監督:三宅唱
出演:シム・ウンギョン、河合優実、髙田万作、斉藤陽一郎、松浦慎一郎、足立智充、梅舟惟永、佐野史郎、堤真一
制作:映画『旅と日々』製作委員会/2025
URL:https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/
場所:テアトル新宿

つげ義春の漫画は、アンソロジーが組まれた本などでしか読んだことがなくて、そこで受けた印象からもっと読みたいとおもうものの、漫画を読む習慣が失われて久しく、なかなか手が出ずにそのまま時間が過ぎてしまっている。つげ義春の作品を原作としている竹中直人の『無能の人』(1991)や山下敦弘の『リアリズムの宿』(2003)を観たときにも感じた、日本の原風景に見える叙情的な雰囲気は、合理性が支配する情報化社会の対極にも位置しているように感じられて、いまでこそ読んでみるべき漫画ではないかとおもってはいるもののまだ読み込んでないのがとても残念。

三宅唱監督の『旅と日々』は、韓国人の脚本家である李(シム・ウンギョン)が書いた脚本が映画化されるエピソードが前半で、李がふらりと訪れた雪深い山奥の宿「べんぞうや」でのやる気のない宿主べん造(堤真一)との交流が後半となっている。それぞれつげ義春の漫画「海辺の叙景」と「ほんやら洞のべんさん」の2作品を原作としている。

ホテルの予約もせずにおもいつくまま旅をするのは楽しそうに見えるものの、もし野宿でもせざるを得ない状況に追い込まれたことを考えたら、とてもじゃないけれどそこまでの勇気は出ない。のに、韓国人の李(シム・ウンギョン)が、不馴れな土地である日本の冬の山村でそれをトライして、普通のパック旅行では得られない想像もつかないような体験が得られるのは、やっぱり、あこがれてしまう。でも、もし自分がホテルの予約もせずに韓国の田舎を旅することを考えたら、いやいや、たとえ日本の田舎だとしても、とてもそれを行う勇気がまったく見えない。

脚本家の李を演じたシム・ウンギョンは、中学校の頃に観た岩井俊二監督の『リリィ・シュシュのすべて』(2001)や是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004)で日本の映画に興味を持つようになって、「いつか日本で仕事ができたらいいな」と云う夢を持ったと云う。

https://www.cinra.net/article/interview-201905-shimbunkisha

まるでポツンと日本の田舎に放り込まれた脚本家の李のように、日本の芸能界に飛び込んだシム・ウンギョン。『新聞記者』(2019)を観たときは、そこまで日本での活動を増やすとはおもいもしなかった。その勇気に脱帽するとともに、日本での活動を応援したいと『旅と日々』を観ておもいはじめた。

→三宅唱→シム・ウンギョン→映画『旅と日々』製作委員会/2025→テアトル新宿→★★★☆

監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:レオナルド・ディカプリオ、ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロ、レジーナ・ホール、テヤナ・テイラー、チェイス・インフィニティ、アラナ・ハイム、ウッド・ハリス、シェイナ・マクヘイル、ポール・グリムスタッド、トニー・ゴールドウィン、ジョン・フーゲナッカー、エリック・シュヴァイク
原題:One Battle After Another
制作:アメリカ/2025
URL:https://wwws.warnerbros.co.jp/onebattlemovie/index.html
場所:MOVIXさいたま

ポール・トーマス・アンダーソンの新作がやってきた。邦題は『ワン・バトル・アフター・アナザー』。なんだ、このひどいタイトル。どんな映画なのかまったく想像がつかない。なるべく事前情報を入れたくないのでそれは大歓迎なんだけれど、原題の英語センテンスをそのままカタカナ表記するのはどう考えても安易すぎる。

映画がはじまると、カリフォルニアの移民収容所から移民を救出する極左革命グループ「フレンチ75」の活動が描かれる。ポール・トーマス・アンダーソンにしては珍しい時事ネタなんだ、とおもっていらすぐに、「フレンチ75」のメンバーであるパーフィディア・ビバリーヒルズ(テヤナ・テイラー)と「フレンチ75」を追う軍人スティーブン・ロックジョー大佐(ショーン・ペン)の性的に倒錯した関係を見せつけられる。そうそう、これこそがポール・トーマス・アンダーソンの映画なんだなとはおもうものの、今までとは違ってとても多くの人に開いたわかりやすい映画になっているのはどうしてなんだろう? 

映画の後半はまるで70年代の映画のような逃走劇だ。とてもエキサイティングで、ワクワクするアクション映画になっていて、ポール・トーマス・アンダーソンの名前を知らない人がシネコンでこの映画を選んだとしても誰しもが楽しめる映画になっていた。とは云っても、ポール・トーマス・アンダーソンが作り出す偏執的なキャラクターは存在していて、それがこの映画にアクセントを加えているのが楽しかった。

偏執的なキャラクターの中でも面白かったのは、いちおうこの映画の主人公であるボブ・ファーガソン(レオナルド・ディカプリオ)だった。彼はいったい何者だったんだろう? とても頼りなくて、いつもラリっていて、極左翼のグループ「フレンチ75」に属していながら考え方はいたって保守的。メキシコ人やLGBTへの差別的な発言も見せる。今の時代、頼りになるのは女性ばかりで、娘のウィラ・ファーガソン(チェイス・インフィニティ)のかっこよさに比べたら、男はダメダメだ。70年代の映画とは逆転している。

いつも同じような映画ばかりを撮っていてもつまらないので、ポール・トーマス・アンダーソンがこのようなアクション映画を撮ることは大歓迎だ。ただ、お客が入るのかなあ。邦題が『ワン・バトル・アフター・アナザー』では、少なくとも日本では無理だろうなあ。

→ポール・トーマス・アンダーソン→レオナルド・ディカプリオ→アメリカ/2025→MOVIXさいたま→★★★★

監督:李相日
出演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、黒川想矢、越山敬達、永瀬正敏、嶋田久作、芹澤興人、宮澤エマ、中村鴈治郎、瀧内公美、田中泯、渡辺謙
制作:映画「国宝」製作委員会/2025
URL:https://kokuhou-movie.com
場所:MOVIXさいたま

やっと李相日の『国宝』を観た。これだけ話題になっていて、しかも観た人からも「面白かった!」との絶賛報告を受けると、見る目がどんどんと鋭くなって評価も厳しくなってしまうのはいつものこと。今回も、たしかに面白かったのだけれど、長編小説を映画化する時のエピソードの整理の仕方が気になってしまった。

映画のラストで人間国宝となった花井東一郎(吉沢亮)が「鷺娘」を演じると云うことは、花井半二郎(渡辺謙)の弟子となって最初に観た演目である小野川万菊(田中泯)の「鷺娘」との繋がりを持たせているわけで、となると、原作小説では花井東一郎と小野川万菊との関係性がもっときめ細やかに描かれているんじゃないかと想像する。失踪した花井半弥(横浜流星)を救うのも小野川万菊であるし、花井半二郎が亡くなってからの三代目花井東一郎の凋落から手を差し伸べるのも小野川万菊であることから、この映画の一つのキーとなるのが小野川万菊であることは間違いない。なのに、あまりにも中途半端な小野川万菊の描き方に、これでは重要なものが抜け落ちているのではないか? とのおもいに駆られてしまった。

と云っても、小野川万菊との関わりのシーンを増やせば、完全に3時間超えの映画になることは間違いない。映画興行のことを考えれば3時間超えになることは避けたかったに違いない。そのあたりが難しい判断だった。

吉田修一の「国宝」を読まなければ。そこには花井東一郎と小野川万菊との関係についての記述が多くあるとおもう。その補完をすることによってもっと映画『国宝』を楽しめるはずだ。

→李相日→吉沢亮→映画「国宝」製作委員会→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:ウェス・アンダーソン
出演:ベニチオ・デル・トロ、ミア・スレアプレトン、マイケル・セラ、トム・ハンクス、マチュー・アマルリック、ジェフリー・ライト、スカーレット・ヨハンソン、ウィレム・デフォー、ビル・マーレイ、シャルロット・ゲンズブール、ベネディクト・カンバーバッチ
原題:The Phoenician Scheme
制作:アメリカ、ドイツ/2025
URL:https://zsazsakorda-film.jp
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

ウェス・アンダーソンのスタイリッシュな作風に対して、一つの映画のあり方として眺めればどうしても鼻について嫌いなんだけれど、実際のところ細かいパーツ、パーツが好きだったりするので、その愛憎半ばする気持ちにいつも身を捩りながら観ている。最新作の『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』も同様だった。映画って、絵画のような構図のシーンをスライドショー的なシークエンスで見せられるよりも、トム・クルーズの「ミッション: インポッシブル」のように大げさにモノを動かす映画のほうが、活動写真としての原点だからなあ。このスタイルをこのまま続けるのはちょっと無理があるとはおもう。もう飽きが来ているので、初心に帰って『ダージリン急行』のような普通の映画を一本撮っても良い気がする。

とおもいながら映画を観終わって、ダラダラとエンドクレジットを観ていたら、ああ、なるほど、ルノワールやマグリットなどの絵画は本物を用意しているし、大富豪ザ・ザ・コルダ(ベニチオ・デル・トロ)が娘リーズル(ミア・スレアプレトン)に贈る“世俗的なロザリオ”はカルティエで、宝石で飾られたコーンパイプはダンヒルだったりと、めちゃくちゃ凝っていることをさり気なく主張している。相変わらず配役は豪華だし、細かいところにウンチクを散りばめて知的好奇心を刺激するし、まあ、こんなスタイルの映画を続けられてもまた観に行くんだろうなあ。

みんなが大絶賛した『グランド・ブダペスト・ホテル』を大嫌いだと公言してからもずっとウェス・アンダーソンを観続けている。

→ウェス・アンダーソン→ベニチオ・デル・トロ→アメリカ、ドイツ/2025→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★☆

監督:アシュレイ・セイビン、デイヴィッド・レッドモン
出演:キム・ヨンマン、ショーン・プライス・ウィリアムズ、アレックス・ロス・ペリー、ディエゴ・ムラーカ、エンリコ・ティロッタ、ヴィットリオ・ズカルビ、ジュゼッペ・ジャンマリナーロ
原題:Kim’s Video
制作:アメリカ/2023
URL:https://kims-video.com
場所:ヒューマントラストシネマ有楽町

一昨年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で話題となったアシュレイ・セイビン&デイヴィッド・レッドモン監督の『キムズビデオ』がやっと一般公開された。韓国系移民のキム・ヨンマンが1987年にニューヨークで開業した「キムズビデオ」の5万5000本もの貴重なビデオコレクションの数奇な運命を追ったドキュメンタリー。

VHSやDVDの膨大な映画のコレクションを見ると心ときめいてしまう。日本では新宿や渋谷のTSUTAYAの品揃えが有名だった。すでにDVDの時代だったのに、VHSにしかないタイトルを新宿TSUTAYAで借りたものだった。その日本のTSUTAYAよりもさらに膨大な品揃えの「キムズビデオ」はどんなに素晴らしい場所はだったんだろう。映画ファンにとって空前絶後の聖地だった。

しかし時代は配信の時代へ。「キムズビデオ」は2008年に惜しまれながらも閉店する。そしてその膨大なコレクションは、芸術の都を目指そうとしたイタリアのシチリア島にある村、サレーミへと移管されていた。キムズビデオの元会員デビッド・レッドモンがコレクションの行方を捜索すると、サミーレでコレクションがホコリだらけの湿った所蔵庫に放置されていることを発見する。

と、「キムズビデオ」のコレクションが、あれよあれよとおもいもよらない方向へと展開して行く顛末がとても面白かった。監督のアシュレイ・セイビンとデイヴィッド・レッドモンはそこに、フェリーニやベルイマンの名作からマニアックなもので、いろいろな映画のシーンを織り込む手法を取っているのもやはり映画ファンとしては嬉しかった。でも、自分たちの犯罪スレスレの行為である「キムズビデオ」コレクション奪還作戦を、そのコレクションの中にあるだろう映画のシーンと重ねて、映画の亡霊たちに突き動かされた結果なので許してね、と弁解に利用しているのはちょっとズルかった。

数で云えば「キムズビデオ」には到底及ばないものの、あの新宿や渋谷TSUTAYAのコレクションもどうなったんだろう? 単純に廃棄されちゃったのかなあ。この「キムズビデオ」のようなストーリーは、無いだろうなあ。

→アシュレイ・セイビン、デイヴィッド・レッドモン→キム・ヨンマン→アメリカ/2023→ヒューマントラストシネマ有楽町→★★★★

監督:ジェームズ・ガン
出演:デヴィッド・コレンスウェット、レイチェル・ブロズナハン、ニコラス・ホルト、エディ・ガテギ、アンソニー・キャリガン、ネイサン・フィリオン、イザベラ・メルセード、ウェンデル・ピアース、スカイラー・ギソンド、サラ・サンパイオ、ミリー・オールコック
原題:Superman
制作:アメリカ/2025
URL:https://wwws.warnerbros.co.jp/superman/
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

ジェームズ・ガンが監督をしたマーベル・シネマティック・ユニバースの『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』と『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』はとても楽しい映画だった。彼が作り出すリズム感のあるノリノリのアクションシーンは、そこで使われている楽曲とのコラボが抜群で、さらに彼による『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズの映画が観たくなった。

ところが、ジェームズ・ガンのTwitterの投稿に不適切な内容があったとして『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズ3作目の監督から外されると云う騒動が起きた。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の出演俳優たちの反対表明によって監督復帰が決まったが、この騒動のスキを付いてワーナーがジェームズ・ガンにDCコミックスシリーズ映画『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』の監督、脚本を依頼してきた。結局彼は今後、マーベルとはライバル関係にあるにDCコミックスシリーズの映画の監督をして行くことになる。

そして今回ジェームズ・ガンは、DCコミックスシリーズの映画としては2作目の『スーパーマン』を撮った。なんとなくザック・スナイダーの『マン・オブ・スティール』の続編かとおもったのだけれど、『マン・オブ・スティール』(2013)は「DCエクステンデッド・ユニバース」で、それとは違うシリーズとしてワーナーはスーパーマンを主軸とするDCフランチャイズ「DCユニバース」を打ち出していた。ジェームズ・ガンの『スーパーマン』はそのシリーズの第1作となる。

ジェームズ・ガンの『スーパーマン』にも『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』にあったリズム感のあるノリノリのアクションシーンが健在していた! ジャスティス・ギャングの頭脳担当ミスター・テリフィックのアクションシーンがそれだった。使われている楽曲はノア・アンド・ザ・ウォール(Noah and the Whale)の“5 Years Time”。このようなアクションシーンや、予告編にも大きくフィーチャーされていたスーパーマンが爆風から小さな女の子を覆いかぶさるように守るシーンなど、ジェームズ・ガンが作り出すVFXのイメージ構築はびっくりするほどカッコよく、それでいてストーリーから浮き立つことなくしっかりと溶け込んでいるのがすごい。

グラント・モリソンとフランク・クワイトリーらによるコミック『オールスター:スーパーマン』(2005年 – 2008年)からインスピレーションを得たジェームズ・ガンによる脚本が、あまりにも現代社会とシンクロしているのに、まあ、ちょっと辟易したけれど、次回作も絶対に追いかけなければ。

→ジェームズ・ガン→デヴィッド・コレンスウェット→アメリカ/2025→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★☆

監督:ジョセフ・コシンスキー
出演:ブラッド・ピット、ダムソン・イドリス、ケリー・コンドン、ハビエル・バルデム、トビアス・メンジーズ、サラ・ナイルズ、キム・ボドゥニア
原題:F1
制作:アメリカ/2025
URL:https://wwws.warnerbros.co.jp/f1-movie/
場所:MOVIXさいたま

1987年から1994年にかけて、日本ではF1ブームが起きていて、とくにアイルトン・セナは大人気だった。なんであんなに人気があったんだろうかと今から振り返ってみると、やっぱりフジテレビのメディア戦略がとても巧かったとおもう。当時仕事で、F!レースを収めたレーザーディスク版についての打ち合わせの末席に座ったことがあったのだけれど、フジテレビの人々はみんな生き生きとしていて、やることなすことすべて上手く行っている感じだった。

あれから時が流れて、フジテレビもご覧の通りになり、日本ではF1を見る人が少なくなってしまった。角田裕毅と云う活きの良い日本人ドライバーがいるのに、あまりにもいろいろなスポーツが見られるようになって、その観戦方法もさまざまになって、F1人気は他のスポーツの人気に押され気味でとても低調だ。

こんな時代に『トップガン マーヴェリック』を撮ったジョセフ・コシンスキー監督の『F1/エフワン』が公開された。日本でF1ブームが起きていた当時のセナやアラン・プロスト、ナイジェル・マンセルらとともに走ったことのある年配のドライバー、ソニー・ヘイズ(ブラッド・ピット)が主人公で、かつてのチームメイト、ルーベン(ハビエル・バルデム)がオーナーを務めるチーム「APXGP」に加わってF1に復帰する姿を描いている。

チーム「APXGP」にはトップドライバーとして、若い優秀なジョシュア・ピアス(ダムソン・イドリス)がいて、映画の基本はこの若いジョシュア・ピアスと年配のソニー・ヘイズとの確執が軸となっていく。おそらくソニー・ヘイズは、この鼻持ちならない生意気なジョシュア・ピアスを若い頃の自分と重ねて見ていて、自分の培ってきた経験を彼のレースの勝利に役立てようとサポートに回ったりする。ところが持ち前のアドレナリン全開を良しとするソニー・ヘイズの型破りな戦法が仇になって、自分自身を追い込んでしまうような結果になってしまう。

さらに映画の途中で、ソニー・ヘイズが若い頃に起こしたレースでの事故の後遺症として、もう一度、身体に大きな衝撃を与えたら、失明するか半身不随になるか死ぬ危険のあることが明かされる。となると、もう、彼のフルスロットルの無謀な走りは、死ぬことさえ厭わない喜びに満ちているいる走りだった。

この映画にはときおりソニー・ヘイズに対して「何のためにはしるのか?」と問うシーンがある。いろいろな意味に捉えることができるけれど、おそらくは単純に、前に相手がいる以上全力をかけて抜きにかかる、ために走るんじゃないのかなあ。そこに生きている実感があったからこそ、死への恐怖はまったく意味しなかった。だから、F1だろうとデイトナ24時間レースだろうと、そして世界一過酷なレースと云われる「バハ1000」のオフロードレースだろうと、どんなレースにも飽くなき挑戦者としてあり続けたんだろうとおもう。

弱いチームに勝利をもたらすには常識通りに挑んでいてはダメで、だからソニー・ヘイズのルールすれすれの常識破りの走りこそが、諸刃の剣ではあるのだが、最後はチームに勝利をもたらす。と云うちょっと出来すぎな展開の映画になってしまったのだけれど、F1映画らしく155分を一気に駆け抜ける疾走感は楽しかった。

→ジョセフ・コシンスキー→ブラッド・ピット→アメリカ/2025→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:クリストファー・マッカリー
出演:トム・クルーズ、ヘイリー・アトウェル、ヴィング・レイムス、サイモン・ペッグ、イーサイ・モラレス、ポム・クレメンティエフ、ヘンリー・ツェニー、シェー・ウィガム、アンジェラ・バセット
原題:Mission: Impossible – The Final Reckoning
制作:アメリカ/2025
URL:https://missionimpossible.jp
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

1996年にはじまった映画版「スパイ大作戦」である「ミッション:インポッシブルシリーズ」も、今回の8作目『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』で最終作だそうだ。窮地に立たされたの主人公がどのようにして危機を脱出するのか、活動写真の原点とも云えるハラハラ・ドキドキ感を前面に押し出したシリーズとして、そしてトム・クルーズのケレン味たっぷりの体当たりな演技を楽しむ映画としても貴重なシリーズだった。

ラストくらいはIMAXで観ようと、普段なら高い料金を払おうとはおもわないんだけれど、今回はユナイテッド・シネマのポイントがあったので700円で観ることができた。さすがIMAXの大画面。自分がトム・クルーズになっているようなグイグイ来る感覚が素晴らしかった。やっぱり「ミッション:インポッシブルシリーズ」のようなアクション映画はIMAXで観るべきだとは痛感した。でもなあ、もうちょっと安いと良いんだけれど。

この「ミッション:インポッシブルシリーズ」は、トム君が体力的な限界を迎えて無理だとしても、007のように誰かが引き継いで続けて行くべきじゃないのかなあ。これだけお金をかけた(制作費は推定4億ドル!)豪華な映画をお祭り騒ぎのようにIMAXで観ることが、こじんまりとサブスクなどで映画を見ることとの差別化が図れる唯一の希望だとおもう。

→クリストファー・マッカリー→トム・クルーズ→アメリカ/2025→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★☆

監督:コラリー・ファルジャ
出演:デミ・ムーア、マーガレット・クアリー、デニス・クエイド、エドワード・ハミルトン=クラーク、ヤン・ビーン(声の出演)
原題:The Substance
制作:フランス、イギリス、アメリカ/2024
URL:https://gaga.ne.jp/substance/
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

今年のアカデミー賞で話題になった作品の大トリとして、やっとコラリー・ファルジャ監督の『サブスタンス』を観る。

これだけ時間が経ってしまうと、どんな映画なのかポロポロと情報が入って来てしまうので、女性の老いに対する恐怖や美への執着を扱っているストーリーと云うことはもうわかってしまった。それにどうやらジョン・カーペンター『遊星からの物体X』(1982)でのロブ・ボッティンが作ったような特殊メイクのようなものも出てきて相当にエグイらしい、と云うこともわかってしまった。そのような情報を遮断して何も知らずにこの映画を観ていれば、その驚きだけでぶっ飛んだような気もする。

なので、映画のスジが予想した通りに展開してしまって、驚きも相当に半減してしまった。とは云っても、ラストに向かっての展開は凄かった。いや、これはしつこすぎる。ジェームズ・キャメロンのラストの畳み掛けも相当しつこいが、コラリー・ファルジャはやりすぎだ。自分の席から少し前で見ていた老夫婦は、このグチョグチョ、ゲロゲロのオンパレードを観て卒倒しなかったのだろうか。大きなお世話だけど。

デミ・ムーアが演じる往年の大女優エリザベス・スパークル(およびそのコピーであるマーガレット・クアリー演じるスー)が「サブスタンス」を繰り返した結果、スーの肉体に無数の臓器やエリザベスの顔などが貼り付いた見るに耐えかねない怪物「モンストロ・エリサスー」が誕生してしまう。その怪物の顔の位置にエリザベスのポスターから切り取った紙ペラの顔を申し訳程度に貼った「モンストロ・エリサスー」が、スーを待ち構えていた大勢のファンの人々の中を練り歩くシーンは、これはビリー・ワイルダー『サンセット大通り』(1950)のグロリア・スワンソンだな、とすかさず連想してしまった。いつまでも過去の栄光にすがりつくサイレント映画時代の大女優グロリア・スワンソンとデミ・ムーアが演じる過去の女優エリザベス・スパークル(残酷に云えばデミ・ムーア自身とも)重なるシーンで、おそらくコラリー・ファルジャ監督もそれを絶対に意識していたとおもう。

面白い映画だったけれど、ちょっとしつこくて胃がもたれてしまった。

→コラリー・ファルジャ→デミ・ムーア→フランス、イギリス、アメリカ/2024→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★☆

監督:ジャレッド・ヘス
出演:ジェイソン・モモア(安元洋貴)、ジャック・ブラック(山寺宏一)、ダニエル・ブルックス(斉藤貴美子)、エマ・マイヤーズ(生見愛瑠)、セバスチャン・ハンセン(村瀬歩)、ジェニファー・クーリッジ(安達忍)
原題:A Minecraft Movie
制作:アメリカ/2025
URL:https://wwws.warnerbros.co.jp/minecraft-movie/
場所:MOVIXさいたま

Mojang Studiosのゲーム「Minecraft」の面白さは、序盤ではやはり鉄やダイヤモンドを掘り当てたときの快感だった。とくに鉄の鉱脈に行き当たったときのザクザク掘り当てる爽快感は格別で、アメジストの部屋に行き当たったときの目もくらむような美しさも忘れることができない。ところが、そのような成功体験を得るためには代償も必要で、ゾンビ(特に子どものゾンビ)やスケルトンやクリーパーに殺られる恐怖に打ち勝たなくてはならない。ちょっと気を抜いた隙にスケルトンの矢に滅多打ちにされたり、思わず空洞を掘り当てて墜落死してしまったりと、貴重な装備をすべてパアにしたときの絶望感は計り知れない。

ゲームを映画化するんだったら、そう云ったゲームの面白さ、辛さの核心部分を再現できていないとまったく意味がない。クリエティブなものを作ることへのリスペクトは、もちろんゲームの根底には存在しているけれど、それがメインとなるものではなくて、どちらかと云えば補助的な役回りに過ぎない。都市や装置やトラップを作る楽しさもあるけれど、ゲームの本筋は、序盤は地下深く掘ること、中盤は村人の交流と司書ガチャ、そしてネザーやトライアルチャンバーへと挑戦して進んでいくのがゲーム「Minecraft」だ。

ジャレッド・ヘス監督の『マインクラフト/ザ・ムービー』は、そのようなゲームの楽しさをまったく反映していない。「ロード・オブ・ザ・リング」の亜流のようなものが出来上がっているだけだった。そうだよなあ、露天掘りで鉄やダイヤモンドを見つけるだけのストーリーが面白いわけがない。ゲームの映画化は難しい。

→ジャレッド・ヘス→ジェイソン・モモア→アメリカ/2025→ MOVIXさいたま→★★