監督:トッド・フィールド
出演:ケイト・ブランシェット、ノエミ・メルラン、ニーナ・ホス、ゾフィー・カウアー、ジュリアン・グローヴァー、アラン・コーデュナー、マーク・ストロング、シルヴィア・フローテ、アダム・ゴプニク、ミラ・ボゴイェヴィッチ、ツェトファン・スミス=グナイスト
原題:TÁR
制作:アメリカ/2022
URL:https://gaga.ne.jp/TAR/
場所:MOVIXさいたま

トッド・フィールド監督の『TAR/ター』は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で女性初の首席指揮者となったリディア・ターと云う架空の人物をケイト・ブランシェットが演じている。ケイト・ブランシェットが大好きなので贔屓目もあるんだろうけれど、いやもう彼女が素晴らしくて、最近ではオリヴィア・コールマンと双璧をなす最高の女優だとおもう。

ジェンダーレスが一般的になりつつあるいまの時代は、男性ばかりが支配していた業界にも女性が進出するのは当たり前になってきた。音楽家の中でも、もっとも女性に向いていないと云われてきた指揮者の世界にも、例えば2005年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を女性として初めて指揮したシモーネ・ヤングのような人物が出てきた。

おそらくリディア・ターと云う架空の人物は、このあたりの女性指揮者をモデルにしているのかもしれないけれど、指揮者の業界を描いたのはひとつの象徴にすぎず、女性が男性と同等の地位に立ったときの、キャンセルカルチャー(ソーシャルメディア上で過去の言動などを理由に特定の人物を糾弾する行動)のこと、権力を持ったものが必ず行う恣意的行為、パワハラ、腐敗のこと、ストレスフルな状態から起こる心身のバランスのことなどを、ケイト・ブランシェットと云う女優に演じさせるために存在した映画に見えてしまった。

そしてそのケイト・ブランシェットの素晴らしさとともに、この映画の構成が特殊だった部分もとても面白く感じてしまった。

この映画は、まずはエンドクレジットからはじまる。そこから、状況の説明があまりないままに次から次へと場面が転換して行き、ほんの少しの手がかりだけで、映画を観ている我々はリディア・ターと云う人物を理解して行かなければならない。はっきりと画面には登場しない人物が重要だったり、この人は誰? なんてこともしばしばで、でも映画を観て行けば次第に状況がつかめて来るような形をとっていた。

つまり、この映画はエンドクレジットから逆行して行く映画だったのか? それはクリストファー・ノーランのようにあからさまに時間軸をいじる映画では無いにせよ、起承転結と普通に流れる映画では無かった。例えば映画が始まってすぐの、寝ているリディア・ターを誰かがスマホで隠し撮りしてSNS上でディスるシーンは、普通ならばオープニングシーンとしてはふさわしくなく、それがどのようなシチュエーションで行われているのかがまったくわからないために唐突感が否めない。でも、その隠し撮りをしているのは誰か? SNS上でディスり合ってる相手は誰か? が次第に明らかになって行く過程は面白く、映画が進むにつれて次第にリディア・ターと云う人物像が浮かび上がって来る過程はゾクゾクするほど面白かった。

とは云っても、一度観ただけでは謎の部分も多く、マーラーとか、バーンスタインとか、クラシックの知識をもう少し取り入れた上でもう一度観るともっと面白いんじゃないか、とおもえる映画だった。

→トッド・フィールド→ケイト・ブランシェット→アメリカ/2022→MOVIXさいたま→★★★★