首席指揮者となったリディア・ターと云う架空の人物をケイト・ブランシェットが演じている。ケイト・ブランシェットが大好きなので贔屓目もあるんだろうけれど、いやもう彼女が素晴らしくて、最近ではオリヴィア・コールマンと双璧をなす最高の女優だとおもう。

ジェンダーレスが一般的になりつつあるいまの時代は、男性ばかりが支配していた業界にも女性が進出するのは当たり前になってきた。音楽家の中でも、もっとも女性に向いていないと云われてきた指揮者の世界にも、例えば2005年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を女性として初めて指揮したシモーネ・ヤングのような人物が出てきた。

おそらくリディア・ターと云う架空の人物は、このあたりの女性指揮者をモデルにしているのかもしれないけれど、指揮者の業界を描いたのはひとつの象徴にすぎず、女性が男性と同等の地位に立ったときの、キャンセルカルチャー(ソーシャルメディア上で過去の言動などを理由に特定の人物を糾弾する行動)のこと、権力を持ったものが必ず行う恣意的行為、パワハラ、腐敗のこと、ストレスフルな状態から起こる心身のバランスのことなどを、ケイト・ブランシェットと云う女優に演じさせるために存在した映画に見えてしまった。

そしてそのケイト・ブランシェットの素晴らしさとともに、この映画の構成が特殊だった部分もとても面白く感じてしまった。

この映画は、まずはエンドクレジットからはじまる。そこから、状況の説明があまりないままに次から次へと場面が転換して行き、ほんの少しの手がかりだけで、映画を観ている我々はリディア・ターと云う人物を理解して行かなければならない。はっきりと画面には登場しない人物が重要だったり、この人は誰? なんてこともしばしばで、でも映画を観て行けば次第に状況がつかめて来るような形をとっていた。

つまり、この映画はエンドクレジットから逆行して行く映画だったのか? それはクリストファー・ノーランのようにあからさまに時間軸をいじる映画では無いにせよ、起承転結と普通に流れる映画では無かった。例えば映画が始まってすぐの、寝ているリディア・ターを誰かがスマホで隠し撮りしてSNS上でディスるシーンは、普通ならばオープニングシーンとしてはふさわしくなく、それがどのようなシチュエーションで行われているのかがまったくわからないために唐突感が否めない。でも、その隠し撮りをしているのは誰か? SNS上でディスり合ってる相手は誰か? が次第に明らかになって行く過程は面白く、映画が進むにつれて次第にリディア・ターと云う人物像が浮かび上がって来る過程はゾクゾクするほど面白かった。

とは云っても、一度観ただけでは謎の部分も多く、マーラーとか、バーンスタインとか、クラシックの知識をもう少し取り入れた上でもう一度観るともっと面白いんじゃないか、とおもえる映画だった。

→トッド・フィールド→ケイト・ブランシェット→アメリカ/2022→MOVIXさいたま→★★★★

監督:ジェームズ・ガン
出演:クリス・プラット、ゾーイ・サルダナ、デイヴ・バウティスタ、カレン・ギラン、ポム・クレメンティエフ、ヴィン・ディーゼル、ブラッドリー・クーパー、ショーン・ガン、マリア・バカローヴァ、ウィル・ポールター、エリザベス・デビッキ、シルヴェスター・スタローン
原題:Guardians of the Galaxy Vol. 3
制作:アメリカ/2023
URL:https://marvel.disney.co.jp/movie/gog-vol3
場所:109シネマズ木場

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズで成功を収めたジェームズ・ガン監督がドナルド・トランプを批判したことから右派系の人に目をつけられて、過去の不謹慎なツイートを掘り起こされた結果、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』の監督を降ろされると云う事件が起こった。ところが、デイヴ・バウティスタを始めとする出演者の抗議やオンライン請願サイトに約35万人の署名が集まったことから、結局は監督に復帰すると云うドタバタで一応事態は収束した。このことはジェームズ・ガンとマーベル・スタジオとの関係にちょっとした禍根を残す結果となった。

それをふまえてこの映画を観てみると、事件が起こる前にシナリオが出来ていたとはおもうのだけれど、ジェームズ・ガンがこれでもか、これでもかと、最後におもいの丈のすべてをぶつけた映画に見えてしまってとても痛快だった。

主にロケットの出自を題材にしたこの映画は、ジェームズ・ガンのテーマとも云える、負け犬だっていいじゃないか、誰だって何かの役に立っているんだ、を様々なキャラクターを通して訴えかける映画に仕上がっていて、ヤカの矢をうまく扱えないクラグリンにまでスポットを当てているほどの盛り沢山だった。

ただ、個人的には、全ての生物を強制的に進化させようとする狂信的な科学者ハイ・エボリューショナリーによって言葉を話せるようになった動物たち、ロケットとライラ(カワウソ)とティーフ(セイウチ)とフロア(ウサギ)の友情物語はあまりにもベタで、いらなかったかなあ、とおもえなくもない。それに今回のメインヴィランであるハイ・エボリューショナリーも悪役のキャラクターとしてちょっと弱かったかなあ。

2022年10月25日、ジェームズ・ガンがワーナー・ブラザース傘下の「DCスタジオ」の共同会長兼CEOに就任することが発表された。今後4年の「DCスタジオ」の製作を統括し、ガンは主にクリエイティブ面を担当するらしい。これからの「DCスタジオ」の映画も追いかけるべきなのか、どうか。

→ジェームズ・ガン→クリス・プラット→アメリカ/2023→109シネマズ木場→★★★☆

監督:ベン・アフレック
出演:マット・デイモン、ベン・アフレック、ジェイソン・ベイトマン、マーロン・ウェイアンズ、クリス・メッシーナ、クリス・タッカー、ヴィオラ・デイヴィス
原題:Air
制作:アメリカ/2023
URL:https://warnerbros.co.jp/movie/air/
場所:MOVIXさいたま

はじめての海外旅行はニューヨークだった。飛行機がとてつもなく苦手だったけれど、ブロードウェイのミュージカルを観るために意を決した海外旅行だった。たしか、1989年のことだったとおもう。

で、その当時、大きなブームを巻き起こしていたのがNIKEのシューズだった。だからニューヨークへ行っておもわず買い求めてしまったのが「AIR MAX」だった。いま考えると、そんなに欲しくもないのに熱に浮かされて買ってしまったがために、流行りの「AIR MAX」なんて履いてるぜ、と云われるのがイヤで、日本に帰ってからは履かないまま放ったらかしにしてしまった。いつの間にか、接着剤がベロベロに溶けて靴底が剥がれてしまったので履けなくなってしまった。

とにかく1980年代の終わりごろから90年代にかけて、NIKEのシューズは日本でも品薄で、履いている人が襲われてシューズを強奪されるなんてとんでもない事件も起きた。ホンモノと見分けのつかない精巧なニセモノも氾濫していて、はたして自分の買ったシューズも本物かどうかもいま考えても怪しい。

自分の買った「AIR MAX」は1987年にNIKEから発売されたランニングシューズだった。でも「AIR」が付くシューズと云えば、1984年11月17日 に発売された「AIR ジョーダン1」が最初で、その「AIR ジョーダン1」の開発過程を描いたのがベン・アフレック監督の『AIR/エア』だった。

「AIR ジョーダン1」がどのように誕生したのかはまったく知らなかったけれど、なにかとてつもないものが生まれる過程には必ずと云って良いほどに大きな障害が立ちはだかるもので、それを苦労して乗り越えたからこそ反動は大きくなり、誰もが欲しがるヒット作が生まれる流れになるんだとおもう。だからそのドラマはNHKの「プロジェクトX」よろしく、やたらと感動秘話になりやすくて、お決まりのパターンになってしまうのが悲しい。

このベン・アフレック『AIR/エア』でも、そんな成功秘話のお決まりのパターンになりそうではあったものの、まったくNIKEに興味を示さなかったマイケル・ジョーダンと契約を結ぼうとするソニー・ヴァッカロを演じるマット・デイモンの、いつもながらの肩の力が抜けた演技がそうはさせなかった。ソニー・ヴァッカロが、1982年のNCAAトーナメントチャンピオンシップで決めたウィニング・ショットだけでもってマイケル・ジョーダンの才能を見抜くシーンは、マット・デイモンだからこそできる、おだやかでありながら、バスケットボールに対する愛情の深さをさり気なく示せる良いシーンだった。

だからこそ、マイケル・ジョーダンの母親デロリス・ジョーダン(ヴィオラ・デイヴィス)がソニー・ヴァカロを信頼して行くストーリーの流れも簡単に納得できてしまった。

そんな大ヒット作「AIR ジョーダン」を世に送り出したソニー・ヴァッカロのWikipedeiaを見ると記述内容がとても少ない。もしかすると実像も演じたマット・デイモンのようにさりげない人なのかな?とおもって、実際に行われたインタビューを読んでみたらやはりとても控えめな人だった。

【取材】エア ジョーダン生みの親、単独インタビュー ─ 映画『AIR/エア』主人公ソニー本人が語る秘話【前篇】
https://theriver.jp/air-vaccaro-interview1/

→ベン・アフレック→マット・デイモン→アメリカ/2023→MOVIXさいたま→★★★★