アルバート氏の人生

監督:ロドリゴ・ガルシア
出演:グレン・クローズ、ミア・ワシコウスカ、アーロン・ジョンソン、ジャネット・マクティア、ブレンダン・グリーソン、ポーリン・コリンズ、ブレンダ・フリッカー、ジョナサン・リース=マイヤーズ、マリア・ドイル・ケネディ、ブロナー・ギャラガー、アントニア・キャンベル=ヒューズ、エメラルド・フェンネル、アニー・スターク、ケネス・コラード、マーク・ウィリアムズ
原題:Albert Nobbs
制作:アイルランド/2011
URL:http://albert-movie.com/
場所:TOHOシネマズシャンテ

映画女優としてのクレン・クローズは、デビュー作であるジョージ・ロイ・ヒル監督『ガープの世界』(1982)のジェニー・フィールズで、いきなり強烈な印象を見るものに与えた。ジョン・アーヴィングの小説が原作のその映画の中で、テクニック・サージェント(技術軍曹)との私生児“ガープ”を独特な方法で子育をてして行き、突然、自分をモデルにした小説「性の容疑者」を書いたことから女性解放運動家に祭り上げられて、そのために暗殺されてしまう女性を颯爽と、クールに演じていた。そのデビュー作の後、『ナチュラル』『危険な情事』と話題作に連続して出演したが、やっぱり『ガープの世界』のジェニー・フィールズの印象は強く、どの役を演じても違和感しか覚えなかった。

ジョン・アーヴィングの小説「ガープの世界」は、その中に含まれているいろいろな要素の一つに「ジェンダー」があって、主にその象徴として性転換者のロバータ(映画ではジョン・リスゴーが演じている)が登場するのだけれども、映画の中でクレン・クローズが演じたジェニー・フィールズも、ベッドの上の動けない負傷兵の上にまたがって、まるで女が男を襲うようにして子供を作ってしまう逸話が代表するように、一般的な男性と女性の区別には囚われない人物として登場している。結局、この人物の印象が強過ぎて、クレン・クローズ=性差のない人物、になってしまったので、『ナチュラル』の貞節な妻も『危険な情事』の強烈なストーカーもあまりにも正反対の人物を堅苦しく演じているように見えてしまった。

自分の見る最近の映画にクレン・クローズが登場することはめっきり少なくなってしまったが、未だにクレン・クローズ=ジェニー・フィールズのままだったので、昨年のアカデミー賞主演女優賞で男性を演じた『アルバート氏の人生』でノミネートされたと聞いた時、ああ、ついにクレン・クローズが帰って来たと嬉しくなってしまった。もちろん映画の中のアルバート・ノッブスがジェニー・フィールズを覆すようなことはなかったが、クレン・クローズの演技の巧さは際立っていた。不遇な生い立ちから男性として生きるしかなかったアルバート・ノッブスが、彼の実直で、計画的で、正確無比な性格からすれば、どう見てもそぐわない俗っぽい小娘を好きになってしまうと云う葛藤を静かに、切なく演じていた。

ジャネット・マクティア
ただ、この映画の一番の拾い物は、やはり男性を演じたジャネット・マクティアだった。まったく女優であるとは気付かず、着ている服の前をはだけて乳房を見せた時の衝撃と云ったら! グレン・クローズと一緒に女装(と云うか、これが正装なんだけど)をして浜辺を走るシーンの、まるで男が女装をしているような女性の服の似合わなさは素晴らしかった。
→ロドリゴ・ガルシア→グレン・クローズ→アイルランド/2011→TOHOシネマズシャンテ→★★★

LOOPER/ルーパー

監督:ライアン・ジョンソン
出演:ブルース・ウィリス、ジョゼフ・ゴードン=レヴィット、エミリー・ブラント、ポール・ダノ、シュイ・チン、ノア・セガン、パイパー・ペラーボ、ギャレット・ディラハント、ピアース・ガノン、トレイシー・トムズ、ニック・ゴメス、マーカス・ヘスター、フランク・ブレナン、ジェフ・ダニエルズ
原題:Looper
制作:アメリカ/2012
URL:http://looper.gaga.ne.jp/
場所:新宿ミラノ1

タイムパラドックスを考えると、意識下で自分が存在していると認識している時間軸がたった一つのものではなくて、同時にパラレルに幾つもの時間軸が走っているとしか考えようがなくなってくる。この映画でも、ジョゼフ・ゴードン=レヴィットが歳を取ってブルース・ウィリスになった時間軸と、そのブルース・ウィリスが過去に戻ってジョゼフ・ゴードン=レヴィットと対決する時間軸が同一のものであるはずがない。それが一緒ではパラドックスが生じてしまうから、平行して走る違う時間軸へ戻って来たと考えれば何となく自分の中で整合性を取ることができる。でも、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクは、未来の自分と鉢合わせしたらタイムパラドックスの連鎖反応によって時空連続体がねじれて全宇宙が崩壊してしまうって言ってたなあ。まあ、タイムリープものの映画は勝手な理論展開の果てのストーリーだから、そんなところに整合性を求めてもしょうがないんだけど。

以下はラストのネタバレ。

と、そんなふうに自分の中で整合性を求めた結果、何とか落とし所を見つけて納得をしていたのに、ラストシーンでジョゼフ・ゴードン=レヴィットが自殺すると同時にブルース・ウィリスの存在が消えてしまってはその辻褄が崩壊。そのジョゼフ・ゴードン=レヴィットが歳を取ったあとのブルース・ウィリスは、その対峙しているブルース・ウィリスとはまた違う奴なんだけどなあ。

予告編ではこのラストシーンを「衝撃のラスト」とか謳っていたけど、いやいや、この映画の衝撃は、未来においてブルース・ウィリスの妻を殺すことになる子供、シドを演じたピアース・ガノンって子の演技でしょう。『エクソシスト』のリンダ・ブレアのような鬼気迫るものがあって、この映画の一番の見どころだった。

→ライアン・ジョンソン→ブルース・ウィリス→アメリカ/2012→新宿ミラノ1→★★★

ふがいない僕は空を見た

監督:タナダユキ
出演:永山絢斗、田畑智子、窪田正孝、小篠恵奈、田中美晴、三浦貴大、梶原阿貴、吉田羊、藤原よしこ、山中崇、山本浩司、銀粉蝶、原田美枝子
制作:「ふがいない僕は空を見た」製作委員会/2012
URL:http://www.fugainaiboku.com/
場所:新宿武蔵野館

予告編を観たかぎりでは、アニオタでコスプレ好きの主婦が男子高校生と不倫をして修羅場となってしまう映画としかおもえなかったのだけれど、それはこの映画(と云うか、おそらく原作)のほんの一部で、生命とか人間の本質とか、そんなところの壮大なテーマを扱っている映画だった。でも、そうだとすると、永山絢斗と田畑智子のセックス描写が長過ぎて、本題を語る上での導入部としてはあまりにも頭でっかちになってしまっている。だから映画の後半で、永山絢斗の同級生である窪田正孝や小篠恵奈が、優しさが弱さに繋がって意地悪さに転換したり、それを後悔してまた優しさに戻ったりする部分の、グラグラと揺れている心情描写がとても中途半端に見えてしまう。さらに、永山絢斗の母親である原田美枝子があまりにも息子の不倫騒動に介在しないので、そのクールさはトラブルに対応する当事者の心の持ち方としてはかっこ良さを感じるのだけれども、映画全体として見ればそれぞれのエピソードが分断してしまっているように見えてしまう。助産師である原田美枝子のサポートをする梶原阿貴のぶっきらぼうな快活さも、ものすごく良いいんだけど、とても笑えるんだけど、ああ、残念ながら、映画からは浮いてしまっている。

この映画は2012年のキネ旬ベストテンの7位にランクされたようなので、以上のような感想を持つ人はあまりいないのかもしれないんだけど、でも、やっぱり、うーん、いまひとつだよなあ。

→タナダユキ→永山絢斗→「ふがいない僕は空を見た」製作委員会/2012→★★