映画の中で小道具が効果的に使われていると、もうそれだけでその映画が好きになってしまう。そして、その小道具が欲しくなってしまう。でも、それは見果てぬ「夢のかたまり」だった。

ジョン・ヒューストン監督の『マルタの鷹』(1941年)に、中世のマルタ騎士団に由来を持つ黒いエナメルの鷹の像が出てくる。250万ドル以上もするそのお宝の像をめぐっていくつもの殺人事件が起き、ラストにはそれがまったくの偽物だと判明する。

そして、刑事役のワード・ボンドが問う。

“It’s heavy. What is it?
「重いな。これは何だ?」

私立探偵サム・スペードのハンフリ・ボガートは答える。

“The stuff that dreams are made of.”
「夢のかたまりさ」
(訳は和田誠「お楽しみはこれからだ PART2」より)

この黒いエナメルの鷹の像は、まさに「夢のかたまり」を象徴するようなデザインだった。手に入れようとする人間を寄せ付けない孤高な唯一無二の存在感があった。

『マルタの鷹』はジョン・ヒューストンの初監督作品ではあるが、とても初めての映画には見えない完成度があった。新人でありながらこの完璧な創作の秘密はどこにあるんだろうとジョン・ヒューストンの自伝「王になろうとした男」(宮本高晴訳・清流出版)を読んでみると、なるほど、映画監督としての「The Right Stuff(正しい資質)」とはいったい何なのかが良くわかってくる。5度の結婚、エロール・フリンとの殴り合い、ヘミングウェイやサルトルとの交流、狐狩りや象狩り、美術品で彩られたジョージ王朝風邸宅。どれもまさに映画の要素となりえるエピソードばかりだ。

川本三郎がジョン・ヒューストンを評して、

ヒューストンは人生のエピキュリアンだった。美しいもの、エキサイティングなもの、ロマンチックなものを愛した。ボクシング、狩猟、絵画、ギャンブル、女性、動物、そして映画。
(「ダスティン・ホフマンはタンタンを読んでいた」キネマ旬報社より)

と言っているように、人が何に快楽を見出すのかを自分の人生で持って検証しているような生涯だった。その経験をハードボイルド映画と結びつけることによって、初監督作品からすべてのシーン、すべてのショットをダイナミックに息づかせる演出が可能になったのかもしれない。小道具の黒いエナメルの鷹の像でさえもジョン・ヒューストンの人生が凝縮しているように見えてしまう。

そして、もちろん、その黒いエナメルの鷹の像が欲しくなった。でも、ハリウッドの土産物としてもあまり見たことがない。ネットを検索しても、イミテーションでさえなかなか引っ掛からない。と、長年思っていたところ、一昨年、実際に映画で使われた「マルタの鷹」がオークションに出品された。

http://articles.latimes.com/2013/nov/25/entertainment/la-et-mn-maltese-falcon-sells-for-4-million-at-auction-20131125

値段は、$4,085,000(約4億円)だ!
映画の小道具でありながら、設定上の「マルタの鷹」の像の値段よりも高くなってしまった。
とても欲しいけど、この価格ではとても手に入れることはできない。
本当に「夢のかたまり」だった。

しかたがない。今年のアカデミー賞で、長編アニメ賞にノミネートされなかった『LEGO(R)ムービー』のフィル・ロード監督がレゴでオスカー像を作ってしまったことが話題になったけど、それに習ってレゴで「マルタの鷹」の像を作ろう。

水牛に書いた文章を転載。