監督:濱口竜介
出演:西島秀俊、三浦透子、霧島れいか、岡田将生、パク・ユリム、ジン・デヨン、ソニア・ユアン、ペリー・ディゾン、アン・フィテ、安部聡子
制作:『ドライブ・マイ・カー』製作委員会/2021
URL:https://dmc.bitters.co.jp
場所:109シネマズ菖蒲

即興演技のワークショップに参加した人たちを起用した濱口竜介監督の『ハッピーアワー』を観たときに、役者としての演技力があまり備わっていないにもかかわらず、映画として面白いものに仕上がっていることに不思議でならなかった。映画の中での役者の演技って何なんだろうなあ、とあらためて感じざるを得なかった。たとえば小津安二郎やロベール・ブレッソンの映画を見たときに感じたことと同じこと。映画の中での俳優の演技に我々がおもうような「上手い演技」なんてものはまったく必要なくて、ストーリーが面白くて、その語り口にリズムがあれば、過剰な演出は必要ないし、過剰な役者の演技も必要ないと云うことを教えてくれる映画だった。

濱口竜介監督の新作『ドライブ・マイ・カー』は、なんと、その濱口竜介監督の演出法を垣間見ることができる映画だった。

西島秀俊が演じている舞台俳優で演出家の家福悠介は広島の演劇祭に招かれる。そこでプロアマ、国籍を問わずに、オーディションで選ばれた人たちを使ってチェーホフの「ワーニャ伯父さん」を上演することになる。その最初の「本読み」の段階が、ああ、『ハッピーアワー』はこんなふうに作って行ったんだろうなあ、とおもえるシーンだった。

それぞれの役者に、ゆっくりと、感情を入れさせずに、まるで棒読みのようにセリフを読ませていく。そして一人のセリフが終わったら、机をポンと叩いて次の役者にパートを受け渡していく。それをリズム良く、何度も何度も繰り返えさせて、役者の体にセリフを染み込ませていく過程が描かれていた。これがつまり、濱口竜介監督が実践している演出方法なんじゃないかと想像してしまう。何度も普通に読ませることによって、過度な演技を省いて行って、自然なものに整えていく。

昔の映画監督とかも、相米慎二もそうだったのかなあ、まるでパワハラまがいに(いまの尺度で云えばパワハラ確定だ!)、役者に同じシーンのセリフを何度も云わせて、過剰な演技を取り除いて行く方法があった。それの、やさしいバージョンのような気がする。

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この『ドライブ・マイ・カー』での西島秀俊も、妻の霧島れいかに相手役のセリフだけをテープに吹き込んでもらって、車での移動時間にその録音テープを使ってセリフの練習をするシーンが出てくる。それはまるで、西島秀俊と霧島れいかが、『ドライブ・マイ・カー』の「本読み」を何度も行っているようにも錯覚してしまうシーンだった。

おそらくは、そのような方法を取って『ドライブ・マイ・カー』自体も作られて行ったんだとおもう。西島秀俊も、妻役の霧島れいかも、運転手役の三浦透子も、過剰な演技することなしに、フラットでありながらも、それでいて内面からにじみ出てくるような自然な演技をしていた。濱口竜介監督はそれを絶えず追求しているんだとおもう。

と考えると、岡田将生だけは、ちょっとだけ芝居がかっているように見えてしまった。まあ、役柄的にどうしようもなかったのかなあ。

反対に、広島演劇祭を主催している柚原を演じていた安部聡子は凄かった。彼女のような、何もかもを削ぎ落としてしまったかのような、能面のような演技が見られるのも濱口竜介監督作品の醍醐味だとおもう。

→濱口竜介→西島秀俊→『ドライブ・マイ・カー』製作委員会/2021→109シネマズ菖蒲→★★★★