呉の3日目は、帰りの新幹線が広島駅発14時なので、午前中、軽く呉市内をぐるっと一周り。

まずは二河川公園。「すず」と「白木リン」が桜の木の上で話しをするシーンが印象的な公園だけど、桜が咲いてなければなんとも殺風景な公園だった。

次は「この世界の片隅に」に何度も登場した旧澤原家住宅「三ツ蔵」。この前の通りを「すず」は何度も行き来する。でも、「三ツ蔵」の前の通りは暗渠のような気もする。昔から暗渠だったのか?

そしてまた「朝日橋」へ。その橋の脇に住むおじいさんがエサを蒔き出したら、いきなりサギが! まるで「この世界の片隅に」のあちこちに登場するサギのような。勝手にこれは「白木リン」の生まれ変わりだと想像する。

最後に呉中心部からちょっと離れた「アレイからこすじま」へ。この近くには「海上自衛隊潜水艦教育訓練隊」があったりするので、国内で唯一潜水艦を間近で見ることができる公園らしい。さすがに潜水艦は一種独特な雰囲気を醸し出していた。

呉から広島駅までは、昨日の疲れもあってさすがに自転車で走る気力がなく、JR呉線で輪行することに。JR呉線は単線なので、すれ違いの電車を待ちつつ、ゆっくりと。途中、おそらく坂駅だったとおもうけど、反対側の呉市行きのホームで、中学生か高校生らしき女の子が地べたに座って金網越しに駅の外にいる友だちとまったりと喋り込んでいた。単線だから次の電車が来るのに時間がたっぷりあるんだろうなあ。ゆっくりと時間が流れていることがわかるとても良い光景だった。

今回、旅をした呉市は、軍港があったころの繁栄がそのまま街の大きさに繋がっているわけだけれども、今ではその街の大きさを持て余している感じがあった。でも、だからこそたくさんの空間があるので、街並みは変われども「この世界の片隅に」の時代の雰囲気をそのまま残している印象があった。

城下町などの古い街並みを自転車で旅することは、京都や金沢、小田原など今までにもたくさんあった。でも、日清、日露戦争以降に発展して、昭和初期から第二次世界大戦にかけて繁栄を極めた街と云うのは初めてだった。このような近代化遺産をめぐる旅も良いもんだった。

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「呉」の語源は、呉一帯をつつむ連峰を「九嶺(きゅうれい)」と呼んでいたことから、それがなまって「くれ」になったと云う説があるらしい。その「九嶺」中の一つ、灰ヶ峰(映画の中で「周作」が「すず」に灰ヶ峰を指さすシーンがあったような記憶が、、)を朝一番で自転車で登ることを決意した。山頂(灰ヶ峯気象レーダー観測所)から見下ろす呉市の全景が素晴らしいと聞いたからだ。

灰ヶ峰の標高は737m。登山ルートもあるけど、自転車で行くのなら素直に県道174号線を行くのが良いだろうと見込んで、さあ、どこまで自転車をこげるか果敢にアタックした。

まあ、最初から予想されたことだけど、1/3くらいでバテた。自転車を転がして歩く状態にすぐになってしまった。

行けども行けども全く山頂は近づかず。すでに途中からの眺めも充分に素晴らしいので、もう挫折して山を降りたくなってしまった。

県道174号線から山頂(灰ヶ峯気象レーダー観測所)へ向かう道に入ったら、いちおう舗装はされているけれども、さらに急峻になって来た。そして寒くなって来て雪もちらほら。路面が凍結している場所もあって、すべって転びそうになる。なんだ、この苦行は!

ああ、でも、山頂からの眺めは素晴らしかった!
苦行の末に登って良かった!

灰ヶ峯気象レーダー観測所の展望台では尾道から車で来た60歳くらいの夫婦の方とお会いして、一緒にその眺めに感動ひとしきり。広島県人でも初めて来たそうだ。

さあ、帰りは楽だ。自転車で一気に駆け降りる。
でも登りの時に、手袋を片方落としてしまったらしい。
ただでさえ風を切って寒いのに、完全に手袋の無い片方の手はマヒしてしまった。
自転車走行中にいつも道路に落ちている片方の手袋を見て、なんで片方だけ落とすんだよ、馬鹿じゃねえ、と笑っていたバチだった。

登りに2時間。下りに30分くらい。
素晴らしい苦行でした。

呉市に戻ったら、もう体が冷えきってしまっていて、何か暖かいものを喰いたい!
と云うことで、海自カレー。
カレー専門店カレーのマスターの「いずしまカレー」。

暖かいものも飲みたかったので、場所を移して昴珈琲店へ。
体が温まるまでまったり。

さあ、重巡洋艦「青葉」が着底したまで走ろう、と午後の計画を開始。

途中、「周作」が「すず」に「すずさん、あんあたを選んだんは、わしにとって多分、最良の現実じゃ」と云うシーンがある「小春橋」に寄った。

重巡洋艦「青葉」が着底した場所を示す記念碑に来たら、観光をする若い人の20人くらいのグループと遭遇した。案内人の人が「はーい、次は歴史の見える公園でーす」とすぐに居なくなってしまったけど。あんなふうに、人にコントロールされながら観光するのは本当にイヤだ。

この記念碑からは目の前すぐに陸橋あって、海がちょっとしか見えないので、ぐるっと回って海岸際まで来て、重巡洋艦「青葉」が浮かんでいたところを想像してみた。

実際に戦艦「大和」が建造された呉海軍工廠があった場所(現在はジャパン マリンユナイテッド呉事業所)に寄りながら「大和ミュージアム」に向かう。

「大和ミュージアム」では戦艦「大和」のことだけではなくて、「呉」と云う街がいかにして戦争とともに発展して、そして破壊されたかの歴史をじっくりと見てまわった。朝からの無謀な自転車走行のためにだいぶ足が疲れ切っていたけど、建国記念日に「呉」の歴史をたどるのはぴったりと云うのか、どこか皮肉と云うのか、不思議な「大和ミュージアム」訪問だった。

夜は「関白」と云う店でジンギスカン。美味かった!

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『この世界の片隅に』の舞台である広島の呉に行ってきた。でも、あからさまな聖地巡礼をするのも、なんだか、こっぱずかしい気もするので、白木リンの朝日遊廓があったあたりと重巡洋艦「青葉」が着底したあたりが見られれば良いんじゃないかとわりきって、北條家の場所を突き止めようなんて行為はせずに、ゆったりと観光を楽しんで来た。

で、いつものように折畳み自転車を持ち込んでいるので、まずは新幹線で広島駅に着いたらそこから呉までひとっ走り。直線距離にして約20kmとこうの史代さんも欄外に書いていました。JR呉線の脇を海岸沿いに走ったので約28kmだった。

このルートにある歩道はそれなりに幅があって、信号もまったくなて、人もまったく歩いていないので、ちょっと舗装がガタガタになってはいるけれども、とても快適な走行だった。

ホテルにチェックインしたら、まずは呉市内をぐるっと一回り。

『この世界の片隅に』の中で「すず」が迷い込む朝日遊廓はこのあたり。もうすっかり住宅街になっていて何の面影もないけど、「朝日町」と云う名称と「朝日橋」のある川沿いの区画が碁盤の目のように整然としているので、なんとなく遊廓であったことを夢想することができた。

コミックでも映画でも、呉市中心街のふもとから上長ノ木にある北條家へ登って行くシーンは何度も出てくる。おそらく旧澤原家住宅がある坂あたりを登って行くんじゃないかとおもう。

数日前の予報では雪マークも付いていて、実際に県北では雪になっているらしく、自転車で走るのはとても寒かった。第1日目はこれくらいにして、「のん、呉へ。2泊3日の旅」の写真集にもあった「森田食堂」で親子丼を喰って、ビールを飲んで温まる。テレビには広島カープの情報番組が流れてた。

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小豆島の3日目は午前8時半にホテルをチェックアウトして、自転車で坂手港に向かう。
港のコインロッカーに荷物を預けて、今日は寒霞渓(かんかけい)に行くことにする。
寒霞渓とは小豆島の中心部に位置する渓谷で、星ヶ城山山頂は瀬戸内海の最高地点になるらしい。

昨日、自転車屋のおじさんに、小径自転車で寒霞渓まで登るのは無理、と云われたので、ここはきっぱりとあきらめて、バスで行くことにする。草壁港から寒霞渓のふもとの紅雲亭までバスが出ているのだ。
またまた自転車で国道463号を取って返して草壁港へ向かう。いったい国道463号をもう何往復しているんだろう。

国道463号

自転車は港の自転車置き場に置いて、さあバスに乗ろうと、土産物屋のおばさんに紅雲亭行きのバス乗り場はどこですか? と聞くと、今日はバスは無いと云う。紅葉の観光シーズンや土日以外はバスは無いんだそうだ。がーん、そうなのか? 事前にネットで調べた範囲ではそんなことは書いてなかったような気がするけど、はなからバスが無いなんておもってもいなかったので、詳しい注記を見逃したのかも知れない。

バスが無ければ交通手段としてはタクシーしかないので、タクシー会社に電話してみる。で、紅雲亭までいくらですか? と聞くと2300円くらいだと云う。うーん、往復で4600円かあ。それは高いよなあ。どうしよう。そんなにお金を払ってまでして行く所なのか? 自転車で行っちゃおうか、寒霞渓に行くのはやめて違う場所にしちゃうか、などなど、頭の中がぐるぐると回るけど、結局タクシーを頼んでしまう。

タクシーが来るまでにいろいろと思考をめぐらしていると、あ、そうだ、自転車を折り畳んでタクシーに積み込ませてもらおう、と云う名案がおもいついた。そして帰りは自転車に乗って下ってくればいいのだ!

タクシーが来て、運転手のおじさんに、折畳み自転車を載せて良いですか? と聞くと、良いよ、と云ってくれた。
早速、自転車を折り畳んで、後部座席に積み込ませてもらう。

行きがてら、運転手のおじさんと話し込んでいると、平野甲賀さん、公子さん夫婦を知っていると云う。二人は車を持っていないので、タクシーをよく利用するらしい。そして二人の家は、ほら、この辺だよと、草壁港から紅雲亭へ行く途中で教えてくれる。

紅雲亭に着くと、寒霞渓までロープウェイが出ているので、それに乗る。
5分足らずで寒霞渓に着く。

寒霞渓ロープウェイ

さらにそこから2kmくらい登って、小豆島の最高峰、星ヶ城山山頂を目指す。
平日だし、来ている観光客と云えば観光バスで乗りつけてくるおばちゃんばかりなので、山頂を目指す人なんてだ〜れもいない。
観光客のいない山道を一人でもくもくと登って行く。先週の台風の所為か、大きな倒木が行く手を阻むけど、森の中を迂回しながら進む。

寒霞渓

寒霞渓

やっと山頂にたどり着いて、一人でまったりとする。
聞こえるのは鳥の声のみ。
あ〜、気持ちいい。

寒霞渓

ここまで登って来て、はっきりとする。
海と山の小豆島はいいなあ。
ゴミゴミした東京になんて帰りたくない。

寒霞渓

でも、帰らざるを得ない。
自転車で紅雲亭から草壁港まで一気に駆け下りる。
途中、小径自転車で登っている人がいた!
目配せして、挨拶し合ったけど、ごめん、こっちはズルしてタクシーで来たんだ。

寒霞渓

サルもいた!
イノシシやシカで出るよ、と云われたけどなかなか野生動物には会えず、最終日にやっとサルに会えた。

寒霞渓のサル

坂手港から午後3時45分のジャンボフェリーに乗って神戸に向かう。

ジャンボフェリー

そして、神戸港から自転車をひとっ走りで新神戸駅に向かう。
一歩進むごとに、どんどんと人が増えるような感じで、だんだんと現実に引き戻される。
サラリーマンでいっぱいの新幹線は3時間で東京に着いてしまう。
東京からまた自転車に乗って家に向かう。
なんだか寒霞渓からそのまま家まで自転車で走ってきたような錯覚に陥る。
自転車は亀だ。自分は浦島太郎だ。
ただ秋の夢のごとし。

小豆島の2日目の朝は午前8時半くらいに宿を出て近くの道の駅に向かう。
そして、小豆島と云えば手延そうめんらしいので、それを食う。

手延そうめん

まあ、そうめんだ。

今日は最初に三都半島をぐるりと周って、東京から小豆島に移り住んでしまったイラストルポライターの内澤旬子さんの家へ向かう予定だったけど、いきなり小雨が降って来た。うーん、そんな話し、まったく聞いてない。
でも、たいした雨ではないので、ちょっと濡れながらもぐんぐんとペダルを漕いで半島を南下する。

三都半島

事前の調査でわかってはいたのだけれど、やっぱりこの半島の南側は正直きつかった。
海岸沿いを走ると云っても、そのまま海の近くを走るわけではなくて、海からすぐに屹立している山の上の道も通らなければならないわけだから、急勾配はあちこちにある。
特に、半島の一番最南端にある地蔵埼灯台あたりが小径自転車ではとても無理で転がして登って行かざるを得なかった。

地蔵崎灯台

こんな調子で午前中に内澤さん家に着くんだろうかと不安になったが、まあ、なんとか教えてもらったあたりの場所に着いた。
で、そこから電話をすると、どうやらだいぶ行き過ぎてしまったらしい。内澤さんの誘導でなんとか家にたどりつく。
いやあ、海の見える、素晴らしい家だ。
念願のカヨちゃんにも会う!
ちょっと内澤さんがいなくなると、メエメエ、哀しげに泣く。かわいい。

カヨちゃん

家に上がらせてもらって島での暮らしなどをいろいろと聞いていると、程なくして八巻さんとサウダージ・ブックスの浅野さんが車でやって来る。
浅野さんが加わると島での虫被害の話しになって、内澤さんはスズメバチ、浅野さんはムカデの対処にいかに苦労しているかの話題になる。食器洗いの洗剤ジョイが死ぬんだよねえ、でも島の排水って直接川に流れてるのでこんな強力な洗剤を使ってもいいんだろうか? なんて話しにもなる。
考えてみたら東京って虫が駆逐されているんだよなあ。人間にとってはそれでも良いのかも知れないけど、自然にとってそれが正しい姿だとはとてもおもえない。

内澤さんの家を小一時間ほどでお暇して、そして八巻さんと浅野さんとも別れて、また自転車で走り出す。
次は、木下恵介監督の『二十四の瞳』の中で高峰秀子が自転車で走ったルートをなぞるのだ。

まずは、高峰秀子が演じていた大石先生の家があったとされる「竹生の一本松」からスタート。

竹生の一本松

途中までは、昨日走った海岸沿いのコースを逆に走ることになる。
草壁港を越えたあたりで、昨日も気になったマルキン醤油の工場などをちょっと覗いてみる。
写真をバシャバシャ撮っていたら、従業員の若いお兄さんに、ここは立ち入り禁止です、と怒られてしまった。

マルキン醤油

マルキン醤油

マルキン醤油

まっすぐに行けば昨日のフェリーの着いた坂手港になる交差点を右折して『二十四の瞳』の岬の分教場を目指す。
ここからが岬をめぐるルートになるので、アップダウンが少し激しくなる。
『二十四の瞳』の大石先生が毎日この片道13kmのルートを往復走っていたとなると、足にはしっかりとした筋肉が付いていたはずだ。

国道436号

『二十四の瞳』の舞台となった岬の分教場こと田浦分校は、明治35年(1902)に田浦尋常小学校として建築された葺平屋建校舎。その後、明治43年から苗羽小学校田浦分校となって昭和46年(1971)まで使われていた。その教室は保存されて、当時のままの机やオルガンを見ることができる。

岬の分教場

岬の分教場

その岬の分教場から南へ600m進んだところに「二十四の瞳映画村」がある。ここは、1987年に朝間義隆監督、田中裕子主演でリメイクされた『二十四の瞳』のロケ用オープンセットを改築したもので、木造校舎、男先生の家、漁師の家、茶屋、土産物屋などがそのまま残っている。また、壺井栄文学館もあって、生前壺井栄が愛用していた調度品や各作品の生原稿などを展示しており、映画館「松竹座」では、木下恵介版『二十四の瞳』を常時上映している。

二十四の瞳映画村

二十四の瞳映画村

大石先生

さあ今度は、ここから来た道を戻って、坂手港のほうへ行って、さらにその先の大角鼻灯台のほうへ行こうとおもったら、朝方と同じようにまた小雨が降ってきた。時間も午後4時近くて、下手すると帰りは小雨の上に真っ暗な道を走ることになってしまう。それは怖い。やはり都市部と違って、夜の闇は濃い。
泣く泣く、宿のある池田港へ戻ることにする。

池田港

今日は67kmを走った。
もうちょっと走りたかったけど、おもったよりも小豆島の地形は厳しい。起伏が激しくて、小径自転車ではこんなところが精いっぱいだった。

国民宿舎小豆島から


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小豆島へ行くにはいろいろなルートがあるのだけれど、自転車を折り畳まずにそのまま乗せられるフェリーが良いとおもって、神戸港発のジャンボフェリーで行くことにした。でも、昼間の便で行ってしまうと、神戸港から小豆島の坂手港まで3時間もかかるので、初日が小豆島へ行くだけでつぶれてしまう。それじゃつまらないので、夜中の1時に神戸港を出発して、高松東港を経由して朝の7時半に小豆島の坂手港に付く便に乗ることにした。

ジャンボフェリー

で、そのジャンボフェリーには小さいながらも個室が用意されている。

ジャンボフェリーの個室

他人と雑魚寝する畳敷きの部屋よりも、個室の方がくつろげて眠ることが出来るんじゃないかと淡い期待をしたんだけど、いやいや、エンジン音がうるさすぎて無理だった。この個室のある下の階よりも上の階にある雑魚部屋や座席のほうがどちらかというと静かで、わざわざ個室料として2000円も追加する必要はなかったのかもしれない。電源も個室にはないけど各座席には付いているんだし。

眠れないにしても、まどろみの中でウトウトとしていると、しばらくしてからいきなり「ジャンボフェリ〜♪」と音楽が流れ出した。80年代のアイドルが歌うようなポップスの曲で、なんじゃこりゃ、と突っ込みをいれたくなってすっかり目が覚めてしまう。

どうやら高松東港に着いたらしい。時計を見ると午前4時半くらい。この曲のせいでウトウトも出来なくなったので、上の階の座席が並んでいる部屋に行って、iPhoneの充電をしながら、小豆島の事前調査を行う。

ジャンボフェリー

午前7時半、坂手港に着く。
さあ、自転車だ!
不安定なサドルで、八巻さんの待つ土庄(とのしょう)港まで行かなければならない。果たして19kmを走りきれるのか。


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おもっていたほど道のりは順調に進んで、きつかったのは草壁港から池田港へ向かう三都(みと)半島の付け根の部分の坂道だけだった。でも、それを越えればあとはスムーズに。1時間半くらいで到着。

すぐさま八巻さんの泊まっているオーキドホテルのフロントの人に聞いて、近くの自転車屋へ行ってみることにする。
サドルのレール部分は規格が統一していて、まあ、なんとか新しいサドルを取り付けることが出来た。料金1800円。
そして、自転車屋のおじさんに、小豆島の寒霞渓(かんかけい)にはこの自転車で登れるとおもいますか? と聞いてみる。
最終日に小豆島の中心部に位置する寒霞渓に行ってみようとおもっていたのだ。
そうしたら、いや〜、無理無理! との返事だった。
登っている人もいるけどね、この小径自転車じゃ無理だろう、とのこと。

すぐさま土庄港に取って返して、自転車は港の自転車置き場に置いて、10時30分の豊島(てしま)行きの高速艇に乗る。

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島の生活は船の生活だよなあ。
本数もそんなにないので、船の時間に合わせた生活になる。
ゆったりとした、静かな時間の流れ。

豊島の唐櫃(からと)港ではサウダージ・ブックスの浅野さんが待っていてくれた。
そして、浅野さんの車で豊島を一巡り。
豊島のいろいろなところを見させてもらう。
天気も良くて、島が奇麗だった。

豊島

豊島

豊島

海のレストラン

海のレストラン

豊島から

坂手港から自転車で走り出した時に、何かしら、島の匂い、ってものを感じたけど、ああ、それはオリーブだった。
それにプラスして、草壁港あたりでは醤油の匂いだった。

オリーブ

今回の小豆島・豊島行きの目的の一つが、浅野さんに預かってもらっている青空文庫の本がどんな状態なのか見ることだった。
その青空文庫の本は、主に富田さんの書斎にあった本で、およそ1200冊くらいある。

aozorablog:豊島の青空文庫

ここをサロン風に開放すればいいんじゃないかとおもったけど、ちょっと唐櫃港からはあるのかなあ。
まあ、豊島へ行く人なんてそうはいないだろうけど、でも、島にあるリアル青空文庫って雰囲気が好いんだけど。

そして夜は、小豆島の池田港の近くにある「タコのまくら」でのオープニングイベント。
「タコのまくら」は、小豆島でシーカヤックやツアーガイドをしている自然舎の山ちゃん(とみんなからそう呼ばれていた)が開いたお店で、海辺の古民家を改装したお店でものすごく雰囲気が好い。
その様子は以下のブログを参照。

【今日のあるく•みる•きく】小豆島「タコのまくら」に行ってきました。

東京からも私と八巻さん、そしてボイジャーの萩野さん、蒲生さんも来ていて、こちらに移住した平野甲賀さん、公子さん夫妻、内澤旬子さんとも再会できてとても楽しかった。
ちょうど皆既月食もあって、すばらしい夜だった。

タコのまくら

小豆島・豊島へ行くために、まずはこだま(急ぐ必要がまったくなかったので)で新大阪まで行き、JR京都線快速で三ノ宮まで行く。

ちょうど仕事終わりの人たちのラッシュに当たるだろうとおもって、袋に入れた折畳み自転車がお客の邪魔にならないようにと、一番前の車両の運転席すぐ後ろの壁に立て掛けて電車に乗った。
案の定、ぎゅぎゅうと云うわけじゃないけど、人と人の隙間がないくらいの混雑になって、読み通りとほくそ笑む。
でも、少しは途中の駅で降りるだろうと期待していたら、尼崎、芦屋なんて、そんなに人が降りないんだね。
えっ、じゃあ、もしかすると三ノ宮でも人が降りないのか?
降りないとなると、降りまーす! とか叫んで、人を外にはじき出すようにして、折畳み自転車を外に出さなければならないのかと不安になったけど、さすがに三ノ宮ではどかどかと人が降りました。と云うか、一番前に乗ったほうが階段に近かったりして、混雑するわけだ。

今まで通過するだけだった神戸にはじめて降り立つ。自転車と一緒に。

神戸

身軽になるために、すぐさまジャンボフェリーの乗り場まで自転車で行って、コインロッカーに荷物を預ける。
すでに切符も買えるかとおもったら、愛想のない切符売り場のおねえさんに、午前1時の便の販売は午後10時からです、と告げられる。

ジャンボフェリー・ターミナル

で、神戸で飯でも食おうかと目星を付けていた「洋食の朝日」が、今は昼間しかやっていないことがわかって、さあどうしよう、になってしまう。
こだまになんか乗ったから充電も出来ずにiPhoneもバッテリー切れになりそう。
近くのauショップを検索をしてすぐに駆け込んだけど、充電は出来るけどiPhoneは預かれないと云うので、午後8時の閉店までずっと付き添って充電させて、お店を検索し続ける。

神戸と云ったら洋食だろう!と、洋食優先で検索したのがあだで、これがなかなか決まらない。また、ぐるぐると神戸を自転車を乗り回していたらいつの間にか中華街に迷い込んで、店頭売りの中国人のおばさんに、半額ね! と云いくるめられて、肉まんとかゴマ団子とか鶏のからあげとかを買わされてしまう。でもこれで300円なら安い!
まだ夜中の1時まで時間が充分にあるので、これを食いながら映画でも観よう。

もちろんタダで観られる109シネマズへ行くわけだけど、これが三ノ宮から遠い!
神戸の東の外れの、阪神電鉄本線の岩屋駅に近い所まで自転車を走らせる。

観光客が絶対に来ないような、人の少ない神戸を自転車で走って、やっと109シネマズHAT神戸の自転車置き場に自転車を止めようとした瞬間に、パキーンと音を立ててサドルが外れてしまう!

え、えっーーーー。

サドルをシートポストと固定している部分のサドルレールが折れた!

よりによって、なんで、このタイミング。

サドルレール

いやいや、予兆はあったんだようなあ。
ここのところサドルに異音がして、何かおかしいな、とはおもっていたんだよね。

ここですぐさま自転車屋を検索するが、どこも20時までの営業時間。もうすでに20時半になっていた。
外れたサドルをシートポストに乗せて、グラグラして安定はしていないけど何とかお尻を乗せられるので、ダメ元と、岩屋駅近くの自転車屋へ向かう。
でもやっぱり、シャッターが閉まって真っ暗。

映画なんて観てる余裕はすっかり吹っ飛んだので、ここはまず三ノ宮まで戻ろうと考えてまた自転車を走らせる。
そうしたら、午後9時を過ぎているのに、100円ショップのダイソーが開いている。
もちろん自転車の部品を100円で買えるわけはないんだけど、サドルをシートポストに固定するためのアイデアが何か浮かぶような気がしたので入ってみる。
そして、針金とラジオペンチを買う。これで200円ってのは凄い。

ジャンボフェリーの乗り場に近い、神戸の南の公園に行って、針金とラジオペンチで試行錯誤して見るが、うーん、ダメだった。無理。
でも、まあ、不安定ながらサドルにお尻を乗せて、ここまで走って来ることができたわけだから、なんとかなる。

明日、考えよう。

神戸

南相馬の3日目は、相馬小高神社で行われる「野馬懸」を見て、浪江町の病院に努めている方の案内で、通行許可証のある車で浪江町の中へ。

野馬懸

野馬懸

野馬懸

野馬懸

野馬懸

請戸小学校
請戸小学校では、卒業式の最中に地震に会う。そして津波に飲み込まれる。生徒は全員退避して無事だったらしい。すべての時計は3時37分頃を指したまま。

請戸小学校

請戸の海岸
請戸の海岸。南に福島第一原子力発電所。

浪江町一望
浪江町の西病院から浪江町一望。

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福島県南相馬市の1日目は、国道6号線を自転車で南下。一般車両が通行止めのところまでを走った。人が誰も住んでいなくて、ところどころに除染作業をしている人だけの中を自転車で走っているなんて、どこをどう見ても変だけど、やっぱりそういう事態になっていることを肌で感じるのは大事だと感じた。空間線量は福島第一原発から約11Kmの「【相双地方】行津公会堂」で0.24マイクロシーベルト/時。

国道6号線

国道6号線沿い

国道6号線沿い

国道6号線
交通量はそれなりにあって、トラックやダンプが福島第一の方に向かって走って行く。

国道6号線沿いにあったお地蔵さん
国道6号線沿いにあったお地蔵さん

国道6号線一般車両通行止め


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