監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、エイダン・デルビス、スタヴロス・ハルキアス、アリシア・シルヴァーストーン
原題:Bugonia
制作:イギリス、アイルランド、韓国、アメリカ/2024
URL:https://gaga.ne.jp/bugonia/
場所:MOVIXさいたま

ネットで誰もが情報を発信できるようになったがために陰謀論がはびこるようになったとおもう。日本で1999年5月に開設された匿名掲示板「2ちゃんねる」は、名無しの奴らが自由に発言できる場で、誰ともわからない名無しから有益な情報を得る場合もあったけれど、本当かどうか疑ってかかるべきあやしい情報も多かった。ところが、そのようなあやしい情報を面白がるヤカラもいて、そう云ったヤカラの集合体が陰謀論の元祖のような気がする。

その匿名掲示板「2ちゃんねる」の権利権を2014年2月に管理者のひろゆきから奪ったのがジム・ワトキンスと云う男だった。2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)や8kunの管理人となったジム・ワトキンスが、陰謀論の中でも有名な「Q」の正体ではないかと云われている。「Q」(あるいは「Qアノン」とも)とはアメリカの極右が提唱している陰謀論。「世界規模の児童売春組織を運営している悪魔崇拝者・小児性愛者・人肉嗜食者による秘密結社が世界を裏で支配しており、ドナルド・トランプはこれと密かに戦っている」と云うのが主張の中心らしい。(Wikipediaより)

そのような陰謀論が信じられる理由は、単なる知識不足や人の性格によるものではなく、人間の根本的な心理的欲求や、社会の複雑さに対する防御反応ではないかと考えられている。つまり、高学歴や低学歴、都市や田舎と云った属性とはあまり関係がなく、誰もが不安や不信感を感じた瞬間に、無意識に陰謀論に惹きつけられる可能性があると云われている。

ヨルゴス・ランティモス監督の『ブゴニア』に出てくるテディ・ガッツ(ジェシー・プレモンス)は陰謀論に取り憑かれた養蜂家だった。彼が陰謀論に走ったのは、世界中のミツバチの数が減る現象が起きていることや母親が医療ミスによって寝たきりの状態にさせられたことによる不安感、絶望感が大きい。彼が信じた陰謀論とは、アンドロメダのエイリアンが秘かに地球に潜入して、いよいよ人類を滅ぼそうとしていると云うものだった。母親に投与されている薬の会社でもある大手製薬会社のCEOミシェル・フラー(エマ・ストーン)がアンドロメダのエイリアンであると見抜いたテディは、彼女を誘拐して自宅の地下に監禁する。彼女に対してアンドロメダ星人の皇帝に会わせろと拷問を加える。テディに協力する自閉症の従兄弟ドン(エイダン・デルビス)やテディのかつてのベビーシッター(テディとは昔に性的な何かがあった?)で今は副保安官になっているケイシー・ボイド(スタヴロス・ハルキアス)などが絡んで、事態は予想もつかない方向に展開していく。

アンドロメダのエイリアンが人類を滅ぼそうとしているストーリーは、1950年代のSF映画のようなチープさが見えて笑えるけれど、テディがネットでアクセスする先にはそのような考えを持つ人が多く存在していることが想像できる。まるで劉慈欣(リウ・ツーシン)のSF小説「三体」のように、高度に進化した異星人が人類に対して攻撃をしかけてきていることの危機感を共有している人たちがいるのだろう。そのような陰謀論を聞いて、んな馬鹿な、で一笑に付してしまうのが我々だ。あまるにも荒唐無稽な考えで、そんな陰謀論を持つ人たちと議論もしたくないと考えるのが一般的だ。でも、それで良いのか? の流れでこの映画のオチがある。陰謀論なんて、あるようで無い。無いようで、あるかもしれない。

『ブゴニア』は韓国映画『地球を守れ!』(2003)のリメイクだそうだ。『地球を守れ!』の結末も同じオチだったのかな。

→ヨルゴス・ランティモス→エマ・ストーン→イギリス、アイルランド、韓国、アメリカ/2024→MOVIXさいたま→★★★★

監督:ホン・サンス
出演:イザベル・ユペール、イ・ヘヨン、クォン・ヘヒョ、チョ・ユニ、ハ・ソングク、キム・スンユン
原題:여행자의 필요(英題:A Traveler’s)
制作:韓国/2024
URL:https://mimosafilms.com/gekkan-hongsangsoo/
場所:OttO

ホン・サンスが次から次へと立て続けに映画を撮るので、すぐに公開作が溜まってしまう。それをちまちまと公開していても集客させるのが大変なので、配給元のミモザフィルムは考えて、ホン・サンスの監督デビュー30周年もかねて「月刊ホン・サンス」を企画してきた。それを渋谷のユーロスペースへ観に行こうとしたら、大宮のミニシアターOttOでも上映すると云うので2月まで待った。

「月刊ホン・サンス」の新作1本目は2024年に撮った『旅人の必需品』。フランスの女優イザベル・ユペールとの3度目のコラボレーションの映画。

今回のイザベル・ユペールは韓国のソウルでフランス語の個人レッスンをしているイリスと云う女性を演じている。教え方が独特で、テキストをいっさい使わない。対面で会話を交わしながら質問を投げかけて、その時々の相手の気持ちをフランス語の文章にして暗記カードにまとめる。それを何度も読ませて言語を習得させる方法を取っている。

まず最初の生徒は若い女性(キム・スンユン)。彼女の家で会話を交わしているうちに、彼女は突然ピアノを弾き始める。イリスはその演奏のクオリティについて彼女に質問する。最終的に「心の奥底では何を思ったのか」とまで追求する。次の生徒は会社を経営しているらしき女性(イ・ヘヨン)。彼女の夫(クォン・ヘヒョ)と一緒に会話を交わす。すると彼女はギターを弾き始める。イリスはその演奏のクオリティについて最初の生徒とまったく同じ質問をする。

この二人の生徒への質問、そして生徒の返答がまるっきり同じだった。これはいったい何なのか? と考えた時に、音楽や詩のリフレインと同じことなのではないか? とおもい当たった。二人の生徒が楽器を演奏することや、イリスが下手なリコーダーを吹くシーンがあること。そして、韓国の有名な詩人である尹東柱(ユン・ドンジュ)の詩が出てくることなどから、今回のホン・サンスは映画全体の構成を一つの楽曲に例えているんじゃないかとおもってしまった。

この前半のAメロ(と云うのか、何と云うのか)を終えて、イリスに若い韓国人のボーイフレンドがいることがわかって、ふたりが暮らしている部屋にボーイフレンドの母親が訪ねてくることで楽調はサビのように一気に盛り上がる。でも、前半のリフレインが後半のサビの部分にどうのように影響しているのかはよくわからなかった。それにタイトルでもある「旅人の必需品」がいったい何を意味するのか明確なものが見えてくるわけでもないので、なんとなくぼんやりと映画を観終えてしまった。とは云っても、ホン・サンスの映画は会話の妙を楽しむものなので、それでも面白く観てしまった。

「月刊ホン・サンス」の次の作品は『小川のほとりで』(2024)らしい。もちろんOttOへ観に行く。

→ホン・サンス→イザベル・ユペール→韓国/2024→OttO→★★★★

監督:サム・ライミ
出演:レイチェル・マクアダムス、ディラン・オブライエン、エディル・イスマイル、デニス・ヘイスバート、ゼイヴィア・サミュエル
原題:Send Help
制作:アメリカ/2026
URL:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/fukushu-jima
場所:MOVIXさいたま

近ごろマーベルの映画ばっかり撮ってきたサム・ライミの新作は『HELP/復讐島』。予告編を観るかぎりでは、飛行機事故によってパワハラ上司と無人島で二人きりになった女性部下の復讐劇で、この設定を聞いただけでは映画を観たいと云う気は起きなかった。その後、多くのサム・ライミのファンによる絶賛がネットなどで伝わって来たので、観なければ、と云うことになった。

これが、評判通りの面白さだった。ストーリーを語る上でのいろいろな描写が「死霊のはらわた」シリーズのころのサム・ライミをおもい起こさせて、女性部下のリンダ・リドル(レイチェル・マクアダムス)がパワハラ上司のブラッドリー・プレストン(ディラン・オブライエン)の目を親指で押しつぶそうとするシーンなんて、もしファンタスティック映画祭での上映だったら拍手大喝采のシーンだった。血糊多め、ゲロ多め、ホラーっぽい要素を入れて来るところなども原点回帰を自らに課しているように見えて、さすがのサム・ライミだった。

『HELP/復讐島』と云う邦題も、予告編の作り方も、不遇な女性部下によるパワハラ上司への復讐劇であることを示唆していたけれど、この映画はそれだけではなかった。親の愛情を得られずにモンスターとして育ってしまった男が、今まで毛嫌いしていた女性部下の優しさに改心して「人間の本性は本来善である」を実証する映画なのか? とおもわせておきながら、人間はそう簡単には変わらねえんだよ! と突き放してくるところはサム・ライミらしい爽快感もあった。女性部下のリンダ・リドルも、自分のためなら人を殺すことも厭わない女で、パワハラ上司V.S.か弱き女性部下の構図ではまったくなかった。

そんなリンダ・リドルにも天罰が下るのかと常識的な展開を予想していたら、おもわぬハッピーエンド。いやあ、最後まで展開を読めないサム・ライミらしい映画だった。

→サム・ライミ→レイチェル・マクアダムス→アメリカ/2026→MOVIXさいたま→★★★★

監督:エドガー・ライト
出演:グレン・パウエル、ジョシュ・ブローリン、コールマン・ドミンゴ、マイケル・セラ、リー・ペイス、エミリア・ジョーンズ、ウィリアム・H・メイシー、ジェイミー・ローソン
原題:The Running Man
制作:アメリカ、イギリス/2025
URL:https://the-runningman-movie.jp
場所:MOVIXさいたま

1987年にアーノルド・シュワルツェネッガー主演、ポール・マイケル・グレイザー監督によって映画化された『バトルランナー』(原題:The Running Man)の再映画化。原作はリチャード・バックマン(スティーヴン・キングの別名義)。

『バトルランナー』は、当時のアーノルド・シュワルツェネッガーの人気にあやかっただけのアクション映画で、すべてがゆるゆるの緊迫感もないつまらない映画だった。ただ、凶悪犯を「ランナー」としてエリアに放ち、正義の「ストーカー」がそれを追って処刑する様子を生中継するテレビのリアリティ番組である設定だけは面白かった。

それをエドガー・ライトが2025年に再映画化するにあたって、当時の未来予測が恐ろしく的確だった部分と、今となっては時代遅れと感じてしまう部分とが混在しているところが面白かった。

今となっては古臭いと感じてしまった部分は、テレビ地上波(または衛星放送)の人気番組によって国家権力が大衆をコントロールできると設定しているところだった。YoutubeやNetfkixなどの配信系番組が数多くあって、さらに様々なSNSが氾濫している現在、国家権力がメディアを使って大衆の思考をある一定方向へ誘導させることはもう無理だとおもう。病気の娘を抱えたベン・リチャーズ(グレン・パウエル)がお金のためにテレビ番組「ランニング・マン」に出て報酬を得ようとする設定も、視聴者参加番組があまり無くなって、一時期よりもリアリティ番組の数も少なくなってしまった今、どこかズレていると感じてしまった。

1987年当時の未来予測(リチャード・バックマンの原作が書かれたのは1982年)として恐ろしく的確だった部分は、今となってはあたりまえの技術となったディープフェイクをフィーチャーしていたところだった。今回のエドガー・ライト版でもディープフェイクが大切な役割を持っていてベン・リチャーズを窮地に追い込む。ただ、ディープフェイクが誰でも使える簡単な技術になってしまったので、国家権力だけでなく反政府の抵抗勢力もディープフェイクを使える結果、どこに真実があるのか見抜くことがとても難しくなってしまった。つまり、体制に貶められたベン・リチャーズが国家の手先であるテレビプロデューサー、ダン・キリアン(ジョシュ・ブローリン)との決着を制したとしても、彼の正しさを証明する手立てもなく、1987年のポール・マイケル・グレイザー版のころに比べて単純な勧善懲悪の構図にすることの出来ない難しさがいまの時代には存在するようになってしまった。

エドガー・ライトはどうして『バトルランナー』を再映画化しようとしたんだろうなあ。とても難しい素材だったおもう。

→エドガー・ライト→グレン・パウエル→アメリカ、イギリス/2025→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:レイ・メンドーサ、アレックス・ガーランド
出演:ディファラオ・ウン・ア・タイ、ウィル・ポールター、ジョセフ・クイン、コスモ・ジャーヴィス、テイラー・ジョン・スミス、キット・コナー、チャールズ・メルトン、マイケル・ガンドルフィーニ、アダイン・ブラッドリー、ネイサン・アルタイ、ハイダー・アリ、ノア・センティネオ、エンヒキ・ザガ
原題:Warfare
制作:アメリカ、イギリス/2025
URL:https://a24jp.com/films/warfare/
場所:MOVIXさいたま

元Navy SEALs隊員のレイ・メンドーサがイラク戦争従軍時の体験を元に撮った映画。アレックス・ガーランドが演出補佐を務めた。

最近の戦争映画は昔に比べるとVFX技術によってますます戦闘シーンがリアルになって、あたかも戦場にいるかのような臨場感がハンパない。それに加えて『ウォーフェア 戦地最前線』は、実際に戦地に赴いた兵士の経験を元に演出しているので、まるでドキュメンタリーのような様相も兼ね備えている。カメラのポジションやカット割りが考え抜かれているので、ドキュメンタリー以上のドキュメンタリー・ドラマ映画とも云えるのかもしれない。

さらにクリント・イーストウッドの『15時17分、パリ行き』(2018)のように、Navy SEALs隊員本人を役者として使えたらもっと凄いことになっていただろうにそれは無理だった。映画の最後に、実際の隊員本人の写真とその人役の役者の写真が並べられてスライドショーのように見ることができるが、本人の写真の半分ぐらいには顔にボカシが入っていた。つまり、その当時のことはおもい出したくもないし、いわんや映画制作には寸分たりとも携わりたくもないと主張しているように見えてしまった。それだけ厳しい戦場であったことを物語っている。

この映画を観て気付いたことが一つあった。戦場で一番怖いことは、スナイパーの狙撃でもIDE爆弾(即席爆発装置爆弾)でもない。足をズタズタに寸断された同胞の兵士の断末魔の叫びだった。足をやられてから四六時中、阿鼻叫喚、絶叫に近い声で叫び続けられるのが一番キツかった。

→レイ・メンドーサ、アレックス・ガーランド→ディファラオ・ウン・ア・タイ→アメリカ、イギリス/2025→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)
出演:趙濤(チャオ・タオ)、李竺斌(リー・チュウビン)、潘剑林(パン・ジアンリン)、周游(チョウ・ヨウ)
原題:風流一代 Caught by the Tides
制作:中国/2024
URL:https://www.bitters.co.jp/romantics/
場所:OttO

ジャ・ジャンクーの映画はいつもドキュメンタリーのように当時の中国の市井の人たちを写し入れる。彼らが歌ったり、踊ったりするするシーンを入れる場合もある。そのような中国人の生の生活をフィルムに収めながら、同時に俳優を使ったドラマを織り交ぜるバランスがとても面白い。

『新世紀ロマンティクス』は、ジャ・ジャンクーの過去の映画『青の稲妻』(2002)や『長江哀歌』(2006)などの本編映像や未使用映像、そして当時の地元の住民を捉えた映像を使用しながら、ジャ・ジャンクーの映画の主演女優をつとめてきたチャオ・タオのの24歳、29歳、45歳の姿と共に、変化していく中国の街の景色を映しだす。手法としては今までの映画と同じだけれど、どちらかと云うとドラマ部分は添え物で、2000年初頭から2022年のコロナ禍までの長い期間を通して大きく変化していった中国人たちの姿を、俳優のチャオ・タオやリー・チュウビンだけでなく、一般の人たちをも含めて見せることに主眼を置いている。

われわれ日本人の云う中国人とは、日本に住んでいる中国人や、旅行で日本に訪れている中国人のことを指していて、日本人とはちょっと違うアグレッシブさに辟易する場合も多い。でも、ジャ・ジャンクーの映画に出てくる奉節(フォンジェ)や山西省・汾陽(フェンヤン)や大同の人たちを見る限り、昭和の高度成長期のころの日本人のイメージに近い。『長江哀歌』で三峡ダム建設中の奉節を訪れたサンミンや『山河ノスタルジア』(2015)でチャオ・タオにふられるリャンズー(リャン・ジンドン)や、そしてこの『新世紀ロマンティクス』でのリー・チュウビンも、アグレッシブさを内に秘めているとはおもうけれど、どこか日本人と共通する奥ゆかしさが感じられて、とてもわれわれがイメージする中国人とは違う。

ワン・ビンのドキュメンタリー映画もそうだけれど、中国人を理解するには中国映画を観ることが一番だとおもう。となると、黒澤明や小津安二郎の映画が日本人を理解してもらうことにどれだけ役立っていたことか。今では日本のアニメーションも。国はもっとコンテンツ産業に投資しないと!

→賈樟柯(ジャ・ジャンクー)→趙濤(チャオ・タオ)→中国/2024→OttO→★★★☆

監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:オースティン・バトラー、レジーナ・キング、ゾーイ・クラヴィッツ、マット・スミス、リーヴ・シュレイバー、ヴィンセント・ドノフリオ、ニキータ・ククシキン、ユーリー・コロコリニコフ、ベニート・マルティネス・オカシオ、グリフィン・ダン、ローラ・ダーン
原題:Caught Stealing
制作:アメリカ/2025
URL:https://caught-stealing.jp
場所:MOVIXさいたま

『ブラック・スワン』『ザ・ホエール』のダーレン・アロノフスキーの新作は、1998年のニューヨークを舞台にしたクライム・アクションだった。

ロウアー・イースト・サイドの「Paul’s Bar」でバーテンダーとして働くハンク(オースティン・バトラー)は大のサンフランシスコ・ジャイアンツのファン。最初、ニューヨークが舞台で「ジャイアンツ」としか云わないので、てっきりアメリカン・フットボールのニューヨーク・ジャイアンツのことかとおもってしまった。次第にそれがサンフランシスコ・ジャイアンツであることがわかってきて、ハンクがカリフォルニア州パターソンの出身で、メジャーリーグのドラフトにかかる寸前まで行った選手であることもわかってくる。ところが交通事故で野球のできなくなる体になってしまったために将来の目標を失って、そして事故のトラウマをかかえたままニューヨークで働いている。そこへ、病気の父親に会いにロンドンへ行ってしまった隣人ラス(マット・スミス)の関係で、凶暴なロシア人の二人組がやって来て半殺しにされてしまう。超正統派のユダヤ人の二人組にも追いかけ回され、恋人のイヴォンヌ(ゾーイ・クラビッツ)も殺されて、頼りにした女刑事ローマン(レジーナ・キング)も何やら怪しくて……。

原題の「Caught Stealing」は「盗塁失敗」を意味する野球用語だそうだ。絶えずサンフランシスコ・ジャイアンツの試合結果を気にしているハンクが主人公のこの映画は、つまり題名からしてベースボールをモチーフにしていることがわかる。ところが、それがとても中途半端だった。もっと野球に関わる道具を小道具として使ったら良かったんじゃないか。盗塁やホームラン、ボークとか隠し玉とか、なんでも良い、もっともっとベースボールに関わることをストーリーに盛り込んで欲しかった。

映画のラスト、南国に逃れたハンクは食堂のテレビで、当時のサンフランシスコ・ジャイアンツの4番バッターで、2001年にシーズン73本塁打の記録を作るバリー・ボンズの打席を見る。さあ、打てるのか? の、以前のハンクならば見逃しそうもない絶好の場面でテレビのスイッチは切られ、彼のトラウマが解放されたような暗喩で映画は終わる。そうそう、こういうのがもっと欲しかった。

ラストクレジットで「Paul’s Bar」を経営するポールがグリフィン・ダンだったことがわかる。すっかり歳を取ってしまったので、まったく気が付かなかった。となると、どうしてもマーティン・スコセッシの『アフター・アワーズ』をおもいだす。おそらくこの巻き込まれ型の映画は『アフター・アワーズ』を意識して作っている。それに、街なかを歩くハンクのトラッキングショットの背景に「キムズビデオ」もちらりと!

→ダーレン・アロノフスキー→オースティン・バトラー→アメリカ/2025→MOVIXさいたま→★★★☆

今年、映画館で観た映画は31本。夏に体調を崩したこともあり、だいぶ減ってしまった。と同時に、シネコンで観られる外国映画が減ったような気がする。ますます若い人向けのラブロマンスやラブコメディやアニメだらけになってしまった。

その31本の中で良かった映画を6本に絞ると以下の通り。

どうすればよかったか?(藤野知明)
セプテンバー5(ティム・フェールバウム)
名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN(ジェームズ・マンゴールド)
教皇選挙(エドワード・ベルガー)
キムズビデオ(アシュレイ・セイビン、デイヴィッド・レッドモン)
ワン・バトル・アフター・アナザー(ポール・トーマス・アンダーソン)

以上、観た順。
10本選びたかったけれど、観た合計本数が少なかったので6本。
配信ではNetflixの『ハウス・オブ・ダイナマイト』(キャスリン・ビグロー)が面白かった。

監督:ジェームズ・キャメロン
出演:サム・ワーシントン、ゾーイ・サルダナ、シガニー・ウィーバー、ブリテン・ダルトン、トリニティ・ジョリー・ブリス、ジャック・チャンピオン、スティーヴン・ラング、ジョヴァンニ・リビシ、ウーナ・チャップリン、ケイト・ウィンスレット
原題:Avatar: Fire and Ash
制作:アメリカ/2025
URL:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/avatar3
場所:MOVIXさいたま

ジェームズ・キャメロンが監督した「アバターシリーズ」第一作目の『アバター』(2009)「は、地球人が希少鉱物アンオブタニウムを求めてアルファ・ケンタウリ系惑星ポリフェマス最大の衛星パンドラへと進出するが、それを許さない先住民族ナヴィと衝突するストーリーだった。資源開発公社のRDA社は、地球人とナヴィそれぞれのDNAを掛け合わせた人造生命体を作り、そこに地球人の神経を接続させたアバターによってナヴィとの交渉を成功させようと試みた。しかし、それがうまく行かないと悟ったRDA社は傭兵部隊を使って、まるで中世におけるスペインの中南米征服よろしく、先住民族が持つ文化や精神世界をまったく尊重しない侵略を行う。アバターの操作員となった元海兵隊員のジェイク・サリー(サム・ワーシントン)はそれに反発してナヴィたちに味方する、と云うのがストーリーの核だった。

「アバターシリーズ」第二作目の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022)は、第一作目の『アバター』から16年経っていて、パンドラの生命の母「エイワ」の力によって人間からアバターの肉体へと完全に意識を移した元海兵隊員のジェイク・サリーが、息子のネテヤムとロアク、娘のトゥク、そしグレース・オーガスティン博士(シガニー・ウィーバー)のアバターから生まれたキリを養女として、妻のネイティリ(ゾーイ・サルダナ)とともに子供たちを育てていた。そこへRDA社がパンドラを植民地化するために戻って来て、ブリッジヘッドシティという名の新しい作戦基地を建設する。そこには死亡した人間の兵士の記憶を移植したナヴィのアバターであるリコビナントがいて、第一作目の『アバター』でジェイク・サリーとネイティリに殺されたマイルズ・クオリッチ大佐(スティーヴン・ラング)もリコビナントとなっていた。クオリッチ大佐に狙われたジェイク・サリーの一家は、一族に迷惑がかからないようにと“海の部族・メトカイナ族”のもとへ身を寄せることになる。そして、クオリッチ大佐とジェイク・サリー一家の対決は、メトカイナ族や海の生物たちを巻き込んで大きな争いとなる。

そして今回の第三作目『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』は、前作からのそのままの続編だった。クオリッチ大佐とジェイク・サリー一家の対決がさらに続き、ジェイク・サリーの息子ロアクの成長譚が語られるものの、目新しい要素があまりにも少なすぎた。一作目ではパンドラの森が、二作目ではパンドラの海が、3Dの効果を最大限に引き出すための構図とともに美しく描かれていたのに、今回は怒りに燃えるナヴィのアッシュ族を加えた戦いの構図しか目立たないのはちょっと寂しい。平和主義者であるクジラのような生物「トゥルクン」が争いに参加せざるを得ない理由にも納得がいかない。どちらかと云えば、今までの「アバターシリーズ」の集大成として、パンドラに存在するすべての生命体を統括する巨大な生物学的ネットワーク(集合意識)である「エイワ」のことをもうちょっと深く掘り下げて欲しかった。映画のラストに割り当てられている「エイワ」のシーンだけではまったく物足りなかった。

『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』の製作費は推定4億ドルらしい。それを回収するにはおそらく日本での興収も重要ではないかとおもう。ところが「日本では出足が鈍い」そうだ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/b9f365e60ec39d88f3b9944dbade2563356e0fdd?page=1

この記事では日本での洋画不況が背景にあると云っている。たしかにシネコンでの洋画上映が極端に少なくなった。『国宝』の大ヒットがそれを後押しているような気もする。でも、今までの「アバターシリーズ」とまったく同じようなイメージしか予告編で観客に訴えることが出来なかったのは致命傷だった。実際に今回の『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』には、前作、前々作の焼き直しにしか見えない。このままの繰り返しだけでは『アバター4』を作るのは大変なんじゃないのかなあ。どうするジェームズ・キャメロン。

→ジェームズ・キャメロン→サム・ワーシントン→アメリカ/2025→MOVIXさいたま→★★★

監督:山田洋次
出演:倍賞千恵子、木村拓哉、蒼井優、迫田孝也、優香、中島瑠菜、神野三鈴、イ・ジュニョン、マキタスポーツ、北山雅康、木村優来、小林稔侍、笹野高史
制作:映画「TOKYOタクシー」製作委員会/2025
URL:https://movies.shochiku.co.jp/tokyotaxi-movie/
場所:MOVIXさいたま

山田洋次も94歳になって、まだ映画を撮ることが出来るのか! の驚きをもって『TOKYOタクシー』を観に行った。そこには倍賞千恵子もいたし、北山雅康もいたし、柴又帝釈天も登場した。これが最後の映画になるなんじゃないかとのつもりで最後まで観た。

『TOKYOタクシー』は2022年のフランス映画『パリタクシー』(クリスチャン・カリオン監督)の舞台を日本に置き換えてリメイクした映画だった。個人タクシー運転手の宇佐美浩二(木村拓哉)は、高野すみれ(倍賞千恵子)という85歳の女性を東京の柴又から神奈川の葉山にある高齢者施設まで送ることになった。すみれにとって思い出となる都内の様々な場所に寄り道しつつ、二人は会話を重ねながら次第に打ち解けて行く。心を許したすみれは浩二に自分の壮絶な過去を話し始める。

山田洋次の映画が奇をてらったものになることはないだろうとゆるりと観た。そしておもった通りに、オーソドックスにストーリーが進んだので、まったりと映画を楽しむことができた。ただ、回想シーンでの若い頃の倍賞千恵子を蒼井優が演じていたのには違和感を持ってしまった。『男はつらいよ』でさくらを演じた若い頃の倍賞千恵子が頭の中で再生されつつ、蒼井優を見るのはあまりにもギャップが大きかった。若い倍賞千恵子をCGで出せとは云わないけれど、もうちょっと似た女優が欲しかった。それから、ギリギリで余裕のない生活を送っている個人タクシー運転手を木村拓哉が演るってのも、あまりにもイメージに合わない。だったらそこは吉岡秀隆でしょう。吉岡秀隆が貧乏くさいと云ってるわけではないけれど。いや、云ってるか。

ラストのオチは、おそらくそうなるんじゃないかと予想がついた。でも、そう云うオチにするにはあまりにも出来過ぎの感が否めないともおもった。なのに、やっぱりそうなったので、やっぱりそこも驚きのない映画だった。

新藤兼人は98歳で『一枚のハガキ』を撮った。マノエル・ド・オリヴェイラは105歳で『レステルの老人』を撮った。山田洋次もまだ行けるでしょう。

→山田洋次→倍賞千恵子→映画「TOKYOタクシー」製作委員会/2025→テMOVIXさいたま→★★★