監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、エドゥアルド・ミネット、ドワイト・ヨアカム、フェルナンダ・ウレホラ、ナタリア・トラヴェン、オラシオ・ガルシア・ロハス
原題:Cry Macho
制作:アメリカ/2021
URL:https://wwws.warnerbros.co.jp/crymacho-movie/
場所:109シネマズ菖蒲

これで最後になるんじゃないかとおもいつつ、クリント・イーストウッドの映画を観に行く。

クリント・イーストウッドの凄いところは、これほどの大家になりながらもサッと小品の映画が撮れてしまうところにあって、大御所感をまったく見せないところにあるんだとおもう。むかし、『ホワイトハンター ブラックハート』を撮ったあとに、さあ次はどんな映画を撮るんだろう? と期待していたところに『ルーキー』が来て、えっ? なんでこんな映画? ってなったことがあった。でもその次に『許されざる者』が来るんだから、なんでもござれの職人監督の気質が残るのところがクリント・イーストウッドのクリント・イーストウッドたるところだった。

今回の『クライ・マッチョ』もとてもコンパクトで小さな作品だった。ただ、91歳になったいまだからこそ、撮るにふさわしい作品だったような気もする。今までのクリント・イーストウッドの人生を振り返るような面も見せていて、とてもしみじみとしてしまう映画だった。

→クリント・イーストウッド→クリント・イーストウッド→アメリカ/2021→★★★☆

監督:ジョン・ワッツ
出演:トム・ホランド、ゼンデイヤ、ベネディクト・カンバーバッチ、ジェイコブ・バタロン、ジョン・ファヴロー、ジェイミー・フォックス、ウィレム・デフォー、アルフレッド・モリーナ、トーマス・ヘイデン・チャーチ、リス・エヴァンス、ベネディクト・ウォン、トニー・レヴォロリ、マリサ・トメイ、アンドリュー・ガーフィールド、トビー・マグワイア
原題:Spider-Man: No Way Home
制作:アメリカ/2021
URL:https://www.spiderman-movie.jp
場所:109シネマズ菖蒲

「スパイダーマン」の映画化は、まずは最初にサム・ライミのトビー・マグワイア版スパイダーマンがあって、そしてマーク・ウェブのアンドリュー・ガーフィールド版スパイダーマンがあって、そして今のジョン・ワッツのトム・ホランド版スパイダーマンの3種類あることになってしまった。なぜ、そんなことになったかをネットで確認してみた。

サム・ライミの最初の3部作が終わったあとに、そのままサム・ライミで『スパイダーマン4』の企画が進んでたのだけれど、どうやら期限までに納得が行く脚本を書けずに、映画製作会社のソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントがしびれを切らして、マーク・ウェブのリブート版に移行してしまったらしい。

https://www.cinematoday.jp/news/N0050977

次のマーク・ウェブの「アメイジング・スパイダーマン」2部作のあとも、そのままマーク・ウェブで『アメイジング・スパイダーマン3』の企画が進んでいたらしいのだけれど、今度はアンドリュー・ガーフィールドの降板(理由は公表されず)で頓挫。次のトム・ホランド版スパイダーマンになったらしい。

https://kaigai-drama-board.com/posts/2949?p=2

まあ、制作会社と監督やキャストとの確執はよくあることで、同じ監督と俳優でシリーズを続けていくことなんて至難のわざと云えなくもない。だから、映画を観る我々も、たとえ3パターンのスパイダーマンがあったとしても、別に怒るようなものでもなんでも無かった。どちらかと云えば、いろんな役者のスパイダーマンが観られて楽しいと感じるくらいだった。

そして、そのトム・ホランド版スパイダーマンが公開されようとしたころ、今度は実写映画版とは異なるアニメ版スパイダーマンの企画が持ち上がった。それは『スパイダーマン:スパイダーバース』として2018年に公開された。ストーリーは、複数ある宇宙の中にいる複数のスパイダーマンが一堂に会すると云うもので、これはおそらくマーベル・コミックの世界観がマルチバース(多元宇宙)であることから来るものではないかとおもう。

このマーベル・コミックのマルチバース(多元宇宙)の考え方からすると、実写版スパイダーマンが3種類あることも、考えようによってはマルチバースじゃね? と云うこと(でしょう?)で、なんとトビー・マグワイア、アンドリュー・ガーフィールド、トム・ホランドのスパーダーマン全員が揃う映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』が(密かに?)企画された。

でも、この企画を成功させるカギは、昔のスパイダーマン役であるトビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールド本人が出演してくれることだった。とくにアンドリュー・ガーフィールドは、何かしらの確執でスパイダーマン役を降りたわけだから、果たして出演オファーにOKしてくれるのか? だったろうとおもう。

ところが、それが実現した。アンドリュー・ガーフィールドがなぜオファーにOKしたかは、Varietyのインタビューで言及していた。

https://variety.com/2022/film/news/andrew-garfield-spider-man-no-way-home-1235148458/

On a base level, as a Spider-Man fan, just the idea of seeing three Spider-Men in the same frame was enough.
「基本的なこととして、一人のスパイダーマン・ファンとしても、同じフレームに3人のスパイダーマンが登場するということだけで(出演オファーを受ける理由として)十分でした。」

と云っている。

出演者が興奮するんだから、映画を観るほうも興奮必至だった。くわえて、それぞれの映画の悪役だった、グリーン・ゴブリン役のウィレム・デフォーも、ドクター・オクトパス役のアルフレッド・モリーナも、サンドマン役のトーマス・ヘイデン・チャーチも、リザード役のリス・エヴァンスも、エレクトロ役のジェイミー・フォックスも、すべて本人が出演することになった。

まるで昔の正月映画の、オールスタア・キャスト映画の、怪獣大戦争だった。ああ、オールスタア・キャストと云う響きだけで興奮してしまう。映画会社が俳優を抱えていた昔ならいざ知らず、いまでは俳優ひとりの費用も馬鹿にならないから、そんなに簡単にオールスタア・キャストの映画を作ることは難しいのかもしれない。でも今回の『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』が、ひとつの道筋を作ったような気もする。Netflixのアダム・マッケイ『ドント・ルック・アップ』もオールスタア・キャストの様相を呈していることから、今後、配信系の映画製作会社の豊富な資金力を生かして、またオールスタア・キャスト映画が公開されるかもしれない。

いやあ、楽しい映画だった。

→ジョン・ワッツ→トム・ホランド→アメリカ/2021→★★★★

監督:ケネス(ケン)・ローチ
出演:キャロル・ホワイト、テレンス・スタンプ、ジョン・ビンドン
原題:Poor Cow
制作:イギリス/1967
URL:https://yozoranihoshi.com
場所:新宿武蔵野館

ケン・ローチの長編第1作目の『夜空に星のあるように』が突然公開された。それは、もしかしたら、同じ60年代のロンドンが舞台で、テレンス・スタンプも出演していることから、最近公開されたエドガー・ライトの『ラストナイト・イン・ソーホー』と連動した公開だったのかな、ともおもってしまった。

ただ、『ラストナイト・イン・ソーホー』が田舎からロンドンへやって来た女子学生の都会生活での葛藤がメインであるのに対して、『夜空に星のあるように』では男性に依存しながら生きざるを得ないロンドン生まれの女性の生態、とも云えるような半ばドキュメンタリーっぽい映画であるところに違いがあった。

最近のケン・ローチの映画によく見られる社会的弱者に寄り添う視線が感じられもするのだけれど、女性に対してどこかシニカルな目線も感じてしまって、『この自由な世界で』や『わたしは、ダニエル・ブレイク』に出てくるシングルマザーに対する目線と根本的に違っているように見えてしまった。ケン・ローチはこの『夜空に星のあるように』で、何を訴えようとしていたんだろう? それがよくわからなかった。

→ケネス(ケン)・ローチ→キャロル・ホワイト→イギリス/1967→★★★

監督:ジョエル・コーエン
出演:デンゼル・ワシントン、フランシス・マクドーマンド、コーリー・ホーキンズ、ブレンダン・グリーソン、ハリー・メリング、バーティ・カーヴェル、キャスリン・ハンター
原題:The Tragedy of Macbeth
制作:アメリカ/2021
URL:
場所:シネ・リーブル池袋

シェークスピアの「マクベス」を映画化した作品と云えばロマン・ポランスキーの『マクベス』(1971)が大好きで、それはロマン・ポランスキーの妻シャロン・テートが惨殺されたあとすぐの映画として、序盤に登場する3人の魔女の予言に必要以上に悪魔的なものを感じてしまった結果の面白さだったのかもしれない。まあでも、とにかく、この魔女の登場シーンからダンカン王と家臣が登場するまでの冒頭のシーンは、不気味で、幻想的で、その後のマクベスの運命を予兆させるシーンとして素晴らしかった。

AppleとA24が制作したジョエル・コーエンの『マクベス』は、その3人の魔女のイメージがさらに悪魔的だった。野田秀樹の舞台にも出演している舞台俳優のキャスリン・ハンターが3人の魔女をひとりで演じていて、彼女の体の柔らかさから来るのだろう腕と足が不自然に絡まっているように見える魔女のイメージは、ポランスキー版『マクベス』と同じように不気味で、幻想的で、この映画の全体的なトーンを決定づける素晴らしい演技だった。

魔女の登場するシーンが方向づけたこの映画の視覚的な基調は最後まで貫かれていて、狭い空間で繰り広げられながらも人の顔のアップを多用した撮影は、演劇的な空間を重んじながらも映画的な空間も損なわない作りになっていた。どこにあって、どのような場所なのかわからない空間は閉塞感を漂わせ、恐怖さえも感じさせるのだけれど、俳優の表情に現れる人間の業の深さは普遍的なものも感じさせて、どちらかと云えば安心感も持ってしまった。

ポランスキー版『マクベス』が公開されたときに話題になった残酷的な描写や、原作では脇役であるロスを重用しているシナリオは、このコーエン版『マクベス』にも引き継がれていた。それだけポランスキー版『マクベス』が与えた影響は大きかったんだとおもう。でも、そのイメージの斬新さからコーエン版『マクベス』も素晴らしい映画だった。

→ジョエル・コーエン→デンゼル・ワシントン→アメリカ/2021→★★★★

監督:大島新
出演:小川淳也、平井卓也
制作:ネツゲン/2021
URL:https://www.kagawa1ku.com
場所:シネ・リーブル池袋

大島新監督のドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を観て、小川淳也と云う衆議院議員がいることを知った。とても真っ直ぐで、あるべき政治を熱心に模索していて、誰に対しても聞く耳を持っている政治家に見えた。へー、こんな政治家がいるんだ、と云う感想を持つと同時に、そんなにピュアだったら政治家としてヤバイんじゃないの、と云う感想も同時に持ってしまった。タイトルの『なぜ君は総理大臣になれないのか』は、そのピュアな部分に対するダメ出しを意味しているようにも見えてしまった。

『なぜ君は総理大臣になれないのか』の続編の『香川1区』は、昨年の10月31日に投開票が行われた衆議院議員選挙における小川淳也の戦いを描いていた。香川1区には地盤も看板(地位)も鞄(カネ)も持っている自民党の平井卓也がいて、そんな絶大なる敵に対抗する無力な勇者の奮闘を見るのはとても楽しかった。ラストには、クッパ大王にならぬワニ大臣を倒してしまうんだから、まるでゲームのボスキャラを倒したときのような爽快感があった。

大島新監督はこの映画で、もちろんタイトルに『香川1区』としていることからわかるように衆議院議員選挙をメインにして映画を撮っているわけだけれども、同時に小川淳也の真っ直ぐでピュアな部分の危うさにもスポットを当てていて、小川淳也自身もその性格を政治家としてどのようにコントロールすべきなのか苦悶しているところも出てくる。正直者はバカを見るのが政治の世界のようにも見えるし、いや、このままの正直者で押し通せば、まるで絵空事のようなフランク・キャプラの『スミス都へ行く』(1939)を地で行くハッピーエンドが待っているような気もするし。

それから、やはり注目すべきところは、平井卓也の地盤、看板、鞄の部分だった。なぜ地方で自民党が強いのか。前回の選挙で香川1区の中でも特に弱かった小豆島に小川淳也の娘たちが乗り込んで行ったとき、島のおっちゃんからの「小川さんのことは尊敬しているんだけどね、、、、」の言葉が、下手なことをすると村八分にされかねない、がんじがらめに縛られている日本の田舎のコミュニティを浮き彫りにしていた。地元を潤すのが与党主導のインフラ整備しかなかった時代のしがらみをどこまで続けるんだろう? こんな地方の古い体質を変えて行くのは次世代の若い人たちで、そこに対して訴える力を持っていたのが小川淳也だったのかもしれない。

この衆議院議員選挙のあと、敗北の責任を取って立憲民主党の党首、枝野幸男が辞任した。そして、小川淳也がやっとこさ20人の推薦人を確保して、立憲民主党の党首選挙に立候補した。でもそのことは『香川1区』としてはまた別の話しで、次回の映画はそこから始まるんだとおもう。ああ、早く次回作が観たい。

→大島新→小川淳也→ネツゲン/2021→シネ・リーブル池袋→★★★★

監督:マシュー・ヴォーン
出演:レイフ・ファインズ、ジェマ・アータートン、リス・エヴァンス、マシュー・グッド、トム・ホランダー、ハリス・ディキンソン、アーロン・テイラー=ジョンソン、ダニエル・ブリュール、ジャイモン・フンスー、チャールズ・ダンス
原題:The King’s Man
制作:アメリカ、イギリス/2021
URL:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/kingsman_fa
場所:Movixさいたま

ヒットしたシリーズものの常道として、前日譚を描くことが多い。マシュー・ヴォーン『キングスマン:ファースト・エージェント』もまさにそれだった。ただ、その前日譚の映画を面白いと感じることはなかなかマレで、パッとおもいつく限りではリチャード・レスターの『新・明日に向って撃て! 』(1979)が良かったくらいだった。

おそらく前日譚の映画を面白いと感じない理由は、主人公の出自やストーリーの発端などを前日譚に組み込むときに、ああ、その前日譚のエピソードが伏線となって1作目のストーリーにつながっているのね、の流れに納得感がなかなか得られないからだとおもう。どうしても、あとから取って付けたようなストーリーとおもえてしまう。

「キングスマン」シリーズの第1作『キングスマン』(原題は「Kingsman: The Secret Service」)を面白いとおもった理由は、まずはイギリス(と云うか、イングランドと云うか、UKと云うのか)の伝統とも云える「ジェントルマン」を基本としたMI6ばりの裏の秘密組織があると云うことと、「ジェントルマン」に求められる「ノブレス・オブリージュ(貴族の義務)」の考えのもとに、名も知られずに無私の行動で世界の平和を守り抜く007やサンダーバードの流れを汲んでいるところだった。

そうした観点から見れば今回の『キングスマン:ファースト・エージェント』も楽しい映画ではあった。が、まあ、なんとなく同じことの繰り返しにも見えなくはなかった。このストーリーがあったからこそ第1作が成り立っているのね、との感覚は乏しかった。ボーア戦争からはじまって、第一次世界大戦、ロシア革命、ヒットラーの台頭など、ヨーロッパ近代史の出来事を盛り込んでいるところは面白かったのだけれど。

→マシュー・ヴォーン→レイフ・ファインズ→アメリカ、イギリス/2021→★★★

今年、映画館で観た映画は、昨年よりもさらに少なくなって34本。
コロナとは関係なくモチベーションの問題で、映画館に足を運ぶ機会が減っていくんじゃないかと危惧してきた。

それで、良かった映画は以下の通り。

聖なる犯罪者(ヤン・コマサ)
ノマドランド(クロエ・ジャオ)
ファーザー(フローリアン・ゼレール)
アメリカン・ユートピア(スパイク・リー)
プロミシング・ヤング・ウーマン(エメラルド・フェネル)
ドライブ・マイ・カー(濱口竜介)
最後の決闘裁判(リドリー・スコット)
ボストン市庁舎(フレデリック・ワイズマン)

で、Netflixで良かった作品は、なんと云っても「クイーンズ・ギャンビット」(スコット・フランク)。
アニャ・テイラー=ジョイの瞳に吸い込まれる一年だった。

監督:ラナ・ウォシャウスキー
出演:キアヌ・リーブス、キャリー=アン・モス、ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世、ニール・パトリック・ハリス、ジェイダ・ピンケット・スミス、ジェシカ・ヘンウィック、ジョナサン・グロフ、ジェイダ・ピンケット・スミス、プリヤンカー・チョープラー・ジョナス、クリスティーナ・リッチ
原題:The Matrix Resurrections
制作:アメリカ/2021
URL:https://wwws.warnerbros.co.jp/matrix-movie/
場所:Movixさいたま

ウォシャウスキー兄弟(今は姉妹)の最初の『マトリックス』(1999年)は衝撃的だった。タランティーノとはまた違った角度からの彼らのオタク趣味満載の世界観は、キアヌ・リーブスがのけぞって弾丸をよけるシーンが代表されるようにそのビジュアルイメージも斬新で、ハードなSFでありながらも誰もが楽しめる歴史的な映画に仕上がっていた。

それから『マトリックス リローデッド』『マトリックス レボリューション』(2003年)が作られて、そして4作目の『マトリックス レザレクションズ』が3作目から18年も経って今年公開された。

『マトリックス レザレクションズ』を観るにあたって、過去の作品をおさらいしておこうかともおもったのだけれど、なんだか面倒くさくなって、まあ、どうにかなるだろうと、復習もせずに観に行ってしまった。

いやあ、どうにもならなかった。ストーリーは、おぼろげながらにしか理解できなかった。

で、家に帰ってからネットでストーリーを復習すると、過去の全3作をおさらいしてから観に行ったとしても、おそらく理解するのは不可能だったのかもしれなかった。それだけ、『マトリックス レボリューション』からのストーリーを無理やりこねくり回した結果のように見えてしまった。もう「マトリックス」シリーズは、いらないんじゃないの? とおもう反面、さらにこねくり回すことこそがラナ・ウォシャウスキーの本領発揮だともおもえるし、うーん、複雑。

とにかく、過去の3作品をこれから見返してみようとおもう。

→ラナ・ウォシャウスキー→キアヌ・リーブス→アメリカ/2021→★★★

監督:エドガー・ライト
出演:トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー=ジョイ、マット・スミス、ダイアナ・リグ、リタ・トゥシンハム、マイケル・アジャオ、シノヴェ・カールセン、テレンス・スタンプ
原題:Last Night In Soho
制作:イギリス/2021
URL:https://lnis.jp
場所:Movixさいたま

あれ? エドガー・ライトの新作が来ている! と、なんの知識も入れずにあわてて『ラストナイト・イン・ソーホー』を映画館へ観に行ったら、ちょっと意外な60年代イギリスへの憧憬の情にあふれたサイコロジカルホラー映画だった。オープニングからピーター&ゴードンの「愛なき世界(A world Without Love) 」(1964年)が流れて、なんだかタランティーノっぽいなあ、とおもいながら観ていたら、途中から「クイーンズ・ギャンビット」のアニャ・テイラー=ジョイが出てきて、またすっかり彼女の瞳に吸い込まれてしまった。

アニャ・テイラー=ジョイの顔立ちは、オードリー・ヘップバーンが「ファニーフェイス」と云われていたころ(もちろんリアルタイムではない)をおもい出す風貌で、目が大きすぎて、両目が離れすぎているところのアンバランスさが、かえって彼女の美貌を引き立たせる結果になっていて、おもわずじーっと注視せざるを得ない女優だ。Netflixの「クイーンズ・ギャンビット」で彼女を見てからと云うものの、ふと目の大きい人形などを見たり、目の瞳を象徴させた広告を見たりするとアニャ・テイラー=ジョイの幻影が姿を表すようになってしまった。

そんなアニャ・テイラー=ジョイの濃いめの美貌はなんとなく60年代のイギリスにぴったりで、そこに『コレクター』(1965)や『世にも怪奇な物語』(1968)が印象的だった、やはり濃い! テレンス・スタンプとか、『女王陛下の007』(1969)のボンドガールだったダイアナ・リグをキャスティングしているところは、そこもまたタランティーノ風の60年代へのリスペクト満載の映画になっていた。

映画の体裁としてはサイコ的なホラーなんだけれど、どこかイギリス風のゴシックホラーも匂わせていて、ちょっとだけどジャック・クレイトンの『回転』(1961)をおもい出してしまった。最初にアニャ・テイラー=ジョイと云う女優を意識させた映画『ウィッチ』のイメージも兼ねると、彼女を使ってもっとゴリゴリのゴシックホラーを誰かが撮ってくれても良いのかもしれない。

と、いつもどおりエドガー・ライトの映画を十分に楽しむことができた。が、アニャ・テイラー=ジョイにばかり目が向いて、トーマシン・マッケンジーがすっかり霞んでしまった。だから最後のハッピーエンドも、めでたしめでたし、のような感覚にはまったくならなかった。ちょっとトーマシン・マッケンジーには可愛そうな役柄だった。

→エドガー・ライト→トーマシン・マッケンジー→イギリス/2021→★★★☆

監督:フレデリック・ワイズマン
出演:マーティ・ウォルシュ(ボストン市長)ほかボストン市のみなさん
原題:City Hall
制作:アメリカ/2020
URL:https://cityhall-movie.com
場所:ヒューマントラストシネマ有楽町

フレデリック・ワイズマンの映画がやってきた。2019年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で『インディアナ州モンロヴィア』を観て以来2年ぶり。公開を待ちわびる映画監督が何人かいるのだけれど、フレデリック・ワイズマンもその一人だ。

でも、フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリー映画はどれも長尺なので、映画館に観に行くとなると一大イベントになってしまう。今回の『ボストン市庁舎』も274分の映画で、11時40分から観はじめて、1回の休憩を挟んで16時31分まで映画館にいることとなった。

いつも不思議におもうのは、フレデリック・ワイズマンの映画はその4時間30分もの長いあいだ、映画の題材に没頭できてしまうことだった。『ボストン市庁舎』の場合でも、まるで自分がボストン市民のような感覚に陥っていた。だから、なんとなく、東洋系の人に同胞感を持ってしまって、市の許可を得て大麻の店を開こうとする中国系の事業者の住民説明会では、近所の黒人のおばちゃんたちに、あーだこーだと、まくし立てられる側の中に自分が存在していた。とにかくアメリカの人は、どんなクラスの人でも、ちゃんと理論的に相手に対して要求できるんだよなあ。フレデリック・ワイズマンの映画を観て、いつもそこを感心してしまう。日本人もそうありたいもんだ。

マサチューセッツ州と云えば、1620年にメイフラワー号でイギリス人の清教徒が入植したところで、アメリカの歴史においても一番古い場所なので、なんとなくキリスト教的に保守的な地域ではないかと勝手におもっていた。ところが時代も大きく変わっていて、ヒスパニックの人も、南米の人も、アジア系の人も隣合わせで暮らしている。だからこそ問題も起きるのだろうし、でもだからこそダイナミックなんだろうし。そのような多種多様な問題をマーティ・ウォルシュ、ボストン市長はうまくまとめているように見えた。ちょっと、ボストンに暮らしてみたくなってしまった。

→フレデリック・ワイズマン→マーティ・ウォルシュ(ボストン市長)→アメリカ/2020→★★★★