ノア 約束の舟

監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:ラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー、レイ・ウィンストン、ダグラス・ブース、エマ・ワトソン、ローガン・ラーマン、アンソニー・ホプキンス
原題:Noah
制作:アメリカ/2014
URL:http://www.noah-movie.jp
場所:新宿ミラノ2

キリスト教の信者でなくとも「ノアの方舟」のストーリーは知っている。子供のころに、絵本や雑誌だったか、それともテレビ番組だったかで、ノアが方舟に動物を乗せるイラストやアニメーションを見せられた気がする。おそらく日本では「ノアの方舟」は童話のような位置づけにあって、子供から大人まで誰もが知っているエピソードとなっている。その「ノアの方舟」の逸話を今になって、それもダーレン・アロノフスキーが聖書に基づいてしっかりと映画化してくれるのかと期待したら、これがどう見ても「指輪物語」のようなファンタジックな映画に仕上がっている。「ノアの方舟」の実際のストーリーってこんなものなのか? とネットを調べてみたら、どうやらダーレン・アロノフスキーは偽典でもある「エノク書」などからも逸話を引っ張ってきて、オールラウンドの「ノアの方舟」を作っちゃったらしい。まあ、それでも面白ければ何でもいい。ノアを魔法使いにしてしまってもいい。でも、それだけ無茶をやったのならば面白さを保証しなければ絶対にダメだ。だいたいラッセル・クロウをノアにキャスティングするってこと自体が間違ってるんじゃないのかなあ。

→ダーレン・アロノフスキー→ラッセル・クロウ→アメリカ/2014→新宿ミラノ2→★★☆

her/世界でひとつの彼女

監督:スパイク・ジョーンズ
出演:ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルド、ポーシャ・ダブルデイ、スカーレット・ヨハンソン
原題:Her
制作:アメリカ/2013
URL:http://her.asmik-ace.co.jp
場所:109シネマズ川崎

『her/世界でひとつの彼女』に出て来るコンピュータのOS「OS1」は、すべてを会話によってオペレーションしてくれるOSで、最近のiPhoneの「Siri」やNTTドコモの「しゃべってコンシェル」のような疑似的対話ができるアプリケーションが人工知能によって進化して、それがOSに組み込まれて、まるで本当の秘書のような、コンシェルジュのような機能を持つこととなったOSだ。そのOSに恋をしてしまうと云うのがこの映画の基本的なストーリーラインだけど、おもったよりもそこに食い付くことが出来ず(それはオペレーターの声のスカーレット・ヨハンソンにウディ・アレンの『マッチポイント』を見てしまうためか!)、どちらかと云うと、どんどんと知識を蓄えてエスカレートして行く人工知能型OS「OS1」に注意が向いてしまう。

SF映画の中に出て来る人工生命体は暴走するものが多い。それが自由なネット空間に存在するのならばまだわからないでもないけど、ユーザーとOSとの間に介在するためだけの人工知能型エージェントが暴走する設定がイマイチよくわからない。どうしてシステム自体を再起動させる権限まで許して、さらに他のコンピュータと通信することのできる権限まで許してしまっているのか。そんなOSを作るソフトウェア開発会社があるとはおもえない。なんて細かいところに引っかかってしまったら、ものごとをデフォルメして映像化する映画なんて楽しめなくなってしまうので、そこは何とか気にしないようにしたけど、でも、そんな暴走して行くような無形のソフトウェアを愛するようになる男に感情移入をすることはまったく出来なかった。やはり2次元でもいいから、視覚で認識できるものありき、なんだろうか。

→スパイク・ジョーンズ→ホアキン・フェニックス→アメリカ/2013→109シネマズ川崎→★★★☆

渇き。

監督:中島哲也
出演:役所広司、小松菜奈、清水尋也、妻夫木聡、オダギリジョー、高杉真宙、二階堂ふみ、橋本愛、森川葵、黒沢あすか、青木崇高、國村隼、星野仁、康芳夫、中谷美紀
制作:「渇き。」製作委員会(ギャガ、リクリ、GyaO!)/2014
URL:http://kawaki.gaga.ne.jp
場所:T・ジョイ大泉

中島哲也の『嫌われ松子の一生』を観終わった後の後味の悪さは怒りを覚えるくらいだった。コテコテに盛った絵作りも鼻につくし、ミュージック・クリップのような前後の繋ぎを無視したモンタージュも大嫌いだった。ところが何となくもう一度見てみようと云う気が起きて、WOWOWだったかNHKBSだったか、で見たら、これがおもいのほか楽しめてしまった。おそらく中島哲也の過剰な絵作りはテレビの画面にぴったりと合っていたのかもしれない。

となると、『パコと魔法の絵本』(この映画はちょっと中途半端な……、)を挟んでその次の映画となる『告白』を映画館で観たらどんな感想を持つんだろうと楽しみになった。後味の悪さはおそらく『嫌われ松子の一生』と一緒で、やはり中島哲也特有の過剰なスタイルで攻めてくるとおもわれる映画を果たして面白く感じるんだろうかと映画館に足を運んでみたら、これが、めちゃくちゃに良かった。驚いたことに、後味の悪さを楽しむようになっていた。いつのまにか中島哲也のスタイルを受け入れる身体になっていたのだ。

今回の『渇き。』もやっていることは今までの映画とまったく同じだった。過剰に装飾されたイメージカットを細かく繋いで音楽と一緒に見せるだけの映画。ストーリーはあるけど、そんなものよりもイメージ重視の映画。純粋に映画として評価を下すのならば、おそらくダメな映画の部類に属するのだろうけど、でもこれがそんなに悪くない。面白い。映画なんて何でもありだから面白ければすべてが許される。

ただ、惜しかったのは、最後まで小松菜奈が演じている「藤島加奈子」と云う人物に焦点が合わないまま映画が終わってしまったことだった。「加奈子」の心の底に沈殿する感情の冷たさが映像として浮かび上がって来て、観ている我々が身震いするようなショットがワンシーンでもあれば良かったのに。

→中島哲也→役所広司→「渇き。」製作委員会(ギャガ、リクリ、GyaO!)/2014→T・ジョイ大泉→★★★★

フクシマ2011〜被爆に晒された人々の記録

監督:稲塚秀孝
出演:南相馬市、飯舘村の人々
制作:タキシーズ/2012
URL:http://fukushima2011-hibaku.com
場所:明治大学リバティホール

「被爆者の声をうけつぐ映画祭」の運営に関わっている昔の会社の上司から毎回のようにこの映画祭の券をいただくので、今年も明治大学まで足を運んだ。

福島の原発がメルトダウンしてから3年が経って、まだ廃炉の道のりは遠くて、そしてまだまだ多くの危険がはらんでいるのに、表面的にはとても安定しているように見えるので、ついそんな重大な問題が存在していないかのように普通に生活してしまう。でも本当はまだとても危険な状態にあるわけで、それをおもい出すためにもこの記録映画を観たのは良いクスリだった。

このドキュメンタリーを見終わって、作られてから2年が経っているので、映画に出て来た人々のその後が気になってしまう。上映後の稲塚監督のトークによると『フクシマ2014』のような続編を作る意思があるらしいので是非ともそれも見てみたい。福島の原発に関する問題は、放射線の影響も含めて長いスパンを追いかける必要があるとおもうので、そのようなドキュメンタリーをなるべく多く追いかけたい気がする。

ちょうど今月末に南相馬市で行われる「相馬野馬追」に行く予定があるので、映画だけではなく実際にも現在の南相馬市がどのような状況にあるのか確かめたいとおもう。そのためにもこの映画は良い予習となった。そしてさらに出来たら自転車を持って行って、国道6号線を浪江、双葉方面に南下して行けるところまで行きたいとおもう。

→稲塚秀孝→南相馬市、飯舘村の人々→タキシーズ/2012→明治大学リバティホール→★★★☆

グランド・ブダペスト・ホテル

監督:ウェス・アンダーソン
出演:レイフ・ファインズ、F・マーリー・エイブラハム、マチュー・アマルリック、エイドリアン・ブロディ、ウィレム・デフォー、レア・セドゥー、ティルダ・スウィントン、トニー・レヴォローリ、ジェフ・ゴールドブラム、ハーヴェイ・カイテル、ジュード・ロウ、ビル・マーレイ、エドワード・ノートン、シアーシャ・ローナン、ジェイソン・シュワルツマン、トム・ウィルキンソン、オーウェン・ウィルソン、ボブ・バラバン
原題:The Grand Budapest Hotel
制作:ドイツ、イギリス/2014
URL:http://www.foxmovies.jp/gbh/
場所:イオンシネマ板橋

多くの人が絶賛しているを映画を観て、イマイチ乗り切れなかった時のその映画の評価を人に語る時が一番難しい。絶賛が多いわけだから悪い映画ではない。評論家もそれに加わっていれば、映画として優れている場合も多い。しかし、どんなに映画として素晴らしくとも、自分の肌に合わないのはいかんともしがたい。

この『グランド・ブダペスト・ホテル』が良く出来ていることは理解できる。オールスタアキャストもわくわくする。楽しい映画であることはよくわかる。でもどうしてもこのようなスタイルの映画を面白く感じることができない身体にいつの間にかなってしまった。

寓意的な解釈を裏に秘めた大人の童話のようなストーリー。
デフォルメされた人物たちはコミカルなオーバーアクション。
原色を多く使ったスタイリッシュな美術。

この手の映画が来ると、なぜか脳が受け付けなくて感情が平坦になってしまう。ただストーリーを追いかけるだけ、になってしまう。

だから、どうだった? と人から聞かれると、真顔で、良かったよ、で終了です。

→ウェス・アンダーソン→レイフ・ファインズ→ドイツ、イギリス/2014→イオンシネマ板橋→★★★

椿山

監督:姫田忠義
出演:高知県吾川郡池川町椿山の人々
制作:民族文化映像研究所/1977
URL:
場所:まつだい郷土資料館

昨年に姫田忠義さんが亡くなって、おそらくその追悼の意味も込めて、民族文化映像研究所(民映研)に繋がった人たちが「姫田忠義ドキュメンタリー作品連続上映会」を新潟県の松代で開くことになったので、その5回目の上映会に行って来た。

なぜ新潟県の松代かと云うと、その民映研に関係していた人が今は松代の近くの松之山浦田に移り住んでいることもあって、十日町市の市民活動ネットワーク「ひとサポ」が上映会を企画したらしい。東京から松代まで行くのに交通の便はそんなに良くないのだけれど、でも民映研の映画は都会で観るよりもこのようなちょっと辺鄙なところで観たほうが臨場感がいや増すのは間違いないので、重い腰を上げて何とか行ってきた。(車を運転してくれた人が一番大変なんだけれども。ありがとうございます。)

『椿山』は高知県吾川郡池川町椿山で行われていた焼畑の様子を1973年から1977年にかけてカメラに収めたドキュメンタリー映画だった。柴田昌平監督のNHKスペシャル『クニ子おばばと不思議の森』を見て、名前だけは知っていた「焼畑」と云う行為を何となく理解はしていたので、内容としてはその復習のような感覚で見てしまった。

姫田忠義さんの映画を見ていつもおもうのは、姫田さんの語り口調とセットになった映像体験なんだと云うことだ。「いや、実はこれが面白いことなんだけれども」と云った前振りを含んでいるような小さな笑いのある口調と独特の“間”があるナレーションに、人物の所作をしっかりと捉えた映像が合わさってこそが民映研の映画で、姫田忠義さんの映画だと云う気がする。「姫田忠義」の名前を映画監督として掲げることをなぜか嫌っていたのだけれど、映像と語り口調のコラボレーションを行っているのはまぎれもなく監督としての姫田忠義だ。

映画の終了後、『椿山』の撮影を行った澤幡正範さんの講演があって、当時の撮影の厳しさなどを聞くことが出来た。映画の中に台風のシーンが出て来るのだけれども、そのような過酷な状況に追い込まれてこそ地元の人たちとの結びつきが強くなって行ったそうだ。やはりドキュメンタリーを撮ると云う行為は、被写体との間の信頼関係をいかにして構築して行く行為であるか、と云うことを改めておもい知らされた。ドキュメンタリー映画は、撮影状況も含めてすべてがドキュメンタリーなわけだから、撮影にまつわるアウトテイク的な逸話もめちゃくちゃ面白い。ルイス・ブニュエルが当時秘境と云われたスペインとポルトガルの国境付近のラス・ウルデスを撮ったドキュメンタリー映画『糧なき土地』も、その撮影状況を合わせて聞けたらどんなに面白いだろう。

澤幡正範さん

→姫田忠義→高知県吾川郡池川町椿山の人々→民族文化映像研究所/1977→まつだい郷土資料館→★★★☆

インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌

監督:ジョエル&イーサン・コーエン
出演:オスカー・アイザック、キャリー・マリガン、ジョン・グッドマン、ギャレット・ヘドランド、ジャスティン・ティンバーレイク、F・マーリー・エイブラハム、スターク・サンズ、ジーニー・セラレス、アダム・ドライバー、イーサン・フィリップス、アレックス・カルボウスキー、マックス・カセラ、クリス・エルドリッジ、ベンジャミン・パイク
原題:Inside Llewyn Davis
制作:アメリカ/2013
URL:http://www.insidellewyndavis.jp
場所:新宿武蔵野館

マーティン・スコセッシ監督のドキュメンタリー映画『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』は面白かった。「ボブ・ディラン」の名前は知っているし、曲もいくつかは知っているけど、彼が活躍した時代のフォーク・シーンと云うものがいったいどんな雰囲気を湛えたものだったのか、どうやって大衆に受け入れられて行ったのかはもちろんまったく知らなかった。このドキュメンタリーを見て、それが曲がりなりにも理解できたような気がした。

1961年、ボブ・ディランは大学を中退してニューヨークに出て来る。そして、グリニッジ・ヴィレッジ周辺のクラブやコーヒーハウスなどで弾き語りをはじめる。『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』はその当時のグリニッジ・ヴィレッジがどんなものだったのか様々な人の証言で語られて行く。

その証言者の中にデイヴ・ヴァン・ロンクがいた。ボブ・ディランと同じように、1960年代のグリニッジ・ヴィレッジで活躍していたミュージシャンで、ボブ・ディランにして「荒々しさと繊細さの両方を兼ね備えたパフォーマーだった」と云わしめたフォークシンガーだった。そのデイヴ・ヴァン・ロンクの回想録を元にした映画がジョエル&イーサン・コーエン監督の『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』だった。

映画の中の主人公の名前は「ルーウィン・デイヴィス」となっているが、デイヴ・ヴァン・ロンクのアルバムに「インサイド・デイヴ・ヴァン・ロンク」があるように、それはまさしくデイヴ・ヴァン・ロンクのストーリーらしい。ただ、ライターの高橋健太郎は「モデルはヴァン・ロンクだけじゃなく、フィル・オクスなども混じってるのかも」と云っている。

このTweetに出てくるジム&ジーンを映画ではジャスティン・ティンバーレイクとキャリー・マリガンが演じている。そしてピーター・ポール&マリーの歌で有名な「500miles」を謳う。この曲は、ほんと、大好き。

そんな1960年代のフォーク・シーンをベースに映画は進んで行くけれども、テーマとしては今までに映画として何度も取り上げられて来たダメダメな男のストーリーだった。お金がないので友人の家を泊まり歩き、酔っては他人の歌にケチをつけ、知り合いの彼女を妊娠させては中絶の費用を他人に借りようとする、まったくどうしようもない男のストーリーだった。そしてこれも過去に何度も取り上げられて来たテーマでもある「ミュージシャンとしての才能の見極め」をしなければならない段階に差し掛かった男のストーリーでもあった。だから、映画としての目新しさはまったくない。でも、なんだろう、不思議なダメさ加減が漂っている。それはルーウィン・デイヴィスが謳う歌(実際にオスカー・アイザックが歌っている)に寄るところが大きいのかもしれない。F・マーリー・エイブラハムが演じるバド・グロスマン(実際の有名プロデューサーらしい)が云うように「お金の匂いがまったくしない歌」は、可もなく不可もなく、歌詞も中途半端に諦観していてまったく捉えどころがない。そのスルリと人の手からすり抜けて行くような、まるでこの映画に出てくる名も無き猫のような歌は、微妙に男のダメさ加減を中和している。そこが面白かった。

最後に猫の名前が判明する。名前は「ユリシーズ」と云う。そうか、『シリアスマン』ではヨブ記だったが、今回はジェイムズ・ジョイスの「ユリシーズ」だったのか。読んでみるべきか。

→ジョエル&イーサン・コーエン→オスカー・アイザック→アメリカ/2013→新宿武蔵野館→★★★☆

アナと雪の女王

監督:クリス・バック、ジェニファー・リー
声:神田沙也加、松たか子、原慎一郎、ピエール瀧、津田英佑、多田野曜平
原題:Frozen
制作:アメリカ/2013
URL:http://ugc.disney.co.jp/blog/movie/category/anayuki
場所:新宿ミラノ1

ぽっかりと時間が空いてしまったのでまた『アナと雪の女王』を観てしまった。それも同じ日本語吹替版。この日本語吹替版を2度も観てわかったことは、『アナと雪の女王』を気に入った最大の理由は神田沙也加と松たか子、そしてピエール瀧の声によるところが大きいんじゃないかと云うこと。英語字幕版で観たらどんな感覚なんだろう。もしかすると今までのディズニー映画と同じような、いけ好かない感じ、を持つんじゃないのかなあ。特にオラフに関してはピエール瀧が日本語でもたらす“間”がどんぴしゃだった。この感覚を、はたして英語+字幕で得られるもんなんだろうか。

日本語で歌われるそれぞれのナンバーも、おそらく英語+字幕では得ることのできない、会話からのスムーズな歌曲への流れを堪能することができる。特に「とびら開けて」などは、英語版と比較すると、日本語だからこそ得られる事の出来る「アニメ」的な感覚が楽しい。


英語版


日本語吹替版

とは云え、まだまだ上映が続くだろうから、英語字幕版を1度は見てみないと。

→クリス・バック、ジェニファー・リー→(声)神田沙也加→アメリカ/2013→新宿ミラノ1→★★★★

チョコレートドーナツ

監督:トラビス・ファイン
出演:アラン・カミング、ギャレット・ディラハント、アイザック・レイバ、フランシス・フィッシャー、グレッグ・ヘンリー、クリス・マルケイ、ドン・フランクリン、ケリー・ウィリアムズ、ジェイミー・アン・オールマン
原題:Any Day Now
制作:アメリカ/2012
URL:http://bitters.co.jp/choco/
場所:新宿武蔵野館

まだマイノリティの人たちへの差別が激しかった70年代に、ゲイのカップルがダウン症の子を薬物依存の母親から引き取って育てようとするストーリー。そこにさらに黒人の弁護士も加わって、さまざまなマイノリティたちが寄り添ってダウン症の子を守ろうとするけれども、保守的な法曹界や融通の利かないお役所仕事に裏切られ続け、泣く泣く自堕落な母親の元にダウン症の子を返さざるを得なくなる主人公たちの姿が痛々しかった。ラストにささやかな復讐が設けられてているけど、それだけでは何とも気持ちが納まらない映画だった。そこに救いがあるとすれば、実際にダウン症であるアイザック・レイバの笑顔だろうけど、うーん、もうちょっと彼に活躍の場があれば良かったのに。ゲイのカップルであるアラン・カミングとギャレット・ディラハントがアイザック・レイバと徐々に心が通い合って行く描写がもっとあれば、ラストの哀しみも倍増しただろうに。

→トラビス・ファイン→アラン・カミング→アメリカ/2012→新宿武蔵野館→★★★